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アランの報告

 アスティー家の回廊を、若い騎士が進んでゆく。

 右肩にパルサーと呼ばれる小ぶりのマントを翻し、館の主の部屋へ入っていった。


 「フリードリヒ様。よろしいでしょうか」

 「アランか。今日はどうであった。エリカの様子は」

 「はっ。動きがありました」

 「聞かせろ」


 フリードリヒは周りにいた側近たちに目配せをすると、彼らは部屋を出ていった。

 側近たちの中には、意味ありげな視線をアランに投げつけてくる者もいた。


 アラン・トリエステル・センプローズの、仲間内での評判は、決して良いものではない。

 いや、悪いといってもよい。

 アランは騎士階級であるトリエステル家の出身ではあるが、嫡子ではなく次男であった。

 貴族や騎士の家では、家督を継げない次男や三男は、王都で役人になったり、聖職に付くものが多いのだが、アランはそれらの道を選ばずに、兄と共にフリードリヒの側近として働いていた。

 これだけであれば、部屋住みと侮られることはあっても、嫌われることはなかったであろう。

 だが、彼は一部の側近から嫌われていた。


 嫌われる理由の一つが、彼が側近の中でも優秀であることが挙げられる。

 アランは物覚えも良く、頭の回転が速かった。さらに武芸と馬術にも秀でていた。

 次が、若いという事であろう。

 若いといっても、側近連中から一、二歳若いだけで、取り立てて年少という訳ではないのだが、軽くみられる立場ではあった。

 最近になって更に若い騎士が側近に取り立てられたが、彼は王都には駐在していなかった為、目立つことはない。


 そして、彼が最も嫌われている理由が、他人の悪意に対して物おじせず、正面から叩き潰そうとする態度であっただろう。

 アランは自身を蔑んだり、軽んじたりした者に容赦はしなかった。

 剣術の訓練と称して、私刑を行おうとした素行の悪い馬廻り衆三人が、アランにより重傷を負ったことは、側近の中で知らぬ者はいない。

 どうやら、一対一の決闘形式の試合を三連続で行い、三人とも打ちのめしたらしい。

 アランはすり傷や打身などの軽傷で済んだが、決闘の相手は三か月ほど、腕が使えないものが出たほどであった。


 アランも含め、当人たちが訓練と言い張ったために、大きな問題にはならなかったが、アランはフリードリヒの側近から、妹のセシリアの護衛という役目に変更された。

 表向きは処罰ではなかったが、処罰の一環であったろう。

 しかしこの人事が、側近たちの心の澱を、更に濃くしたのだ。

 一見すると、側近を外されたようにも見えるのだが、フリードリヒの妹で魔法使いのセシリアの学友兼護衛役。

 この職は、有力な貴族の子弟との知遇を得るにはうってつけであり、役得の多い役目であると考えられていた。しかも妹のセシリアは未だ独身の上、美しかった。

 上手く立ち回り、もしもセシリアを妻とすることが出来れば、アランは家督を継げない部屋住みから、一気にアスティー家の親族となる。

 次期当主の義弟ともなれば、堂々と一家を構えることができ、その家格は本家のトリエステル家を上回るものとなるだろう。

 そうなれば、フリードリヒの側近の筆頭は間違いなかった。

 可能性に可能性を重ねたような嫉妬の渦が纏わりつき、多くの者がアランを、女の尻を追う者と揶揄したが、アランは一切、意に介しなかった。

 少なくとも表面上は。


 そんな彼も、北方戦役の折に護衛対象であるセシリアを見失った失態については、思う所があったのだろう、戦役終了後、セシリアの護衛役を自ら退いていた。

 だが、今度は別の女の護衛兼監視役として働くことになるとは、考えていなかった。

 女運がいいのか悪いのかは、当人にすらわからない事であった。



 「で、どのような動きだ」


 周囲から人がいなくなったことを確認したフリードリヒが、続きを促す。


 「当方のディクタトーレが、マリエンヌ様と接触いたしました」

 「ロジェストは優秀な男だ。その程度の事は訳ないだろう。マリエンヌ殿のご様子は」


 アランがロジェストを推薦したことは、フリードリヒの了解あっての事である。


 「憔悴しきっているようです。地下牢に閉じ込められているとの事」

 「そうか・・・無理もない」


 フリードリヒは僅かに顔をしかめる。


 「それをお聞きになったエリカ様は、激怒なさいました」

 「激怒? 何故だ」

 「よく分かりませんが、容疑者は犯罪者ではないと叫んでおられました。どうやら判決が下るまでは、罪人として扱うべきではないと、お考えのようです」

 「おかしな所に拘る。まぁ、よい。それで」

 「ロジェスト殿が、待遇改善のための裏工作を提案いたしました」

 「マリエンヌ殿を地下牢から、居心地のよい部屋へ移す為の工作か」

 「はい。ですが、その提案は保留となりました」

 「なぜだ。不満があるのであれば、工作すればよいだろう」

 「エリカ様の資金が心細いのです。待遇改善の工作は、向こうのいい値ですから、いくらかかるか分かりません。追加の資金が手に入らない内は、裁判に直接関係ない出費は控えたいようです。相当悩んではおられたのですが」

 「流石に財布の底が見えて来たか。いや、自己の資金だけで良く戦っているといえる。早々に諦めるかと思っていたが、中々しぶとい」

 「はい。今はニースから、追加の資金を待っている状況です」

 「ギルドからの利益があるとはいえ、よくやる。我々には何も言ってこないのか。活動資金を工面してほしいとか」

 「はい。特には」

 「強情な女だ。嫌いではないがな」

 「こちらの言いつけ通り、金策も行っておりません。撤収をほのめかしたことが、利いているようです」

 「すこし脅しが過ぎたか」

 「いえ、丁度よかったように思えます。下手に後ろ盾があると、どこまで突き進むか分かりません。最悪、王家との全面衝突に発展することも」

 「そこまで突き進めるものなら、突き進んでもらいたいものだ。百年の語り草になるだろう」

 「一門にも火の粉が降りかかります」 

 「違いない。エリカは怖いもの知らずよ。私相手に、あれ程物怖じしない女も少ない」

 「限度というものがございますが」

 「確かにな。それはよい。エリカの心配も近日中に薄まるかも知れぬ」

  

 フリードリヒは机の上の手紙をアランに手渡した。


 「読んでみろ」

 「拝見いたします・・・・・・これは」


 それは将軍からの手紙であった。手紙にはエリックがメルキアに、金策に向かった事が書かれてあった。


 「面白いであろう」

 「面白いと申しますか、無茶と申しますか・・・彼は討伐軍の話を知らないのでしょうか」

 「父上が教えているであろう。ともかく、エリックが上手く立ち回れば、エリカは追加の資金を手にすることが出来る」

 「ヘシオドス家に、そんな余裕があるでしようか」

 「さあな。ここはエリックの手並みを見守ることとする」

 「はっ、この事はエリカ様にお伝えすべきですか」

 「好きにしろ。いや、当面の間は黙っておれ。エリックが不首尾であれば、エリカの落胆も大きかろう。ここで心が折れてもらっては困る」

 「分かりました。状況はこの先どうなるのでしょうか」

 「まだ、何とも言えぬな。ヘシオドスが何処まで抵抗するかにもかかっている。メルキアは守るに易い土地だ。その上、我等も王軍も出ていない。ローゼン伯は勇猛なお方だが、地の利はヘシオドス家にある。良い勝負になるであろうな」

 「此度の裁判の行方は、ローゼン伯の武運次第と言う事でしょうか」

 「我等としては、どちらに転んでも構わない。伯が勝ったのであればそのように、ヘシオドス家が勝利すればそのように、戦は賭けではない。どちらに転んでも良いように、支度をせねばならぬ」

 「はい・・・」


 フリードリヒはアランが返事をした後、躊躇うようなそぶりを見せたことに気づく。


 「どうした。気になることがあるか」

 「僭越ながら、将軍閣下は・・・いえ、フリードリヒ様は、どちらをお望みなのでしょうか。

 「どちらとは」


 フリードリヒが目を細める。


 「即ち、ローゼン伯の勝利か、ヘシオドス家の」

 「ローゼン伯の勝利を願っている。心の底からな」


 それまでと打って変わって冷ややかな声色が、アランの言葉を遮る。


 「愚問でした。お忘れください」

 「うむ。忘れた」


 アランが謝罪すると。一瞬で普段の朗らかなフリードリヒに戻る。


 「しかし、エリックの奴も思い切った策に出たな。ヘシオドスに金を出させようなどと。私も思いつかなかったぞ」

 「普通は考えません」

 「あやつも、エリカに影響されているのかもな」

 「大きく影響されているかと」

 「お前もそう思うか。これが一年前のエリックであれば、敵地での金策など、考えが及ばなかったであろう」


 そう言ってフリードリヒは愉快そうに笑った。

 貴族という生き物にとっては、他人の不幸も謀略の内であるのだろう。

 フリードリヒの前を辞した後、自分が背中に大きな汗をかいていることに、アランは気が付いた。

 


              続く

  ネット小説大賞に応募することにしました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 応援します。
[一言] 容疑者は犯人ではない OECD先進38国内で唯一、代用監獄制度を取っている日本人が言うとお笑いにしかならないのではw
[一言] 大賞参加がんばってください!
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