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設置魔法

 王都の城門をくぐり抜けると、見渡す限り農地が広がる。

 初めて見る規模の穀倉地帯を進み、目的地の黒い森の前に立った。

 ここが、団長の家らしい。

 

 「なんや、ここ」


 江莉香は森を前に首を傾げる。

 不自然なまでに魔力が集まっている感じがする。


 「分かりますか。エリカ」

 

 隣に立ったコルネリアが江莉香に問う。


 「分かるって言うか。変な感じ。言葉にしにくいけど、なんか気持ち悪い」


 森の中に向かって、風が吹き込んでいるような感覚。魔力と思われる流れが発生していた。


 「周囲の魔力が森に流れ込んでいるのだ」

 「やっぱり」


 予想が当たった。

 この現象を団長さんが人為的に行っているとしたら、王国最優秀の魔法使いと言うのは伊達ではなさそう。


 「驚くのはまだ早い」

 「なになに」

 「待ちなさい」


 コルネリアは手にした杖を構えるが、直ぐにその腕を下ろした。


 「・・・そうですね。その前に面白い戯れをしよう」

 「そんなこと言うなんて珍しい。何をするの」

 

 新しい魔法でも見せてくれるのかな。

 期待していると、コルネリアは後ろで控えていたエミールを手招きした。


 「はい。何でしょうか」

 「この森の中央に団長の館が建っている。先触をしてほしい」


 エミールに向かってアポイントメントを取って来いと指示した。


 「お任せください」


 エミールは元気に返事をしたが、直ぐに戸惑った。


 「・・・コルネリア様、どこが入り口なのでしょうか」


 眼前の森には門どころか、人が通れそうな道も見当たらない。

 まごつくエミールにコルネリアは簡潔に答える。


 「道はないが、真っすぐに進めば辿り着く」

 「分かりました。では、行ってまいります」


 エミールは下草をかき分けて、暗い森へと姿を消した。

 その後姿に嫌な予感がする。

 まさかとは思うけど、お化けとかは出ないでしょうね。それを見たエミールが驚いて逃げ出してくるとか。そんなオチは嫌よ。

 私、霊感はゼロだけど怖い話とか全然ダメなのよね。前まではお化け屋敷すら苦手だった。幽霊の話とか聞かされたら、本気でその夜が怖い。根性無しだから肝試しなんてとんでもない。


 暫く森を眺めていると、三分も経たずにガサガサと草をかき分ける音が聞こえる。

 なんだ。もう帰ってきたのか。それとも森に棲んでいる動物かな。

 近づいてくる音には切羽詰まった感じや、野生動物の感じはしない。杞憂で良かった。

 やがて、森からエミールが飛び出した。


 「あれ・・・」


 戻ってきたエミールは驚きを露わにして後ろを振り返る。


 「どうだった。団長様。いらっしゃった? 」

 「いえ、その・・・申し訳ありません。道を間違えました」

 「ん? 」

 「真っ直ぐに進んでいるつもりでしたが、どこかで間違っていたようです。もう一度行ってきます」


 エミールは顔を赤らめ、もう一度森に入ろうとすると、コルネリアが制止した。


 「待ちなさい。エミール。もう一度向かっても同じこと」

 

 エミールが足を止めて困惑する。

 なるほど。コルネリアの言いたいことが分かった。


 「もしかしたら、森に入ると魔法で方向感覚が鈍るの? 」

 「そうです。何も知らずにこの森に足を踏み入れると、どれ程注意深く歩こうとも、いずれ森の外に出てしまうのです」

 「なにそれ面白い。私も行ってくる」


 お化けが出ないのなら、躊躇はない。是非ともその魔法を体験してみたい。

 江莉香は森に飛び込んだ。

 昼間だというのに森の中は薄暗く、鳥のさえずりが無かったら不気味な雰囲気だ。

 出来るだけ、真っすぐね。

 真っすぐ真っすぐと念じながら歩いて行くと、途中で眩暈のような感覚に襲われる。

 これが、団長の魔法の力に違いない。

 前を見据えて更に進むと、前方に明るい日差しが広がり、そのまま江莉香は無事森の外へと追い出された。

 エミールの時とは違いエリカの出た位置は、元の場所から100メートルほど離れた畑の路肩だった。


 「おおっ、凄い。本当に外に出た」

 

 嬉しくなって、みんなに向かって手を振る。

 これって、何の魔法なんだろう。人間の感覚に作用する魔法なんて凄すぎる。

 江莉香は小走りで皆の元に戻った。

 

 「本当に外に出たわ。団長って凄い人なのね」

 「ええ」


 コルネリアに声を掛けると、今度は森からユリアが出てきた。

 私の後に続いて森に飛び込んだのね。


 「お帰り。どうだった」


 声を弾ませて感想を聞く。驚きを共有したくてたまらない。


 「不思議です。真っすぐに進んでたのに、いつの間に戻ってきたのでしょう」


 ユリアも両眼を一杯に開いて驚くと、コルネリアが解説をしてくれた。


 「案内の灯が無いと、団長の館にはたどり着けない。稀に小さい子供がたどり着くことがあるらしいのですが、大人には無理ですね」

 「これなら、変な人が勝手に敷地に入れないわね。安心だわ」

 「魔法による城壁ですか。お伽話みたいです」


 コルネリアの説明に皆が感心した。

 要するにこの森は、丸ごとセコムしているのね。


 「ではエリカ。ここで魔法を使いなさい。どんなものでも良い。魔法に応じて案内の灯が現れる」

 「了解。やってみる」


 なるほど、魔法使いは入っていいのね。

 江莉香は森に向かって左手を突き出し、光の魔法を発現させる。

 フラッシュのような光が、暗い森を一瞬照らした。

 期待して森を覗くが、案内の灯らしきものは見えない。一分ほど眺めていたが変化は無かった。


 「あれ。弱かったかな」


 もう一度試みるが、コルネリアがそれを止めた。


 「エリカ。戻りますよ」

 「えっ、どうして」

 「応答がないという事は団長は不在です。いつもはここに籠って外には出ないのだが、こんな時にだけ間の悪い」

 

 後半は、若干忌々しげに言う。


 「ありゃりゃ、御不在なのね」


 まぁ、いくら招待されているとはいえ、偉い人に会うにはアポを取ってからじゃないと駄目よね。

 でも、アポを取ろうにも魔法使いじゃないと近づけないんじゃ、肝心のアポの取りようもない。お手紙とか出すのかな。


 「しかし、おかしい。何処に行ったのでしょう。気まぐれか、何かあったのか」

 「どうする。帰ってくるまで待ってみる」


 コンビニじゃないけど、ちょっとした買い出しに出ているだけかもしれない。

 待っていれば、案外ひょっこり帰って来るかも。


 「無用だ。戻ります。何処に行ったかは本部に聞きましょう。知っているとは限らないが」

 「限らないんだ」


 電話もメールもない世界。人に会うのも一苦労だ。

 江莉香たちは踵を返し、王都に戻る帰り道、団長の森について話をした。


 「エリカ。団長の力が分かりましたか」

 「うん。あんな大きな森全体に魔法を掛けるなんて凄い」

 「それだけではありません。何かわかりますか」


 試すような口ぶりに、考え込む。

 何かあったかな。


 「そっか。あの魔法って一日中、常に発動しているのね。えっ? そんなこと出来るの? 」

 

 しばし考えて、あまりの桁違いの力に驚く。 

 私は風の魔法を二十分使ったら力尽きるのに、二十四時間、三百六十五日常時発動なんて、どんな力があったらそんな真似ができるのよ。


 「それだけではない。もう一つある」

 「うーん。何かな。常時発動している魔法ってだけで凄いけど・・・んっ、団長さんて今、森に居ないのよね・・・」

 「気が付きましたか」

 「その場に居ないのに魔法が使えるの。それこそ、どうやって」


 江莉香は自分の言葉に愕然とする。

 これまでの生活で、なんとなくではあるが魔法の使い方は理解できていると思っていたが、大きな間違いだ。

 遠く離れた場所に向かって、常時魔法を発動させるって、完全に理解不能だった。

 江莉香の驚きは、ユリアやエミールには感銘を与えなかった。二人とも何が凄いのだろうと首を傾げている。

 魔法が使えない彼らには、実感が持てないのだ。

 江莉香は発動場所を見ないと、その場に魔法は使えない。見なければ自分を中心に発動する。

 遠い場所に向かって、常時魔法を展開するなんて恐ろしい能力だ。 


 「それが、団長の力です」

 「私、団長様の事、軽く見てた。騎士団の偉いさんだとばかり」

 「特に偉くはありませんが、恐ろしい力の持ち主です」


 コルネリアのボスってだけあるわね。 


 江莉香たちは途中で王都行の乗合馬車を拾い、再び王都の城門前に戻ってきた。

 また、あの検問の行列に並ぶのかと嫌になったが、王都へ入る検問は形だけのものであった。江莉香が門で立ち止まろうとすると、門衛は立ち止るなとばかりに腕を振り、先に進むように促した。

 出ていく人を重点的にチェックしていたのか。

 治安維持としては片手落ちの様な気がするけど、まぁいいか。

 再び、喧騒溢れる王都に入城した。


 ここからどうするかと言うと、一旦、王様が住んでいる王城に向かい、団長の居場所を聞いてくることにした。もしかしたら王城内の騎士団本部にいるかもしれないし、少なくとも行き先を知っている人がいるかもしれない。

 そんな訳で、コルネリア一人が王城に入っていった。

 私たちはここで暫し待機。


 江莉香たちは王城を巡る堀の縁で、通り道の露店で買った干した果物を口にしながら暇をつぶした。


 「お城の中にお城があるのね。王様ってお金持ち」

 

 江莉香が堀を覗き込むと、数匹の亀が緑がかった水の中を泳いでいた。その亀に向かってナツメグに似たドライフルーツを投げてみようかと悩む。

 食べるかな。

 やっぱり止めておこう。お行儀が悪い。

 それにしても、オルレアーノの将軍邸は普通のお屋敷だったけど、王城は高い石垣と分厚い石壁によって囲まれており、間近で見上げると、逆に何が何だか分からない大きさね。

 江莉香たちがたむろしていたのは王城の正面ではなく、裏手の方に開かれた門の前だ。

 差し詰め職員用の通用門と言ったところか。それでも四頭立ての馬車がそのまま入っていけるぐらいの大きさだ。

 小一時間ばかり待っていると、コルネリアが小走りで門から出てきた。

 あの様子だと、団長さんがいたのかも。

 砂のついた手を叩いて立ち上がる。そんな江莉香の予想は覆された。


 「すまないエリカ。騎士団に招集が掛かっている。団長も私も手が離せなくなってしまった」

 「えっ、何かあったの」


 魔法使いに招集が掛かっている。ただ事ではなさそうだ。もしかしてどこかで戦争?


 「口外は出来ない。ただ、エリカたちが心配するようなことではない。上の都合です。手が空いたら連絡します」

 「う、うん」

 「エリカの同胞を探す手伝いが出来なくてすまない。この埋め合わせは必ず」

 「気にしないで。お仕事頑張ってね」


 急な事で驚いたけど、お仕事なら仕方がない。


 「手が空いたら必ず手伝います。必ずです」


 義理堅く念押しすると、コルネリアは王城へと消えていった。


 「一番の予定が、無期限延期になっちゃった」


 振り返ると、エミールが心配そうにしている。


 「どうなさいますか」

 「うーん。どうしよっかな」


 私としては、今日中に団長さんと面会して、その後は王都を見物がてら、日本人を探すつもりだったけど、予定が完全に狂った。

 コルネリアがいないと、土地鑑のない王都での人探しは厳しい。

 仕方ない。ここは切り替えて、他のことをしよう。



                  続く

 誤字報告、ありがとうございます。

 常に感謝いたしております。<(_ _)>

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― 新着の感想 ―
[良い点] 地に足ついた物語 芯が通ってるところ [一言] 久々になろうで小説一気読みしました。 派手じゃないというか、どちらかというと地味に感じやすいですが、地に足ついて異世界で奮闘する姿見は応援…
[良い点] いつも楽しみに読んでおります。暑い季節ですので体調にお気を付けください。今後も応援しております。
[良い点] 認識をイジる魔法ですか、しかもそこに居なくても作用されるとは、なんか学術的な魔法が出てきましたね! エリカさんの魔法って精霊信仰的なもの(祈りの力)で出しているから、この世界の魔法とは結果…
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