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コルネリアの計略

 この数日、コルネリアは王都の路地を歩き回っていた。

 コルネリアだけでなく、動員を掛けられたガーター騎士団の多くがそうであった。

 彼らに命じられた任務は、ある一族郎党を捕縛することであった。


 コルネリアが王都に戻る数日前から、ある有力な一族に策謀の疑いが浮上し、極秘裏に関係者が捕縛されていた。

 その人数は老人から子供にいたるまでで、既に四十名を超えていた。

 しかし、ただ一人。ある女の行方が不明であった。

 市内を警備する邏卒にも動員がかけられ、王都の出入り口には検問が敷かれ、出ていこうとする女には厳しい目が注がれた。

 しかし、見つからない。

 業を煮やした王宮の小言と叱責は、現場に集約される。矢面に立たされたのは、王都の治安を預かる十人委員会の面々。

 上からの有形無形の圧力に耐えかねた委員会は、王家直属のガーター騎士団団長に泣きつき、魔法の力で事態を打開しようと考えたのだ。

 彼らは渋る団長に、拝まんばかりに頼み込み、どうにか協力を取り付けた。


 不本意にも巻き込まれた団長の力により、数個の石が作られる。

 それは団長自らが、魔力を込めて加工した魔道具の一つであった。

 魔道具には、魔力の波動が近しい者同士が一定の距離に近づくと、石が光を放ち共鳴する力が込められていた。

 魔力の波動は、人それぞれの違いはあるが、血を分けた親族同士では類似性が強い事が知られており、その性質を利用した魔道具だ。

 赤の他人にも反応する可能性もあるが、一つの目安にはなるだろう。


 団長はこの魔道具を呼応石と名付け、一つを捕らえた男に握らせる。

 こうする事により他の石は、男の親族を探す一種の探知機と化したのだ。この石を王都中に散らばらせることにより、捜索対象の潜伏場所を絞り込もうというのだ。

 人を探す上では、途轍もなく便利な魔道具と思えたが、欠点も少なくない。

 この石は、対象に相当な距離にまで接近しないと光を放たなかった。具体的には対象に直接触れないと、まともに光らない。

 この結果に、委員会は落胆する。

 彼らの作戦としては、呼応石を手にした邏卒たちが王都中を駆け回り、逃げた女を探すつもりであった。

 いくら、対象に近づけば光ると言えども、触らなければ光らないのであれば、使い道は少ない。

 怪しい女を片っ端からしょっ引いて、一々石に触れさせていては埒が明かない。


 元々からしてこの石は、人探しの魔道具ではなく、遠くに離れた場所とでも会話が行える魔道具を作ろうとした時の失敗作であった。

 それを、急遽、人探し用に流用したのだ。

 急ぎの仕事ではこれが限界といえる。

 呼応石の力の弱さに落胆する委員会を、気の毒に思ったのか団長は「時間とお金があれば、完璧な呼応石を作って見せる」と豪語した。

 委員会は一瞬喜んだが、団長の言う時間とお金が、想像の遥か彼方の規模であったので頭を抱える。

 失意の委員会と、全く気にしていない団長との間を取り持ったのは、ガーター騎士団の副団長であった。

 これが、彼の普段からの仕事ではあるのだが。


 副団長に説得された団長は、配下の魔法使いたちを使い、呼応石の力を増幅させる改良を思いついた。

 魔法使いの魔力を利用し、探知できる距離を伸ばそうというのだ。

 この試みは成功し、呼応石の探知できる距離は、ゼロから五フェルメ程度にまで伸びたのだった。

 この改良は、十人委員会からも大きな期待を持って迎えられ、急遽招集されたガーター騎士団の面々は、呼応石を片手に王都に散っていく。

 十人委員会が騎士団に対して、多額の謝礼を払う約束をさせられたことは言うまでもない。


 運悪く本部に顔を出したコルネリアにも、呼応石の一つが渡され王都中を歩き回ったのだが、石は全く光らない。

 それでも、外見の特徴だけを聞かされた、見も知らぬ女を捜索する道具としては、心強いものであった。

 怪しい人物に近づき、石の輝きを見ればよいのだから。

 誰かが見つけるだろうと、どこか他人事であったコルネリアであったが、早く終わらせなければエリカにも不便をかけてしまう。

 奇妙な苛立ちを抱えたまま歩き回り、進展のないまま数日が経過した。

 複数の魔法使いと、貴重な魔道具まで動員したというのに、手配人の所在どころか、有力な目撃情報すらない。

 この状況を受けて十人委員会は、目標の女はすでに王都を離れているか、死亡している、もしくはどこかの屋敷内に匿われているのではないか、との結論に至った。

 女と関わり合いのある家々の捜索は終えていたので、予想外の有力者が協力している憶測が流れる。

 こうなっては、話は進展しない。

 一連の捕縛劇は公にされていない為、王都中の有力者の家々を家探しするわけにもいかない。

 騒ぎも大きくしたくない、かと言って追及を終えるわけにもいかない、二つの問題の狭間に立たされた上層部は、長い議論の末に捜索の規模を縮小したのだった。


 コルネリアは、その決定に呆れる。

 完全に諦めたわけではない所が未練がましい。

 彼女にしてみれば、雲の上での権力闘争絡みの小さな事件だ。

 どのような展開になろうと、知ったことではなかった。

 それなのに。



 数日ぶりに訪れたエリカたちの逗留先に、見知らぬ女がいた。

 席を勧められたコルネリアは、その女を一目見て眉をひそめた。

 茶色の髪に、自分よりも少し低い背格好。そして、右目の下の泣き黒子。ここ数日探していた女の特徴に当てはまる。

 心臓が跳ね上がり、咄嗟に腰に入れたままの、呼応石を取り出そうとするが、寸でのところで思いとどまった。

 事情も分からぬまま、ここで騒いでは事態を悪くする。

 落ち着きましょう。


 ユリアから差し出された飲み物を口にする。

 何気ない会話を続け、頃合いを見計らい袋の中の呼応石に目をやると、ただの水晶屑にしか見えなかった石が、僅かに光を放っていた。

 おそらく間違いない。

 彼女が探していた女。

 しかし、なぜ、エリカと共にいるのだ。

 関わり合いが見えてこない。

 エリカが謀反人を匿う理由などないはずだ。そもそも、順番がおかしい。

 我々が、王都に到着したころには既に、この女への捕縛命令は出ていた。

 冷静に考えて、エリカが謀反に関わっているはずなどあり得ないが、この件に何処までかかわっているのかも不明だ。

 混乱するコルネリアの心中に、疑心と暗鬼が彷徨う。

 コルネリアは、ラナと名乗った女に警戒されない様に話を繋ぎ、何処で知り合ったのかを聞き出した。

 そして、強い眩暈にも似た症状に襲われる。


 ぶつかった。

 ただ、それだけ。

 多くの人が行き交う王都とはいえ、わざわざ謀反人にぶつかる女など、世界広しと言えどもエリカ(ただ)一人であろう。

 怪我をさせてしまったお詫びとして、面倒を見ているとの事であった。

 その、底抜けの親切心に半分呆れる。

 見つからないはずだ。

 自分の家に盗人が隠れていると考える邏卒はいない。

 コルネリアは内心で大きなため息をついた。


 それはよい。

 コルネリアは思考を切り替える。

 神々の悪戯とはいえ、探し回っていた手配人も見つかり、捕縛すればこの件は終わりになるはずだ。

 しかし、別の問題が立ちはだかる。

 コルネリアにとっては、そちらの方がより重大な問題であった。

 平静を装い会話を続けながら、思考を回転させる。


 知らぬこことはいえ、謀反人を匿っていたのだ。このままではエリカにまで咎が及ぶ。

 それを避けるためには、どうすれば良いのであろうか。

 ここで取り押さえようとすると、逃げられる恐れがある。

 コルネリアは相手が一人といえども、侮るつもりはない。当局の追求から数日間逃げ切っていた女だ。どんな手札を持っているか知れたものではない。

 一番良いのは、どうにかしてこの女を館の外に連れ出し、そこで捕らえる。

 こうすればエリカに累が及ぶことはない。

 ただ、この女に関わった全ての人間に口止めをしなければならぬ。もしも、匿っていたことが上に知れると、苦しい弁明を強いられる。また、手配に人手と時間が掛かる。

 本部に報告して人手を集め、女を外におびき出すなどの小細工を弄さねばならない。その間に気取られでもすれば、再び見失うかもしれぬ。

 とても選べる手段ではない。


 エリカの無実を証明するためには、この屋敷で彼女によって捕らえることが出来ればよいのだが、その事を告げても容易には納得しないだろう。

 おかしな所で頑固な人ですからね。

 コルネリアは自身を遠くの棚へ放り上げて思案する。

 最悪の場合、エリカはこの女を庇うかもしれない。事の重大さを理解していなければ、自然に思い至る流れだ。そうなってはからでは、言い逃れが更に難しくなる。

 これは、エリカに悟られぬように事を進め、女を確保した後で説明するのがよかろう。

 一時は彼女を欺くことになるが、累が及ばぬようにするには、これが一番でしょう。

 そう決意したコルネリアは、夕食前にエミールとクロードウィグを呼び出した。

 エリカのために働ける者の助けが必要であった。 



 「協力してほしい。このままではエリカが謀反人の片棒を担いだことになるやもしれぬ。それだけは絶対に避けなければならない」


 立ち聞きされる心配のない、周りが見通せる中庭で、それまでの経緯を二人に告げた。

 話を聞いたエミールは大きく頷いた。


 「勿論です。私はエリック様の名代を仰せつかっています。ここは、我が主に成り代わり、エリカ様の為にも、コルネリア様に従います」

 「感謝します。其方はどうだ。クロードウィグ」

 「メイガリオーネに従う」


 クロードウィグの返答は短い。


 「どういう意味だ。コルネリア様に助力しないという意味か」


 エミールが眉を跳ね上げた。


 「好きに取るがいい」

 「なんだと」


 喧嘩腰になるエミールを押し止める。


 「いいでしょう。其方にあの女を取り押さえよとは言わぬ。ただ、エリカが女を助けようとした場合に、動きを留めてくれればよい。如何(いか)に」

 「メイガリオーネの身は守る」

 「・・・いいでしょう」


 口調から察するに、協力をするつもりはないが、同時に邪魔をするつもりもないのだろう。

 クロードウィグの動きはエリカ次第と言える。彼女が納得すれば協力するつもりなのだと受け止めた。


 こうして、段取りを整えたコルネリアは、一芝居売ってラナに呼応石に触れさせ、手配人の確証を得ると、彼女を取り押さえることに成功したのだった。



                続く

 皆様のおかげをもちまして、本作の累計総合評価ポイントが二万の大台に達しました。

 全ての読者様に、感謝申し上げます。<(_ _)>

 引き続きお付き合いいただければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新ありがとうございます。 [気になる点] 『コルネリアが王都に戻る数日前から、ある有力な一族に策謀が疑いが浮上し、極秘裏に関係者が捕縛されていた。』 →①辺境伯とはまったく別の問題が起…
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