検問
前回よりは日数は掛かったが、江莉香を乗せた船は無事に王都エンデュミオンの外港にたどり着いた。
ニースとは比べ物にならないほど立派な石造りの埠頭に接舷すると、桟橋にいた男が大きく手を振る。
その男に向かって、船から舫い綱が投げられると、綱を固定用の杭に手早く括り付けられ船は無事に係留された。
港の男たちがきびきびと働いている。
上陸の準備が完了すると、江莉香の乗っている船に続々と人が集まりだす。その人だかりの中にドーリア商会のモレイの姿があった。
「お疲れ様です。エリカ様。船旅は如何でしたか」
江莉香の足が船の渡し板から地面に着地した瞬間に、丁重な挨拶を受けた。
「はい。とても快適でした。でもよく、私たちの到着が分かりましたね」
出迎えられたこと自体に驚く。
予定の立たない風まかせの航海。どうして、こんなに正確に出迎えられるのかな。
「はい。我々の船が港に入ったら、直ちに伝える様に手配しておりますので」
モレイは周りで働く港湾労働者たちに視線を送った。
なるほどね。
電話もメールもない世界だけど、やりようによっては迅速な伝達が出来るのか。人手とお金は掛かりそうだけど。
「お迎えの馬車を用意いたしております。そちらで、エリカ様のご逗留先へご案内いたします」
モレイさんは振り返り、二頭立ての馬車を手で示した。
「ありがとうございます」
既に宿の手配をしていてくれたみたい。助かります。
馬に乗って旅するよりは百倍楽だけど、船旅も結構しんどい。早く動かないベッドで横になりたい。
江莉香はここまで運んでくれた船の船長と船員たちに挨拶をすると、用意された馬車に乗り込んだ。
馬車は二台準備されており、両方とも屋根は付いてはいなかったが、対面式の座席が備え付けられ、人を運ぶ専用の車両であることが分かる。
先頭の馬車に江莉香とコルネリア、ユリア、モレイが乗り込み、後ろの馬車にエミールとクロードウィグ、そして、ニースから運んできた荷物が積み込まれた。
馬車は完全に舗装された石畳の上を、王都の中心部に向かって進む。
一年ぶりの王都であったが、流石は王都エンデュミオン。その繁栄ぶりではオルレアーノの比ではない。
港を抜けると、巨大な常設の市場と倉庫群が広がり、多くの人や荷車、馬車などが無秩序に行き交う。
大量の干し草を積んだ馬車が、荷物をパラパラとまき散らしながらすれ違い、半裸の男たちが、穀物が入っていると思われる袋を荷車に積み込んでいる。
人夫が発する大声に、荷車の動く音、家畜たちの嘶き、この賑わいが、王都の日常なのだろう。
そんな市場の喧騒をかき分け、江莉香を乗せた馬車は、なだらかな坂道を軽快に上って行った。
メインの大通りに向かって、細い路地が不規則にあちらこちらから合流する。
一度火事が起これば、付近一帯が焼け野原になるのではないかと心配するほどに狭い間隔で、二階建て三階建ての建物がひしめき合っている市街地を通り抜けると、周りは徐々に、壁で囲まれた戸建ての住宅地へと変わっていった。
馬車が止まったのは、そんな区画の一つであった。
「ここが、エリカ様のご逗留先に用意した館でございます。いかがでしょうか」
立派な石造りの平屋を前にして、モレイが胸を張る。
口では如何でしょうかと言っているけど、ここなら文句はあるまいと言いたげだ。
「えっと、本当にここに泊まっていいんですか」
馬車を降りた江莉香は、草木の彫刻が施された門の前でしばし戸惑った。
「はい。ご自宅と思ってお使いください」
モレイが自慢するのも無理のない立派な建物であった。
白を基調した石材と漆喰の壁に、大きな門。そして、窓には貴重なガラスがはめ込まれていた。
ちょっといいホテルに泊まれるかなとは思っていたけど、案内されたのは高級アパルトマンだった。
うーん。これは予想外。
嬉しいのだけど、宿泊費は幾らするんだろう。
口ぶりからすると、たぶん無料で泊めてくれる気がするけど、貧乏性の私としては少し心配。
モレイさんに促されて恐る恐る建物に入ると、管理人さんたちから挨拶を受け、部屋に案内された。
「ご滞在に必要な品物は用意いたしておりますが、足りない物がございましたら、遠慮なくお知らせください」
館の説明を一通り済ませると、モレイは帰っていった。
「ふーう。疲れた。でも、立派な家よね。流石ドーリア商会。お金持ちだわ」
茶色の深い色合いが魅力的な長椅子に、だらしなく座り込む。
これが実家のソファーなら、このまま寝ちゃいそうよ。
ぐてっとしながら飾り気のない天井を眺めていると、コルネリアが上から覗き込んできた。
「エリカ。明日にも団長の元へ案内するつもりだが、構わないか」
「うん。一晩寝たら大丈夫よ」
急いで姿勢を正して、平気だとアピールした。
「わかりました。では、明日迎えに来ます」
コルネリアは壁に立てかけてあった杖を手に取った。
「えっ、どっか行くの」
「ええ、私の家に戻ります」
「そっか、王都に住んでいるんだから家があるのは当然ね。ここから近いの」
「いや、私の家はチィチェにある。丘を下ってしばらく歩く」
「それなら、コルネリアも今晩はここに泊まろうよ。また、来てもらうのも手間だし。コルネリアも疲れたでしょう」
「手間と言うほどではないが」
疲れていることは否定しなかった。
「その方がいいって、そうしよう。ちょっと聞いてくる」
江莉香は立ち上がると部屋を飛び出して、館の管理人に話を付けに行ってしまう。
しかし、わざわざ話を付ける必要などはなく、モレイの手配に抜かりは無かった。
当然の様にコルネリアの食事と寝室は用意されていることが伝えられると、彼女もそれ以上は拒まなかった。
生活に必要な家事は、すべて管理人さんたちが代行してくれている。
予想より快適な王都ライフが送れそうなことに、江莉香は満足したのだった。
翌日になり、コルネリアの案内で王都を縦断し、都市との境界線の城門へ向かった。
案内役のコルネリアに、護衛のクロードウィグとエミール。一人で館に残っていても仕方ないという事で、ユリアも一緒に行くこととなった。
目的地へは滞在先からは距離があるので朝早くに出発したのだが、既に城門前には外に出たい人たちの長蛇の列が出来ていた。
長い警棒を手にした門衛たちが、城から出て行こうとする人たちを念入りにチェックしている。
オルレアーノでもやっているけど、王都ともなると厳重なのね。
門衛のお兄さんたちが、棒を振り回しながら列に並べと怒鳴っている。
言われなくたって並ぶわよ。
ブツブツ言いながら、最後尾に並んだ。
列の後ろから検問の様子を眺めていると、チェックが厳しいのは女の人だけに見える。
男の人は大きな荷物を検められるぐらいなのに、女の人にはやたらと念入りだ。
どうして女の人だけ厳しいのよ。あれやろか、「入り鉄砲、出女」みたいな事なのかな。
やだなぁ。
流石にボディーチェックまでは受けていないけど、頭巾のような被り物は例外なく外され、全身をジロジロと隈なく見られる。
女のチェックは女の人でお願いします。
江莉香は、日除けに被っていた頭巾を、言われる前に取って順番を待った。
遂に私の番がやって来た。
トラブルが無いように、出来るだけ怪しまれないようにと考えるのだが、緊張してかえって挙動不審になってしまう。
「その髪はなんだ」
案の定、門衛のお兄さんが、私の頭を不審げに見る。
言いたいことは理解できる。私の髪はこの辺りでは珍しい黒髪直毛。不審がられても無理ないかな。
「ナンダと言われましても、生まれつきこの色なんですけど」
「生まれつきだと。どこの生まれだ」
京都市右京区よ。
門衛の横柄な態度に、思わず口に出そうになるのをぐっとこらえて、こちらで通している、設定の出身地を答えた。
「異邦人か。道理で言葉が訛っているはずだ。行け」
門衛のお兄さんは顎で指図した。
「グラッチェ、グラッチェ」
余計な一言を頂戴したので、こちらも負けじと余計な一言を返して、無事解放された。
次はユリアの番。
彼女も念入りなチェックをされてから解放される。
「ユリア大丈夫。怖いわね」
「そうですか? 」
解放されたユリアに声を掛けると、彼女は首を傾げる。
検問なんていつもの事なのかもしれない。
最後がコルネリアだ。
プライドの高いあの人の事だから、門衛のお兄さんが変な事を言ったらへそを曲げるかもしれない。
しかしながら江莉香の心配は、全くの杞憂であった。
コルネリアが手にした杖を門衛に向けると、彼らは背筋を伸ばして丁重に彼女を送り出す。
なに、この待遇の違い。魔法でも使ったの。
「どうして、そんなにあっさり解放されるの」
問題が起こらなかったことは喜ばしいけど、対応の違いが納得できない。
黒髪は駄目だけど銀髪はOKって事なの。
僅かな憤りをぶつけてみた。
「私は王家の騎士団員だ。城門の門衛に検問されるいわれはない」
コルネリアが杖の頭の部分を向けると、何かの紋章が青く光っていた。
なるほど。騎士団員の証みたいなものなのか。だからフリーパスなのね。
権威と権力。
ある意味ではそれも魔法の力みたいなものかも。
世知辛いけどね。
続く




