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拒絶

 ニースから一艘の小舟が、西に向かった。

 船の上には、櫂を操る漁民とモリーニの姿。彼は海の上から、港を建設できそうな場所を探していた。


 「エリカ様には悪いが、本当に岩ばかりだな」


 次々と現れる断崖に、モリーニはうんざりする。

 打ち寄せる波が、そそり立つ岩壁に当たって水しぶきを上げていた。迂闊に近づけば、船ごと木っ端みじんだ。


 「ここらはずっと、こんな感じだ。何処まで行くかね」


 船を出してくれた漁師が、櫂を漕ぐのを止めた。


 「もう少しお願いします。この先に入り江がありましたので、そこまでは」

 「あいよ」


 再び船が動き出す。

 これから向かう入江には、先日遭遇した漁民たちの集落がある。

 不用意に近づくのは危険だが、陸側から見た限りでは、小さな島が沖からの風と波から入り江を守り、港としては最適に見えた。


 「後は、湾の深さだな。浅いと使えない」


 モリーニは用意した、岩と縄で作った簡単な計測器を手に取る。

 これを入り江に沈めて、大まかな深を測るつもりだ。

 ふいに大きく船が揺れ、咄嗟に船縁に手をかけた。


 「ここいらは潮の流れが速いようだ。少し沖に出るが、いいかい」

 「お任せします」


 小舟は進路を南に向けた。


 少し遠回りをしたが、予定通りに入り江が見渡せる位置にたどり着く。

 島を越えると、風と揺れが目に見えて穏やかになる。

 極力、集落を刺激しないように配慮しながら、岩を海面に投げ入れ、深さを測った。


 「深いな」


 投げ入れた岩は、縄の長さが足りなかったようで、海底にたどり着いた感触が無かった。

 何か所かに岩を落としたが、深さは十分だ。

 これならどんな大型船でも、桟橋を整備してやれば、接岸できるだろう。


 「やはり、ここしかないな」


 その昔は海賊が根城にしていたらしい入り江だ。港として活用できることは実証済みであった。

 しかしながらニースに繋がる港としては最適なこの入り江、大きな問題が二つある。

 一つは入り江に住んでいる人々の問題。

 先日、接触した印象では、とても友好的とは言えなかった。

 エリカ様を領主として認めていない口ぶりでもあったし、ここに港を建設しようとすれば、彼らの反発は必至だ。

 次は、ニースへ至る道が無い。

 作ったとしても、岩場を越えて北側へ迂回せねばならず、遠回りで不便だった。

 商会としての本音を言えば、ニースの砂浜を埋め立てて港としたいところだが、漁場が荒れるために、そうはいかない。

 カマボコ作りはギルドとは直接関係はないが、エリカ様が初めて作られた商品だ。思い入れも強かろう。それに、魚の残骸から作られた肥料はノルトビーンの収穫を増やしている。そう考えると、便利だからと言って、港を作ればいいというものでもなかった。

 

 「何事も上手くはいかないものだ」


 ここまで来ると、モリーニの判断では対処できない。

 ニースとギルドの調整で決めることだ。


 「それを考えると、このギルドは相当話が早いな」


 岸際となり、ようやく海底にたどり着いた岩を引き上げながら、独り言が零れる。

 話が早いのは当然と言える。

 ニースのギルドは、本来であれば別々の人物であるはずの領主とギルド長が、同一人物なのだ。

 そのため普通なら発生する、領主とギルドとの折衝や、根回しなどというものが存在せず、エリック様とエリカ様という二大実力者に相談して、裁可を得れば即座に実行できる。

 モリーニの経験の中でも、これだけ話の早いギルドや、商会は聞いたことが無かった。

 しかし、利点があれば欠点もある。

 このギルドでは、商人の有力な手札である(まいない)が、一切通用しない。

 これが他の取引先などでは無理な案件でも、組織内の要路に鼻薬を嗅がせてやれば、案外なんとかなったりするのだが、それが出来ないのだ。

 ギルド長に一番の影響力があるのは、副ギルド長。逆もまたしかり。

 そこに狙いを付けて、手土産を持って話を通そうとしても、ギルド長は、筋を通すのがお好きな方だし、副ギルド長に至っては、恐ろしい程に結果重視だ。効果が見込めない下手な案など、見向きもして下さらない。

 若者らしい潔癖さの表れではあるが、そこに付け込むのも難しい。

 このお二人は、自分が理解できないことは、周りに相談することを自然に身に着けている。口で言うは易いが、なかなか出来ることではない。

 特に若いうちは自らの考えが暴走するものだが、どちらかが暴走しようとすると、もう一人が止めに入る場面を何度も見た。


 モリーニもそれなりの経験がある商人だ。

 どちらか一人であれば、言いくるめる自信はあるが、二人同時は難しい。

 考え方が同じであれば、二人も三人もないが、ギルド長と副ギルド長の考え方は違う。特に副ギルド長に至っては異質な発想をする。このお二人が常に相談しながら、ギルドを運営しているのだ。

 このお二人には(まいない)を贈るなど、やるだけ無駄だ。

 賂とは、独善的で強引な人物にのみ効果がある。何事も人に相談することを基本としている人物に、賂など何の役に立つというのか。

 では、教会やドーリア商会の者。たとえば自分に賂を渡せばどうなるか。

 これも、ほぼ意味が無い。

 教会はギルド設立当初から、お二人に警戒されているし、我等ドーリア商会が、己の利益のために便宜を図ると、ギルドから追放されかねない。

 これから、どこまで伸びるか分からないギルドを追放されるなど、どれ程の損失だというのか。

 目の前の小銭に転ぶような真似はしたくない。


 多くの商人がそれを理解していないようで、ニースには多くの付け届けが届く。

 挨拶程度の気持ちであればよいが、便宜を図ってもらえると期待するのは止めた方がよい。それよりも、建設的な話を持って行くべきなのだ。

 その場合なら、例え手ぶらでも歓迎される。

 良い案であれば、何処よりも早く認めて下さるが、無理のある案だと、何をしても通らない。そんな、実力最重視のギルドなのだ。

 だが、それが良い。やりがいがあると言うものだ。

 港の建設も、良い案と資金の目途が着けば、あっという間に完成させるだろう。

 ここは、そういう所だ。


 「もういいでしょう。そろそろ引き上げましょう」


 モリーニは漁師に合図を送った。

 こちらを窺うモンテューニュの漁民の数が増えだした。彼らとの要らぬ悶着はエリカ様の不興を買ってしまう。入り江の深さが充分であったという事だけでも、本店は満足するだろう。

 詳しい調査は、彼らとの話が付いた後だな。

 モリーニを乗せた小舟は、モンテューニュの入り江を後にした。



 「へぇ。そうだったんですか。あの入り江が港に最適か。なるほどね」


 ニースに戻ったモリーニは、調査の結果を石切り場の状況を確認していたエリカに報告した。

 ラジック石の石切り場は、石工たちの指導に従い足場が組まれている。

 村人の作業も初めの頃の様に、ただ単につるはしを振るい岩を砕いて切り出すのではなく、鉄の杭と大きな金槌を使って、ある程度の大きさに揃えて切り出すように変化している。

 これは、軍団の工作隊の作業風景を見ていたエリカが取り入れた方式で、ラジック石の加工の手間が大幅に削減されていた。


 「はい。つきましては、詳しく調査したいのですが、お許しいただけますか」

 「はい。大丈夫ですよ。ってか、お願いします」


 エリカはモリーニに頭を下げる。

 騎士になったと言うのに、商人に対しての態度が一向に変わらない。


 「ただ、問題がございまして、入江の漁民たちが警戒しております・・・私が歩き回っても良いものかどうか」

 「ああ、それですね。もう一回、挨拶に行きましょう。今度はお土産を持って行きましょう。仲良くなれば、警戒も解いてくれるでしょう」

 「仰せの通りかと」

 「よし、もう少し温かくなったら行きましょう。何が喜んでもらえるかな」

 「手土産に関しては、私が調べておきましょう」

 「お願いします」

 「はい。お任せを」


 モリーニはニースの漁民に何が喜ばれるかを聞いて回り、モンテューニュの人々が必要とするであろう品を集めた。

 それは、小麦だったり鉄だったり衣服だったりした。

 モリーニはそれらをエリックに報告し、村の備蓄から分けてもらった。

 手土産の手配を相談したときのエリックの返答は「わかった。用意しよう」の、一言であった。本当に仕事が早くて助かる。



 冬が終わりを告げ、春の訪れが風に乗った頃。

 江莉香はニースで一番大きな船を仕立てて、再びモンテューニュの入り江を訪れた。

 船にはモリーニが手配してくれた、食料や日用品を満載している。

 半ば強引に船をつけて上陸し、持ってきた積み荷を降ろしていると、モンテューニュの人々が集まりだした。

 手土産の鉄製品や衣類、食料を見せると、たちまち人だかりとなる。

 これだけあれば、警戒心も解いてくれるに違いない。

 そう信じて疑わない江莉香は、自分の愚かしさに打ち震えることとなった。


 「何の真似だ」


 先日、漁民たちの先頭に立っていた男が現れ、静かに言った。


 「ご挨拶ですよ」


 いつもの調子で呑気な返事を返した。


 「挨拶は先日受けた。それは何の真似だ」


 船から降ろされる品物を顎で指し示す。


 「何の真似って。手ぶらで来るのもなんだから、お土産を持ってきました。きっと」

 「要らぬ」

 「気に入って・・・・・・」

 「すべて持って帰るがいい」


 男の声は静かなままであったが、怒りに満ちていた。

 荷下ろしをしていたエミールや、それに近づこうとしていた人たちの動きも、凍り付いたように止まった。


 「いえ。遠慮なさ」

 「聞こえないのか。聞く気が無いのか。どちらだ」


 静かだが、完全なる拒絶。

 江莉香の思考は凍り付いた様に止まった。


 「えっと」

 「我等を貧しいと侮って、施しにでもやって来たか」


 想像もしていなかった返答に、心臓を鷲掴みにされたような衝撃を覚える。

 戦場とはまた違った、血の気が引く音が聞こえる。


 「私そんなつもりじゃ」

 「では、持って帰れ。お主らに恵んでもらう謂れはない」

 「ッ」

 

 呼吸も忘れて男の顔を見返した。

 そこには、純然たる怒りが満ち溢れていた。


 「貴様ッ。かりにも領主たるエリカ様に対していう台詞か」


 随行していたエミールが、背負っていた品物を投げ捨てて男に詰め寄る。


 「エミール待って」


 剣を抜かんばかりの剣幕の、エミールにかじりついて止めた。


 「お放しくださいエリカ様。こ奴は立場も弁えず」

 「いいから。いいから抑えて・・・ここは帰りましょう」

 「しかし・・・」

 「お願い。エミール。お願いよ」


 必死の思いで懇願する。


 「クッ・・・分かりました。エリカ様がそう仰るのであれは」


 取り縋る江莉香に、エミールは渋々といった様子で矛を収めた。

 二人のやり取りを、男は身構えもせずに、冷たい目で見据えているだけだった。


 「ありがとう。エミール・・・みんなごめん。今日の所は帰ります。手間を取らせてごめんなさい」


 混乱する頭で、指示を出した。

 手伝ってくれていたニースの漁師も、男の言い分に気分を害した様子であったが、皆、江莉香の指示に従った。

 どうやって、ニースに帰り着いたかは覚えていない。

 頭の中が真っ白だ。 



                続く

 皆様の貴重なご意見を検討した結果、本作を文芸、ヒューマンドラマのジャンルに変更するとといたしました。

 これからも変わらぬご愛顧を、よろしくお願いいたします。

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[気になる点] 今まで通りと言った手前、干渉したらブチキレるわな… [一言] エリックと用相談ですかね?先に道作って既成事実作るのかな?
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