表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
134/256

春の黄昏

 「なんだと、そんなことになったのか。俺も付いて行けばよかった」


 シンクレア家の書斎で、エリックは、エミールからモンテューニュ騎士領で起った騒動の報告を受ける。

 当初は同行するつもりだったが、広場の建設現場で揉め事が起こり、そちらの対処を優先させてしまった。

 エリカの領地に、ニースの領主の自分が、我が物顔で乗り込むのも気が引けたと言うのもあったが。


 「エリック様。あの者どもはエリカ様を領主として認める気がありません。討伐すべきではないでしょうか」

 

 エミールはよほど腹に据えかねたようで、普段は口にしない過激な言が飛び出した。


 「少し落ち着け。エリカがそれを望めば、勿論、兵を出す。だが、望まないだろう。そんなことは」


 エリカが領主として認められていないことは、初めから分かっていたことだ。


 「・・・そうかもしれませんが、このままではエリカ様の御立場が」


 彼らとの間には溝がある。その溝を埋めるための訪問だったが、やり方が不味かったのか、変な方向に拗れたようだ。


 「分かっている。放置はしない。ところでエリカはどうした。一緒に帰ってきたのか」

 「はい。エリック様に相談しましょうと、お伝えしたのですが、一人にしてくれと」

 「何処にいる」

 「砂浜におられるかとは思いますが」

 「わかった」

 

 エリックはそれだけ聞くと、書斎を後にし砂浜に向かった。


 一人になりたいのは分かるが、一人では解決できないだろう。

 エミールの言った通り、満ち潮の砂浜でうずくまる影を発見する。


 「エリカ」


 ぼんやりと、寄せては返す波を眺めているエリカに声を掛けた。


 「エリック」


 声を掛けたエリックに一瞬だけ顔を向けるが、また視線を波に戻した。


 「私、やっぱり騎士を辞める。向いてないのよ。初めから分かってた事なのに。魔法使いとか百人長とかで、いっぱいいっぱいなのに、その上、騎士とか領主なんて無理だったのよ」


 波の音に負けそうな、弱弱しい言葉が漏れる。


 「大変だったな」

 「大変て言うか・・・」

 「何を言われたんだ」

 「私の施しを受ける謂れはないって言われたわ」

 「酷いな」


 そんなきつい言葉を浴びせられたのか。


 「考えてみたらそうよね。あの人たちからしてみたら、見ず知らずの人間から贈り物をもらう謂れなんてないのよね。私、てっきり喜んでくれるとばかり思い込んでた」

 「俺もそう思っていた」

 「・・・そうなんだ」

 「ああ、どう見てもあの者たちは、貧しい暮らしをしていたからな。鉄や衣類は不足しているだろう。それを持って行ったら喜ぶと、俺も考えていた」


 そう考えたからこそ、村の備蓄を開放したのだ。


 「自分でも気が付かないうちに、あの人たちを見下していたのね。私」

 「それは違うぞ」


 どうやら、自己嫌悪に陥っているみたいだ。


 「違わないわよ。施しって言われて、返す言葉が無かったもん。無意識のうちに、あの人たちを可哀そうな人扱いして、ちょっと裕福になった私が、恵んでやるつもりでいたんだわ。人って本当の事を言われると一番腹が立つのよ。私、施しって言われて腹が立ったから本当の事なのよ」


 言葉を紡いでいくうちに、自身の言葉に興奮したらしく、声の調子が上がっていく。


 「本当の事は腹が立つか。そうかもしれないな」

 「うん。だから、私、騎士を辞める。領地も返す」


 エリカはとうとう下を向いてしまった。


 「エリカが騎士の位を返上するなら、俺も騎士を辞めないとな」


 エリカの隣に腰を下ろして、同じように海を眺めた。

 春先の柔らかな日差しを浴びて輝いている。


 「・・・へぇ? ・・・どうしてよ。エリックは関係ないでしょ」


 下を向いていた首が再び持ち上がる。


 「騎士に向いていないのは、お互い様だ。俺もエリカの立場だったら、同じ過ちをしていただろうしな」

 「でも、実際にやらかしたのは私よ。人のプライドを踏みにじったのよ。ほんと最低」

 「遅いか早いかの違いだと思うぞ。俺もどこかで、同じような失敗をするだろうな。今回は偶然、エリカだっただけだ」


 激怒したエミールをエリカが止めたらしいが、俺は止められただろうか。むしろ、もっと大変ことになっていたかもしれない。最悪、刃傷沙汰もあり得た。


 「そんな理由で辞めるの」

 「駄目か」

 「駄目よ。セシリアはどうするのよ。騎士になって迎えに行くんでしょうが」

 「俺自身が騎士に相応しくなければ、迎えに行っても仕方ない。そんな男に来られてもセシリーも迷惑だろう」

 「相変わらず、変な所で頭が硬いわね。どうしてそんな結論になるのよ」

 「どうしてだろうな。でも、エリカに騎士の資格がないなら、俺も同じように資格はないな。それだけは確かだ」

 「はぁ」


 エリカは大きなため息をついた。


 「慰めてくれてるんだろうけど。慰めになってないからね。半分脅迫だからね。それ」

 「そんなつもりはないんだが」


 エリカの言う通り、元気を出せと言いに来たつもりだったが、言えていない事に気が付いた。今更言うのもおかしい。


 「じゃ、どんなつもりなのよ」

 「どんなつもりも何も、そのままの意味だ。それに、女の子の慰め方は分からない。レイナを慰めるのとは違うからな」

 「当たり前でしょ」

 「まぁ、男の慰め方も知らない」


 肩をすくめてみせる。

 こんな時に何と言えばいいのか、誰か教えてほしいぐらいだ。


 「分かった。分かりました。騎士は辞めない。でも、領地は返す」

 「誰に」

 「誰って。将軍様に決まってるでしょ」

 「そんなことをしたら、もっと大変な事になると思うぞ」


 エリックは頭によぎる予想を口にした。


 「大変な事って何よ」

 「領地を返上するなら、理由を聞かれるだろう」

 「そうね。聞かれるでしょうね。正直に全部話すわよ」

 「それで、領民が手に負えないと言ったとするだろう」

 「違うわよ。私にその資格が無いのよ」


 自棄になったように、吐き捨てる。


 「それは、エリカが決める事じゃないからな。閣下がどう思われるかだ。領主に逆らう住民が居たとお知りになられたら。どうなるか」

 「どうなるのよ」

 「恐らくだが、討伐されると思うぞ。彼らはただでさえ、海賊騎士ベルトランの末裔を自称しているんだ。討伐されない方が不思議だ」

 「本人じゃないでしょ。あの人たちは」

 「だが、新しい領主にも反抗するなら、討伐されるんじゃないか。討伐後、また、エリカに授けられるかもしれないぞ。嫌だろう。そんなのは」

 「嫌っ」


 力一杯の拒否が返ってきた。


 「なら、返上しない方がいい。封土を授けた閣下の面子に関わる」


 エリックの言葉に、エリカはもう一度ため息をついた。


 「もう、引き返せないって事か・・・やっぱりあの時、ちゃんとお断りすればよかった」

 「それこそ、言っても仕方のない事だぞ」

 「そうなんだけど。なんだかな」

 「俺もこの場合どうしたらいいのか分からないな。誰かに相談した方がいい。役に立たなくて済まん」


 慰めに来たつもりだがそれも出来ず、解決策も思いつかない。


 「別に役立たずとは思わないけど、誰かって誰に相談したらいい。コルネリアはいないし、将軍様には言えないし」

 「確かに、ここにコルネリア様がいらっしゃったら、話を聞いてくださるだろう。なにか妙案を出してくださるかもしれない」

 「絶対に何か言ってくれるもん」


 エリカは拳を握って力説した。

 エリカのコルネリア様への信頼は揺ぎ無い。


 「俺たちよりも経験豊富なのは、代官職を長く務めたバルテンだが、モンテューニュ騎士領の問題を、彼に聞くのは気が引けるな」

 「そうよね。信用してないってわけじゃないけど。言いにくい」

 「となると、メッシーナ神父に相談するか」


 そもそも、ニースに相談できる相手は少ない。メッシーナ神父は、その数少ない人物の一人だ。


 「神父に。どうして」

 「神父は村の者たちの悩み事を、日々聞いておられるからな。相談事にはいいと思うが、嫌か? 」

 「嫌ってわけじゃないけど」

 「こういった事は、相談事に慣れている神父に聞くのが一番かも知れない。エリカが来る前は、俺も良く話を聞いてもらったしな」

 

 発した言葉にエリカは妙な顔つきになる。

 何か変な事を言っただろうか。


 「相談するだけ相談しよう」


 エリックは砂浜から立ち上がり、エリカに向かって手を差し伸べた。


 「う、うん。わかった」

 「よし。決まりだ」


 おずおずと差し出された手を強く握って、エリカを引き上げた。

 騎士に叙任され、領主になったというのに、分からないことだらけだ。

 あの日の無力な俺から経験を積んで、僅かなりとも成長したはずなのに、悩みは尽きない。いつか、分かる日が来るのだろうか。



                 続く

 (´・ω・`)ショボーン

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ