王都への勧誘
「エリカ。断りなさい」
「はい? 」
それは、コルネリアの唐突な言葉から始まった。
江莉香は口にしかけたパンを、戻すべきか一瞬悩んだが、そのままかみ切ることにした。
「なにを・・・断るの」
焼き立ての柔らかいパンを飲み込んだ。
この晩のシンクレア家の食卓には、コルネリアの来訪を祝して、腕によりをかけた御馳走が並んでいる。
騒々しいのが嫌いなコルネリアの為に、シンクレア家の面々だけでの、ささやかな歓迎の宴だ。
「私は立場上、貴方を勧誘と言うか、ある要請をしなくてはなりませんが、悪い事は言いません。断るのです」
「話も聞いてないのに? 」
「そうです」
「そんな無茶な」
「いいから、はいと言いなさい」
「え、でも・・・」
江莉香は喉元までせり上がっていた抗弁を飲み込んだ。
コルネリアの普段と変わらない無表情の中に、真剣な色が混じっていたからだ。
ここは逆らわない方がいいかな。
「・・・はい」
「よろしい。良い判断です」
案の定、コルネリアは満足そうに微笑んだ。
「で、何の勧誘」
彼女の言う事だから、私に不利益があるとは思えないけど、せめて事情は教えてほしい。
「聞かない方が、貴方の為です」
「ええっ、説明も無いの」
「ありません」
「そんな不親切な」
「説明が無いのは不親切か・・・」
「うん。不親切」
「私は不親切な人間だったか。言われてみれば反論できぬ」
コルネリアは、何か重大な発見でもしたかのように考え込む。
「いや、そっち」
「他に何か」
「だから、勧誘の話よ」
「勧誘の話・・・」
「そうよ。勧誘の内容が気になるんですけど」
「エリカは、気にしてはいけません」
すました顔のまま、テバリの天ぷらを口にする。
確かあれで三個目だ。初めて口にしたと言っていたが、気に入ってくれたらしい。
「じゃ、ヒント。じゃなくて、あれ、ヒントってなんて言えばいいの。うーん。きっかけ、手掛かりでいいから教えて」
「駄目です」
「結論は変えないから、いいでしょう」
「信用できません」
「酷い」
「今日はこの話は終わりです。詳しい話は明日にでも」
「それはあんまりよ。今言ってよ。気にさせるだけさせといて、明日に持ち越しだなんて性格悪いわよ」
「何とでも言いなさい」
久しぶり会話に楽しくなっていると、それまで黙って二人を眺めていたエリックが口を開く。
「コルネリア様。お願いが一つあるのですが・・・」
「エリック卿」
エリックの言葉をコルネリアが真正面から制止した。
なになに、どうしたの。
「貴方は騎士になったのです。今後、私を様付けで呼ぶ必要はありません」
「えっ・・・」
コルネリアの言葉にエリックは言葉に詰まり、江莉香は笑い出す。
呼び方についての話が、再燃したことが可笑しかった。
「ほら、言ったじゃない。騎士は同格なんだから。様付けは変なのよ」
「いや、しかし・・・」
エリックが助けを求める様に、空中に視線を彷徨わせる。
「呼び捨てで結構」
「そうよ。コルネリアもそう言っているのだから。これからは呼び捨てよね」
「だが、コルネリア様は王家直属の騎士ですし、何より魔法使いです。呼び捨てはおかしいのではありませんか」
エリックは尚も食い下がる。
私も魔法使いであることは、頭から抜けているみたい。
そんなエリックに、コルネリアがとどめを刺した。
「封土を授かっている騎士が、授かっていない騎士に向かって敬称を付けることは、周りから奇異な目で見られる。逆はあり得るが、封土持ちのエリック卿は控えた方がよい」
「えっそうなんだ」
思わず口を挿んでしまう。
「人によっては、侮辱と捉えるやもしれぬ」
「怖っ。騎士の世界。怖っ」
流石、先輩騎士。やっぱり私たちが知らない作法が沢山あるのね。私も気をつけよう。
「では・・・ヴァレッタ卿」
そんな事を考えていると、返答に窮したエリックは、唐突にコルネリアの家名を口にした。
「・・・それは何の嫌がらせですか」
「いえ、そういう訳では・・・」
「どうして家名なのよ。前より、よそよそしくなってるじゃないの」
「名で。コルネリアで結構」
「はぁ。分かりました。では、コルネリア卿」
エリックはため息をつき、なんとか名前で呼んだが、コルネリアはそれだけでは許してくれなかった。
「卿も要らぬ。そうか、私もエリック卿と呼んでいたな。これからはエリックと呼べばよいのだな・・・」
「いいえ、貴方は其のままでお願いします。コルネリア」
観念したエリックは、遂にコルネリアを呼び捨てにした。
そうそう。みんな対等な間柄なんだから、様とか卿とか要らないわよ。
「いいでしょう。エリック卿。それで、頼みとは」
そうだった。エリックは頼みごとをするつもりだったわね。何を頼むのかな。今、コルネリアに頼まなければならない事なんて、あったっけ。いや、教えてほしい事や相談したいことは、山のようにあるけど。
「お暇なときで構いません、エリカを王都に連れて行ってやってはもらえませんか」
満足そうなコルネリアの顔が、一瞬で凍り付いた。
「なん・・・だと・・・」
その話か。
「エリック。まだ、気にしていたの。気にしなくていいって言ったのに」
「いいや、そんな訳にはいかない。エリカ一人では心配だが、コルネリアさ・・・彼女と一緒なら、俺も心配しなくて済む。本当は俺が行くべきなんだが、まだ、難しいからな」
エリックはゆっくりと頭を振った。
「せっかく来て頂いたばかりで、この様なお願いをするのは不躾であるとは承知していますが、貴方であれば、信頼できます。王都でエリカの故郷への道と、同胞を探すことにご助力を頂けませんか」
「故郷への道・・・」
固まっていたコルネリアが動きだす。
エリックはこれまでの経緯を、コルネリアに伝えた。
「どうにかして、手掛かりだけでも掴みたいのです。王都であれば、もしかしたらエリカの同胞が住んでいるかもしれません」
「エリカの同胞ですか」
コルネリアの視線が江莉香に固定される。
「ええ。国中から人が集まる王都であれば、もしかしたらと考えたのです。貴方は私たちよりも王都にお詳しい。お心に留め置いていただければ、助かります」
エリックが自分の事の様に、真摯に頼んでくれた。
嬉しいような、困ったような。恥ずかしいような。何とも言えない気持ちになる。
頼みを聞かされたコルネリアは、予想以上に深刻な顔つきになった。
「あっ、コルネリア。無理にとは言わないから。いずれね。暇なときに、手が空いていたらでいいから」
慌てて、フォローする。
これぐらいで機嫌を損ねないことは知っているけど、来てくれたばかりの人に王都へ連れて行っては、流石に失礼だ。
「私も時間をかけて、おいおい、気長に探していくつもりだから。気にしないで」
こちらの言葉が聞こえていないようで、額に手を当てて考え込んでいらっしゃる。そんなに悩まなくったっていいのに。
「いいでしょう」
コルネリアは面を上げてきっぱりと承諾した。
「えっ」
「ありがとうございます」
同時に声が出た。
「ええ、その様な事情であれば断れまい。だが、そうなると、私はエリカをある人物の下へ連れて行かねばならぬ。気は進まぬが、やむを得まい」
「どういうこと」
「エリカ。前言を撤回します。私の要請を聞いていただきます」
「なになに、最初の話に戻るの」
話の展開についていけないんですけど。
「左様。私はエリカを王都へ招聘するための使者の任を負っています。貴方に断られた態にして、うやむやに済ませたかったのですが、王都へ向かうのであれば是非も無し。招待に応じてもらわねばなりません」
「すみません。全く話が見えないんですけど」
「心配ない。王都である人物に会ってくれればそれでよい」
「ある人物って誰? まさか偉い人? 」
やだなぁ。偉い人は将軍様と若殿だけで十分よ。
「偉い人・・・」
またもや、コルネリアが考え込む。
「偉いかどうかと問われれば、返答に難しいですね。彼は偉い人なのでしょうか」
独り言を呟き始めた。
「偉い人じゃなければいいのよ。誰なの」
「そうでしたね。肝心の誰かを伝えていませんでした。エリカを王都に招聘した人物は、私たちの長である、ガーター騎士団団長です」
コルネリアの返答に今度は江莉香が固まった。
「国王陛下直属、ガーター騎士団の長というからには、王国で最も優れた魔法使いですね。凄い方からの呼び出しだな」
エリックの感嘆の声に、江莉香の硬直が解けた。
「国内最優秀の魔法使いって、めちゃめちゃ偉い人じゃないのよ」
続く




