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組織編制

 内装も完成したギルド本部で、新築の特有の清々しい香りに包まれ、エリックは目の前の巨大な長机を撫でた。

 長机は完成祝いにとドーリア商会が贈ってくれたものだ。

 全体が黒色の分厚い木材で作られており、油でも浸みこませているのか、なめらかな光沢で覆われ、ぼんやりとだが自分の顔が映っている。

 その巨大さゆえ、押せども引けどもびくともしない。本当に木材だけで作られているのかと疑いたくなる重さだ。


 「商会も豪儀ですよね。こんな高そうな机をくれるなんて」


 右隣の席に着いたエリカも、長机の表面を撫でている。


 「ああ、そうだな。しかし、良かったのか。こんな高価な長机を提供して。私には値段は分からないが、安くはないでしょう」


 エリックは、机の運搬に付いて来たというフスに向かって尋ねた。


 「はい。それはもう。ギルド本部完成の祝いの品でございますから」

 「私としては嬉しいが、由緒がありそうな品だ」

 「流石エリック様。お目が高い。これはかつて、枢密院議員を務めたシュバーベン家の持ち物でございまして、お屋敷の建て替え時に、私共が安く譲り受けた品でございます」

 「そうなのか。そんな高位の貴族の持ち物だったのか」

 「はい。記録によりますと、金貨二枚で買い取っておりました」

 「金貨二枚? 全然安くないわよ」

 

 コンコンと表面を叩いていたエリカの声が裏がえる。


 「これ程の長机になりますと、金貨十五枚が相場でございます」

 「十五枚。そんなにするの。私の年収に近いのね。いいんですかそんな高価なお品を」

 「問題ございません。実を言いますと、金貨八枚で売りに出しておったのですが、良いお品とは言え値段も高く、また見ての通りの大きさでございます。なかなか買い手も現れず、長年、商会の倉庫で眠っておったのです。こう言っては何ですが、いささか持て余しておりまして」

 「なるほど。祝いの品として厄介払いが出来たという訳ですか」

 「ありていに言えば、そうでございます」


 フスはエリックの指摘に動じることなく笑ってみせた。


 「確かに、私の部屋には入らないわ」


 フスの持ち込んだ長机は、十人以上の大人が席についても、まだ余る大きさだ。

 ニースでは、ギルド本部の二階に設けられた会議室以外では、入る部屋は無いだろう。


 「私共といたしましても、ギルドでお役に立つのであれば、これに勝る喜びはございません。ご自由にお使いください」

 「感謝する。遠慮なく使わせてもらう。では、始めよう」


 会議の開始を宣言すると、皆が姿勢を正した。

 エリックとエリカは長机の頂点に並び、右手にドーリア商会のフスとモリーニ。左手にバルテンと教会からメッシーナ神父とシスター・ユリアが着席する。エリックとエリカの背後にはエミールとクロードウィグが起立のまま控える。

 そこには会議で発言が許されるのは、席を与えられている者だけという暗黙の了解があった。

 会議室の内壁は薄紅色のラジック石で統一され、そこに重厚な黒い光を放つ長机。その二つが会議室に独特の威厳を醸し出していた。



 「今日、相談したいことは、皆の役割についてだ。これまでは、私やエリカの指示で動いてもらっていたが、誰が何をしているかは明確ではなかった。このままでは困ることも有るかもしれない。一人一人に明確な役割を与えていくべきだと考えるのだが、どうだろう。意見をくれ。何でも構わない」

 

 エリックの言葉に初めに反応したのはバルテンであった。


 「エリック様。それはギルドのお話ですか」

 「そうだ。しかし、ギルドだけではなくニース騎士領についても意見を聞きたいのだ」

 「本来、ギルドと騎士領の統治は分けて考えるべきですが」

 「それは理解している。しかし、領主になって痛感したが、ギルドと騎士領を明確に区別することが難しい。どちらも私が主だからだ」

 「確かに仰る通りかと」

 「それに、相談する相手は多い方が有難い」

 「わかりました」


 思ったよりあっさりとバルテンは引き下がる。

 彼自身もそれを感じていたのだろう。


 先日、エリカの故郷への道と、同郷人探索を諫められたエリックは、エリカと相談した上で、これまで明確でなかったニース内での、指揮系統の再編成に踏み切ったのだ。

 今日がその最初の一歩である。


 「それではですね。一応たたき台を作りましたので、聞いてください」


 エリカが立ち上がって説明を始めた。

 彼女の前には大きな板が置かれており、墨でびっしりと神聖語が書き込まれていた。


 「まずですね。領主兼ギルド長のエリックの命令なんですけど、領地に関わる命令なのか、ギルドに関わるものなのかを区別するのが難しいと思います。そこで何人かの家臣の人たちはギルドに加入していただくことにしました。具体的に言いますと、バルテンさんとエミール、そしてクロードウィグの三人は、家臣兼ギルドの一員とします。これで、どちらの命令かで迷わなくてもいいと思いますが、どうですか」


 エリカは一同の顔を見渡す。


 「商会としては異議はございません。我等がエリック様やエリカ様の家臣になると話が違いますが、お二人の家臣がギルドの一員になるのは問題ないと思われます」


 フスの意見に、モリーニとメッシーナ神父が頷く。


 「ありがとうございます。バルテンさんはどうですか」

 「はい。問題ありません。私もご命令が、どちらのものかで悩まなくてよいのは助かりますな」

 「あの、場合によっては私の指示にも従ってもらわないと駄目ですけど、その辺りはどうでしょう」

 

 本来バルテンには、他領の領主であるエリカの命に服する義務はない。しかし、ギルドに加入すると、副ギルド長からの指示には従わなければならなくなる。


 「それも、問題ありません」


 エリカは見るからに安心した仕草をする。

 バルテンからしてみれば、無理なくエリカの行動を身近で監視することが出来る上、場合によっては助言、制止が出来る立場となるのだ。渡りに船とさえ言えた。


 「ありがとうございます。それで、次の問題なんですけど。俸給はどうしたらいいと思います」

 「俸給ですか。何か問題がありますでしょうか」


 エリカの疑問に、エリック以外の全員が内心で首を傾げた。

 バルテンの俸給は騎士領から支払われる。そこに問題があるようには思えない。


 「いえ、ギルドの一員としての俸給をどうしたらいいか悩み中でして。全額支払うと、給料の二重払いみたいで、なんだか不公平だし、かと言ってギルドの仕事もしているのに無給なのも駄目だし。何かいい案ありませんか」

 「そのようなことですか。どうぞ、お気になさらず」

 「いや、エミールやクロードウィグのことも有りますから、ただ働きは駄目だと思います」


 バルテンの気遣いは、力一杯拒否された。


 「では、何かしらの報酬を払うべきだとお考えなのですね」 

 「はい。何がいいですか」

 「と、仰られても。私といたしましては、特に希望はありませんが」

 「では、こちらで決めてもいいですか」

 「はい。お任せいたします」

 「ありがとうございます。二人ともそれでいいかな」


 エリカは振り返り、エミールとクロードウィグにも尋ね、二人の了承を得た。


 「はい。それではギルドに加入した家臣の人には、別に報酬を払うこととします。次ですが、皆さんの役割を明確にしていこうと思います。まずはモリーニさんですけれども・・・・」


 議題は進み、それまであやふやに分けられていた役割が、明確にされることになる。

 モリーニはニースに駐在し、商会の議決権を行使する役員の他に、ドーリア商会との連絡役とギルドで使用するノルトビーンなどの物品の仕入れの役目を与えられた。

 メッシーナ神父はこれまでと変わりなく、教会側の議決権の行使と修道士たちへの指示係、ノルトビーンの畑の指導者としての役割。シスター・ユリアはオルレアーノの店の管理運営。

 そして、バルテンにはニースでの砂糖の精製と運搬に関する業務が任された。


 「重要事の決裁は、これまで通りギルド長のエリックが行い、何らかの理由で行使できない場合は、副ギルド長の私が行います。また、各々の職域内での日常の決裁は、各担当者に一任いたします。報告は事後で構いません。問題が発生した場合は、ギルド長の権限で処理するか、ギルド会議での相談と、議決によって決めたいと思います」


 神聖語を書き連ねた板を指で押さえながら、一つ一つを確認していく。

 その後、領地とギルドの細かい区分についての相談がなされ、メッシーナ神父がモンテューニュ騎士領の相談役として就任することが確認された。

 時折、質問が飛んでくることはあったが、エリカの案に反対する意見は聞こえてこなかった。

 これにより、各自の役割が明確となり、責任の所在がはっきりとしてきた。また、各担当者に決裁権を与えることにより、業務が効率よく動き、エリックとエリカの負担が減るはずだ。

 新しく雇ったギルド員はバルテンの下で統括することとし、エミールとクロードウィグは、ギルド長と副ギルド長の直下とする。

 その他、細かい規定を定め、この日のギルド会は終了した。



 「ふぅー。何とか終わった」


 会議が終わりエリカが伸びをした。

 

 「お疲れさん。これで少しは動きやすくなるか」


 エリックは凝り固まった肩をほぐそうと、腕を回しながら労う。


 「前よりはね。でも、私たちが長期間ニースを離れるのは難しいわね。どちらか一人なら問題ないようにはしたけど」

 「充分だよ。皆も動きやすくなっただろう」

 「ギルドも大きくなってきたからね。いつまでも私が鍋をかき回すわけにもいかないし」

 「そうだな。俺も、煮汁を縄に結んで回したっけ」

 「あったあった。今思うと、かなり間抜けな光景よね」

 「あの時はあれしか思いつかなかったからな」

 「エ、エリカ様」


 二人の会話にユリアが割り込んできた。

 長い会議の後だというのに顔は赤らみ、目が爛々と輝いて、疲れなど微塵も見せない。


 「どうしたの」

 「あの、拝見してよろしいでしょうか」

 「なにを」

 「これです」


 ユリアはエリカの前に置かれた板を指さす。


 「いいけど、何かおかしな所でもあった」

 「違います」


 許可を得たユリアは、餌に飛びつく獣のように板にかじりつき、文字通り舐めるような姿勢で、神聖語の文章に目を走らせる。


 「・・・凄い。凄いです。トートルアスの修道院で拝見した聖句か、それ以上の神聖語の文書です・・・ああ、読めない。エリカ様ここは何と書いてあるのですか」

 「どこどこ」

 「ここです」

 「ああ、ここはね」


 いつもの病を発症したユリアが、神聖語の教えをエリカに乞う。見慣れた光景だ。

 エリックはその光景を楽しみながら席を立つ。


 周囲に王都へ向かう事を止められ、それならば自分たちが居なくても、ギルドや領地が少しでも困らないようにする方策を考えた結果が、今日の会議であった。

 エリカの指摘通り、長期間の不在は未だに無理ではあるが、これで少しは動きやすくなったはずだ。

 これからも、頼りになる人を探してその人たちに権限を分散させていけば、その内に自分を必要としなくなるかもしれない。

 そうなれば、誰に迷惑をかけることも無く動き回れる。

 直ちに王都に向かえなかったのは残念だが、今回の事で今まで見えていなかった問題が見えた気がする。

 悪い事ばかりとも言えないな。

 エリックは大きく深呼吸をした。


 はぁ。それにしても、腹が減った。 

 夕食にはまだ早いが、今から酒場に行って、母上にテバリのテンプラを作ってもらおう。

 初めて食べた時は、何が何だか分からない味だったが、時折無性に食べたくなる料理だ。

 エリックはエミールに声を掛けて酒場に向かったのだった。



                  続く

 本作が、部門別週間ランキングでも一位に輝きました。

 応援して下さった全ての読者様に感謝いたします。

 月刊ランキングでも一位が取れる様に、頑張ります。(`・ω・´)ゞ

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[一言] 一話からおいつきました やはり砂糖マネーが強い 生産地抑えてと販売相手を選べるから余計に 後は生産量上げて港で大量輸送の準備して王都に進出する交渉を終わらせたらお嬢様の婚約者候補にはなれ…
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