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謀反人

 「謀反人? 」


 江莉香は目を点にして、コルネリアの言葉を繰り返す。

 聴きなれない単語が飛び出したので、自分の言語力に自信がなくなる。

 えっ、どういうこと。

 日本でも、時代劇以外では聞いたことはない言葉だ。


 「謀反人っていうと、あれよね・・・王様に反逆したとか、そういう人の事? 」

 「いかにも」


 コルネリアに断言されたので、振り返り組み伏せられたラナに視線を向ける。

 彼女はエミールに片腕をねじ上げられ、顔はテーブルに押し付けられたまま、荒い息を放っていた。

 私の中でラナさんと謀反人という言葉がイコールで結ばれないんやけど。どうなってんの。


 謀反人と言われて真っ先に思い付いたのは、明智光秀だ。

 洛中の小路の奥にたたずむお寺で、第六天魔王とかいうカッコいい二つ名を持っていた名古屋からやって来たおじさんを討って、その後、岡山辺りからワープしてきたお猿さんに討ち取られた人。

 ラナさんが、明智光秀・・・・・・うーん。

 私にはエミールに乱暴されている被害者にしか見えない。


 「よく分からないけど、ラナさんは謀反・・・お尋ね者だったって事? 」

 「私がこの数日、探していたのはこの女です」

 「えっ、コルネリアのお仕事ってラナさんを探すことだったの」


 まさかそんな仕事をしていたとは思わなかった。騎士団ってお巡りさんの仕事までするものなの。


 「そうです。だから驚いた。王都中を探し回っていた女が、偽名を使ってエリカの館に隠れているなどと、運命の神の悪意を感じる」

 

 偽名・・・偽名かぁ。 

 なんとなく、そうなんじゃないかなとは思っていたけどね。

 身元を知られたくない人が、馬鹿正直に本名を名乗るはずもない。

 江莉香が大人しくしていることを確認したコルネリアは立ち上がり、エミールが用意していた縄でラナを縛り上げた。


 「ちょっと、待って。乱暴しないで」

 

 座ったまま、ラナに向かって手を差し出すと、コルネリアにその手をひっぱたかれた。


 「痛っ。なに」

 

 手の甲の痛みよりも、ひっぱたかれたことにショックを受ける。


 「エリカ。いいですか。ここで、この女を庇うという事は、貴方も謀反人の一味という事にされかねないのです」

 「はい? 私が? どうしてよ。私、王様に反旗なんて翻してないわ」


 見た事もない王様とやらに、どうやって反旗を翻すのよ。


 「知らぬとは言え、お尋ね者を匿っていたのです。貴方に悪意を持った者がこの事を知れば、格好の攻撃材料ですよ」

 「私に悪意を持っている人なんて、ほとんどいないわよ。だって何も悪いことしてないもん」

 「甘い。貴方は瞬く間に騎士の位とアルカディーナの称号を得たのです。どこの誰が妬んでいるか分からない。成功した他人の足を引っ張ろうとするものはいくらでもいる」

 「ええっ、なりたくてなったわけじゃないのに、嫉妬されるなんて理不尽よ」

 「相手に言いなさい」


 存在するかどうか不明の、悪意を持った集団の話をされましても。しかし、話が逸れていくので、一旦そこは飲み込もう。

 肩に置かれたクロードウィグの掌の力も、少しばかり強くなった気がした。

 ここは、大人しくしておけという意味だろう。


 「とりあえずは、分かったわよ。それで、謀反って何。具体的に何をしたの」

 「彼女の父親は、トレバンの領主、ヘシオドス伯です。彼とその一族には王国への反逆の嫌疑が掛かっています。我々が王都に到着する少し前から、ヘシオドス家の一族には、王家より捕縛命令が出ているのです」


 説明になっていない説明に首を傾げる。

 知らない人名と、知らない地名が出て来ただけだ。


 「そのナントカ伯っていう人が、どこかで反乱を起こしたのね」

 「いいえ。そこまでの大事には至っていません」

 「でも、今、謀反人だって」

 「私の言い方が悪かった。謀反人は正しくない。正確に言えば彼女たちは裏切者です」

 「裏切者・・・ってことは、王国を裏切ったってことなの」

 「そうです。それは我々も無関係ではない」

 「ほえ? そんな聞いたこともないような人たちの裏切りと、何の関係が」


 今日のコルネリアの話は、全く意味が分からなかった。


 「冬の戦いの陰謀に、ヘシオドス伯が関わっているようだ」

 「冬の戦いって、私たちが参加したドルン河の戦い? 」

 

 コルネリアが頷く。


 「あれ? でもあれって、ガエダ辺境伯家のお家騒動って聞いたけど。違うの」

 

 それって、おかしくない。

 いや、私も詳しくは知らないんだけどさ。

 こっちには新聞もTVもネットニュースもないんだから、あの戦については出どころ不明の噂話しか知らない。

 そもそも、お家騒動に興味が無かったのが一番の原因だけど。

 あれは私の中では終わった話だし、特に思い出したくもない。


 そうは言っても、エリックとバルテンさんがその件について話していたのを、小耳にはさんだことは何度かあった。

 うろ覚えの知識だと、確かガエダ辺境伯の跡目を廻って、兄弟同士の確執があったとかなんとか。 

 どっちかは忘れたけど、片一方が北方民を使って、もう片方と、今の領主様の二人を亡き者にして、家督を奪おうとしたらしい。

 そんな下らない事で、セシリアが酷い目にあい、多くの罪のない人たちが死んでしまったのかと思うと、今でも(はらわた)が煮えくり返る感じがする。


 ライバルの兄弟は北方民の奇襲を受けて戦死したけど、現領主の辺境伯は無事で、北方民を扇動していた犯人たちも捕まり、陰謀が明るみに出たはず。

 あの戦いの中で、エリックがセシリアに乱暴を働いた犯人の一人を、斬って捨てた。その話を後で聞いたときは、彼に敬意を覚えたものだ。


 姫の窮地に颯爽と登場して、悪人を打ち倒すって。

 エリックは、まさに白馬に乗った王子様だったのね。王子様って実在したんだって、思ったものよ。実際に乗っていたのは黒い馬だったけど。

 よくよく考えてみれば、エリックは人を一人殺したんだけど、それに対して、酷いとか怖いとかは思わない。

 これって、正当防衛以外の何物でもないわよね。

 だけどあの話は、そこで終わったはず。

 江莉香は、自分の知っていることをコルネリアにぶつける。

 

 「その話は、大体あっています。正しくはガエダ辺境伯家の長男と三男の跡目争いです」

 「だったら、尚更ラナさんとの関りが分からないわよ」

 「私も詳しくは知らぬ。ただ一つ言えることは、ヘシオドス伯は辺境伯の縁者のようです。何らかの繋がりがあるのでしょう」

 「なんらかって」


 そんな曖昧な理由なのに、ラナさんの扱いは完全に犯罪者のそれでしょ。

 それに、まだ、ラナさんの罪状が見えてこない。何かしらの役目を果たしていたって事なの。


 「ともかく、この女は連れて行きます」

 

 これ以上の問答無用とばかりに、コルネリアはラナを引き起こし、そのまま引っ立てていこうとする。


 「ちょっと待って」

 「待ちません」

 「少しだけ、少しだけでいいからラナさんとお話させて。コルネリアのお仕事の邪魔はしないから。少しだけ、お願い」

 「くどい」


 コルネリアに両手を合わせて拝むが、強い口調で拒否されてしまう。

 ここまで言われると、カチンと来てしまうのが江莉香であった。


 「このままじゃ、私だって納得できないわよ。お世話していた人がいきなり謀反人だか裏切者だか知らないけど、とにかく連れて行くと言われて、はいそうですかとならない」

 「自分の立場が、分かってるのですか」

 「分かってるわよ。だから、ラナさんを見逃してとかは言わない。ただお話がしたいの」


 江莉香の言葉を聞いたクロードウィグが、肩から手を除けたので席を立つ。


 「お願いします。コルネリア」


 立ち上がった江莉香と、背後に控えるクロードウィグの両方を交互に見たコルネリアは、ため息をついた。


 「少しだけです」

 「ありがとう」


 江莉香はラナに近づくと、髪についた食べかすを丁寧に取ってやる。

 エミールったら、容赦ないわね。幾ら容疑者でも相手は女の子なんだから、手加減してよ。


 「謀反人って言うけど、ラナさんは何をしたの」


 ラナは俯いたまま沈黙している。


 「私は、ラナさんと少ししかお話していないけど、貴方が謀反とか裏切りなんてことを、考えているようには見えなかった」

 「エリカ」

 

 コルネリアの叱責に頷きながら、話を続ける。


 「私は貴方がそんな酷い事をする人とは思えない。貴方がここに居るのだって、私が無理に引き留めたからだもんね。ラナさんは出ていこうとしていた。それって私たちに迷惑が掛からないようにしてくれたからでしょう」

 「違う」


 ラナが顔を上げる。 

 

 「どこが」

 「・・・其方のような愚かなお人好しに、一芝居うったまでです」


 ラナの表情に薄笑いが浮かんでいる。


 「うん。そうじゃないかなとは思った」

 「・・・知っていたの」

 「事情があるんだろうなって、思っただけ。なんにも知らない。だから教えてほしいの」

 「・・・そこの女にでも聞けばよいでしょう」


 ラナは首でコルネリアを指し示す。


 「私は貴方の口から聞きたいの。そうでなければ呼び止めたりしない。何があったのか教えて」


 しばしの沈黙の後にかすれた声が漏れた。


 「父上が・・・」

 「・・・父上が・・・なに」

 「父上が何かしたのでしょう。兄上かも知れぬ」

 「何かって、それが裏切りだったって事? 」

 「私は王都で暮らしていたのだ。仔細など知らぬ。一族の者が捕縛されたという事はそうなのでしょう。私は侍女に促されるままに逃げただけ」


 ラナはそれまでの憤りを込めたかのように、言葉を吐き捨てた。


 「なにそれ。どういう事。意味が分からない」


 自分がどうして捕まるか分からないなんて事があり得るの。

 うちのお父さんだって、高速道路で赤いランプを光らせた車に止められた時は、スピード違反だって一瞬で分かったわよ。

 呻いていたけど。

 

 「父上だか兄上だか知らないけど、ラナさんは何もしていないって事よね。どうしてこの人を捕まえるの」


 素朴な疑問を、コルネリアに尋ねる。


 「連座です」

 「レンザって何? 」


 今日は聴きなれない単語のオンパレードだ。

 

 「罪人の親族が、その罪に連なる事です」

 「ん? 」

 「彼女の場合は父であるヘシオドス伯の罪を犯したので、その罪に連なって供に捕まるという事です」

 「なによそれ。直接謀反に関係してなくても、家族が謀反を起こしたら一緒に捕まるって事なの」

 「当然です」


 当然なの。

 でも、何となく解って来た。大河ドラマとかで見た事のあるシチュエーションだ。

 

 「ここで彼女を庇うと、エリカも同罪とみなされ、ひいてはニースやエリック卿にも飛び火するのです」

 「えっ」

 「もう、よいでしょう。彼女は連れてゆきます。詳しい話は戻ってからにして下さい」


 コルネリアはエミールに視線を送る。


 「待って。最後に一つだけ」

 「エリカ。いい加減にしなさい」

 「本当に最後だから。ラナさんの本当の名前を教えて」


 ラナが江莉香を真正面から見据えると、僅かな沈黙が訪れた後、消え入るような声で答えた。

 

 「・・・マリエンヌ」


 その響きに、嘘は含まれていないように思えた。


 「分かったわ。マリエンヌ。私では今の貴方を助けることはできない・・・」


 江莉香は二秒ほど目を閉じて沈黙する。

 そして、コルネリアがマリエンヌを連れて行こうとする瞬間。カッと両眼を見開き高らかに宣言した。


 「でもね。何も悪い事をしていないのなら、私は貴方の味方よ」


     

                続く

 

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― 新着の感想 ―
[一言] エリカが今まで作り上げてきた聡明なイメージが、この章で破壊された。 謀反人を庇い、連座責任を理解できないとは不自然過ぎる。 日本でも昔は一族郎党打首の刑は何度もあったことなのに、それをエリカ…
[一言] 「なによそれ。直接謀反に関係してなくても、家族が謀反を起こしたら一緒に捕まるって事なの」  「当然です」  当然なの。  でも、何となく解って来た。大河ドラマとかで見た事のあるシチ…
[一言] 連座に関して、今回はさすがにエリカのキャラがウザすぎる… いかにもな女児向け漫画の主人公的な、、、。
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