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騎士の体面

 作戦はエリックが思い描いた通りに進行した。

 囮に引っかかった追手たちの内二人は修道士に殴り倒され、一人はマリウスの短剣が喉元に当てられ身動きが取れない。

 そして、身動きが取れないのは、追手たちの頭であったイスマイルも同様であった。


 さて、どうしたものか。

 エリックは引き絞った弓の矢先を、ぬかりなくイスマイルの眉間に定め、思案する。

 妙な動きをするのであれば、遠慮はしない。一撃で仕留めるまでだ。

 しかし、ここでイスマイル卿を討ち取っても、なんの手柄でもなかった。

 そもそもとして、彼らと敵対する意図はないのだ。罠にかけたのは己が身を守るためである。


 「もう一度だけ、お願いしましょう。馬から降りて頂けますか」


 エリックの警告にも、イスマイルは怒りに満ちた両眼を向けるだけだ。


 「困りました。矢を番え続けるのも大変なんですよ。このままではイスマイル卿に矢が刺さります。それとも、馬を狙いましょうか」


 初めて、イスマイルの表情に変化が起きる。

 馬を愛するのは騎兵の性である。それは、エリックとしても自然な感情であった。


 「立派な馬ですね。殺すには惜しい」


 一呼吸おいて、決断を促した。


 「お決めください、イスマイル卿。馬から降りるか、馬を失うか」

 

 怒りに震えるイスマイルは、瞼を閉じて葛藤し、一拍おいて剣を手にしたまま馬から飛び降りる。

 地面に降りると馬の尻を叩いて、離れるように促す。

 エリックは、引き絞った弓を緩めた。

 自身の命を失うよりも、馬を失う方を恐れるとは生粋の騎兵だな。この人も。

 奇妙な共感を覚える。


 「勝負しろ。シンクレア」

  

 イスマイルは剣の切っ先をエリックに向ける。


 「何の勝負ですか。その剣で私の矢を弾いて見せて下さるのですか。いいでしょう。本当にそんな事が出来るのか、試してみたかったところです」


 人の悪そうな笑顔を作って見せ、再び弓を引き絞る。


 「貴様も騎士であるのなら剣戟で勝負しろ」

 「お断りいたします」

 「臆したか。それでも騎士か」


 少し腹が立ったので、手近な木を目掛けて矢を放つ。

 鋼の矢じりが、鈍い音を立てて幹に突き刺さった。

 やはり、弾き返せるかは運だな。見てから剣を振っても間に合わない。

 追手の連中も、見事に突き刺さった矢を見て、こちらの技量を再確認しただろう。

 

 「闇夜に紛れて夜討ちをする方に言われましても」

 

 俺としては正々堂々と相対しているつもりなのだがな。

 罠にかけたとはいえ、初撃はイスマイル卿に譲ったのだ。仕留められなかったのは、彼らの不手際であろう。


 「配下の方々に、武器を捨てる様に言っていただきましょうか」

 「断る」

 「困った方だ。では、配下の方々にお願いいたしましょう。イスマイル卿の命が惜しければ武器を捨てよ」


 イスマイル卿と仲間が身動きが取れないにもかかわらず、踏みとどまっている配下に声を掛ける。

 中々、見どころのある男たちだ。


 「捨てるな」

 「捨てた場合は、イスマイル卿は元より、誰の命も奪わぬと約束しよう」


 イスマイルの配下が視線を交わす。


 「騙されるな」

 「騙してはいませんよ。あなた方の命を奪っても、私の利益にはなりませんから」

 「利益だと」

 「貴方の首をとっても、誰も褒めてはくれませんからね。何をしに行ったんだと、怒られるぐらいですよ」

 「我等が動向を、探りに来たのであろうが」

 「違うといっても、信じてはくださらないのでしょう」

 「図星であろう」

 「的外れな推測ですよ。我々はヘシオドス家のマリエンヌ殿をお助けする為に参ったのです。お忘れですか」

 「白々しい嘘を。貴様がセンプローズの犬であることは、分かっているのだ」

 「・・・はぁ。あの下らない叙事詩のせいですか。迷惑な話だ」


 思いもよらぬところから、身元が割れてしまったようだ。


 「私がセンプローズ一門であることをご存じなら、尚更私を捕らえる理由が分かりません」

 「惚けたことを。メルキアの状況を討伐軍に伝えるのが貴様の務めであろう」

 「誤解も甚だしい。我等センプローズ一門は、今回の討伐軍に参加いたしません。これは、レキテーヌ侯爵閣下、直々のお言葉と心得て頂きたい」

 「直々だと」

 「そうです。私はレキテーヌ侯爵閣下がご嫡男、フリードリヒ・アスティー・センプローズ様の馬廻りを務めております。閣下の名代としての立場は得ております」

 「信用なるか」

 「では、今すぐ引き返して、討伐軍を遠望されるがいい。我等センプローズの軍旗は一本もありません」

 「世迷言を」

 「それは、貴方へのお言葉ですよ。さて、私の言葉に納得したのであれば、武器を下ろされよ。納得しないのであれば致し方ありません。ヘシオドスの姫を助けに来たのに、ヘシオドスの騎士を射殺したという汚名を拾って帰りましょう。どうなのだ」


 最後の言葉は、正面のイスマイルではなく、彼の配下に向かって言い放った。

 エリックの言葉と強い視線を受けた、追手たちは手にした武器を下ろした。



 「勝負ありですね。イスマイル卿」


 巨石を降りたエリックは、未だに剣を下ろさないイスマイルの前に立つ。彼の配下はマリウスたちに、武器を取り上げられていた。


 「騎士である貴方から、剣を取り上げようとは思いません。だから、せめて鞘に納めて頂けませんか。このままでは話も出来ませんよ」

 

 イスマイルは怒りに震えながら沈黙を守る。


 「はぁ。では、これからの私たちの予定でも話せば鞘を納めてくれますか」

 「・・・話せ」

 「いいでしょう。イスマイル卿はレボントスの御隠居と呼ばれるお方をご存じか」

 「レボントスの御隠居・・・」


 イスマイルは眉をひそめる。

 どうやら聞き覚えはないらしい。本当に高貴な人なのだろうか。少し心配になった。


 「私たちはそのお方に面会し、マリエンヌ嬢を助けるためのご助力を頼むつもりです。それが終われば、北部国境地帯を抜けてオルレアーノに戻ります。何ならご一緒致しましょう。それならば信じられるでしょう。ただし、イスマイル卿お一人だけですがね。配下の方々はここで帰っていただく」


 イスマイルは真偽を見極めようと、エリックの瞳を睨みつける。

 

 「断られるのであれば結構。武器や馬を取り上げた後、あなた方をその辺の木に縛り付けて、私達は先を急がせていただきます。誰かが通りかかるまでの辛抱です。通りがかるのが気のいい農夫か、身代金に飢えた盗賊かは知りませんけど」


 盗賊の虜になることを想像したのか、イスマイルの瞳が僅かに揺れる。

 もう一押しかな。


 「では、こう致しましょう。レボントスの御隠居様の館を出た後、貴方と手合わせ致します。そこで私が負けたら、おとなしく縛に尽きましょう」

 「エリック様。それは・・・」


 マリウスが抗議の声を上げるが。片手を挙げて制する。


 「悪くない条件だと思うのですが」

 「騎士の名に、いや、剣に懸けて誓うか」


 エリックは左手を鞘に当て、右手で剣の柄を掴むと素早く上下させた。

 キン。という金属音が闇夜に響く。


 「いいだろう。貴様の案を飲む。だが、忘れるな。剣に懸けて誓ったのだ。たがえれば、私は剣に懸けて貴様を殺す」

 「ご自由に」

 

 エリックの言葉を遮る様に、イスマイルは剣を収めた。

 脅迫には屈しないが、名誉ある取引には応じる。騎士の体面というものも大変だ。俺も脅しに屈したりはしないから、人の事は言えないか。


 追手たちの武器と馬を取り上げてから追い払う。

 イスマイル卿の配下は顔を見合わせると、走って坂を下って行った。どこかに状況を知らせに行くのだろう。しかし、どんなに急いだところで、馬の足には及ばない。これで、少しは時間が稼げる。


 「ては、参りましょうか。イスマイル卿」


 白みかけた夜空を背景に、エリックは鐙に足をかけ馬に飛び乗った。


 

               続く

 敵対するとエリックって結構怖いのね。


 本作の外伝を書いてみました。まだお読みでない方は、読んでくださると嬉しいです。

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[一言] いつも更新ありがとうございます。
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