放置宣言
ニースに戻ったエリックは、エリカに海賊騎士ベルトランの話を聞かせ、モンテューニュの領主と名乗る、メルダー・モンテューニュの処遇を問いただした。
「別にどうもしないけど」
話を最後まで黙って聞いたエリカの答えは、あっけらかんとしたものだった。
「だが彼は、モンテューニュと名乗ったんだぞ。とっくに取り潰された家だ」
「祖先の中に、運よく生き残っていた人がいたのね。良かったわね」
感心したように何度も頷く。
「それだけじゃない。今でも自分が領主だと言ったんだ」
「そこが不思議なのよね。一つの領地に二人の領主がいる事なんてあるの」
「ある訳ないだろう」
「だよね」
「どうする」
あの少年は、領主を騙る不届き者とも言える。
相手の出方によっては、討伐することも考えるべきだろう。
エリカには家臣がいないから、兵は俺が出すしかない。だが、俺の家臣も戦える者は少ない。あの漁民たちの数は少ないとはいえ、結束されるとこちらにも損害が出るだろう。
代官の頃であれば、将軍閣下に報告すれば、幾らでも兵が集まっただろうが、騎士となった今は自らの領地は自らの力で治めなくてはならない。将軍閣下の力にお縋りするのは最後の手段だ。
金は掛かるが、傭兵を雇うことも考えなくてはならない。
「だから、どうもしないって」
エリックが抱いている懸念を、エリカは一切抱いていなかった。
「放置するのか」
「放置するも何も、正式な領主は私なんでしょ」
「そうだ。彼らは領主の名を騙っているに過ぎない。それに、あの少年は海賊騎士ベルトランの末裔なんだぞ。言っていることが本当であればだが」
「別に今は海賊はしていないんでしょ」
「それはそうだが」
彼らがニースの隣で海賊行為をしていれば、嫌でも耳に入るはずだ。そして、そんな話は聞かないから、エリカの言う通り、大人しく漁をして暮らしているのだろう。
「なら、何の問題も無いじゃない。その海賊騎士とやら本人じゃないんだし。むしろ代りに領主をやってくれるって言うんなら、お願いしたいぐらいよ」
随分と投げやりなことを言い出した。
「どうやって領地を治めていくんだ。ニースのようにはいかないぞ」
「治めるも何も、あの人たちは今までメルダーを領主にしてやってきたんでしょ。彼らの好きにしたらいいじゃない。私、あの人たちの暮らしとかよく知らないし。その土地の事は、その土地の人がやればいいんじゃないの」
「任せるのか」
「うん。全てお任せいたします」
「税はどうする」
「税? 」
エリカは首を傾げる。
まさか、考えていないのか。
「領民は領主の保護を受ける代わりに税を納め、労役をこなすのが役目だ。それはどうする」
「私、税金取るつもりないわよ。労役も特に頼まないし」
「なっ」
予想外の返答に絶句する。
「だって、必要ないじゃない。あの人たちから税金貰っても何に使うのよ」
「なにって、ニースの様にモンテューニュを良くするために使えばいいだろう。それに、エリカの生活・・・・・・」
そこまで口にして、エリカの言いたいことの半分は理解した。
エリカは、魔法使いとして、センプローズ一門から年金と百人長としての俸禄を貰っている。なにより、副ギルド長としてギルドの資金の全てを握っているのだ。
その他にも、教会、ドーリア商会からも何かと便宜を受けている。
今の段階では俸禄を支払わなければならない家臣も、クロードウィグ一人だけだ。
あの男一人分の俸禄なら、無理なく渡せるだろう。
普通の領主と違い、生活のために彼らから税を徴収する必要が全くなかった。
更に、モンテューニュの暮らしの為に税を使うのであれば、彼らから無理やり税を徴収するより、彼らの収穫は彼らの好きにさせておく方が手間がかからない。
今、彼らから税を取り立てても、形式的な意味しかない。そして、エリカはこの手の形式に重きを置かない。
「税金払ってもらうとかよりも、仲良くなる方が先よ。少なくとも当分の間はね」
「なるほどな」
俺が思っているよりも考えていた。いや、俺の考えがエリカに及んでいないだけか。
「安心したよ。領地と領民を放り出すのかと思った」
「酷い。そこまで無責任じゃないわよ。あの人たちが困ったことになったら、手助けするわよ。なんちゃってでも領主なんだから」
エリカは形のいい眉をひそめてみせた。
「でも、困っていないなら口出しもしない。そうね。私が表向きの領主で、メルダーが実質的な領主で全然かまわないわよ。その方があの人たちも納得するでしょ」
「なるほどな。例えるなら、あの少年を代官にするって事か」
「そうそう、それで丸く収まるならいいじゃない」
「なんというか、どうしたらそんな考えが出てくるんだ」
今更ながらに不思議に思う。
無茶を言っているのかと思いきや、話を聞いてみると筋は通っているし、むしろ良い案に思えた。
「簡単よ。私が一番楽な方法を考えたらこれよ」
「楽か? 」
「楽よ。楽ちんよ。その方があの人たちも、私を警戒しないでしょ。変なことして喧嘩になる方が、よっぽど面倒くさい」
エリカは舌を出しておどける。
「教会と商会はどうする。教会は何としても修道院を建てたがっている様子だし、商会も領内に何があるか見て回りたいのだろう」
「だからこそ、余計なことしないで仲良くするんじゃない。仲良くしておかないと、みんなが安心して領内を見て回れないじゃない」
「確かにな」
「修道院を建てたい場所が見つかったら、その時にお話すればいいのよ。教会の人が無茶を言ったら私が止めるし」
今すぐに領主として認めさせるのではなく、徐々に慣れさせていくのか。
「暖かくなったらもう一回行くわ。今度はお土産持って行けば喜んでくれるわよ。それに、モンテューニュ騎士領。思ったより綺麗な所で気に入った。海も山も岩場も綺麗だった。写真で見たアドリア海みたい」
「畑は作れそうにないけどな」
「そうよね、よくあんな岩ばっかりのところで暮らしてられるわよね。人って凄いわ」
妙な事に感心し頷くのだった。
「そうだ。畑で思い出した。作れるわよ。畑」
エリカは大きく手を打つ。
「ビーンの畑、ニースとモンテューニュの境界線で止めていたけど、これからはどんどん広げられるわ」
「ああ、そうか。あの辺りもエリカの領地か」
「そうそう」
エリカの言う通り、ビーンの畑はニースの領域までしか広げていない。
ビーン畑の丘を下った先は、モンテューニュ領だったからだ。
あの辺りは、岩も無く小川も流れているので、畑が作れるだろう。
しかし、ニースの者がモンテューニュ領に畑を作るなどというのは、境界を越えて他人の土地を勝手に切り開くということだ。
本来であれば戦になりかねない事態なのだが、隣り合う領主が俺とエリカだから戦いにはならない。
こんなことは滅多にあり得ないだろう。少なくとも聞いたことがない。
「でも、いいのか」
「いいに決まってるじゃない。これまでは他人の土地だから入れなかったけど、今は私の領地なんだから、遠慮はいらないわ。どんどん耕そう。あの辺りは全部ギルドに貸し出すってことにするわ」
コルネリア様の助言により、ビーンの畑は全てギルドで借り受けることになっている。ギルドが借り受けることにより、ニースの者でも教会の修道士でも、所属に関わりなく耕すことが出来る。
これを、領地を跨いで当てはめるという事だ。
思い立ったエリカは、早速土地の貸し出しの文書を作り始めた。
自分の領地を自分のギルドに貸し出すという、不思議な文書になるだろう。
「そうよ。あの辺りに修道院を建てればいいんじゃないかな。ニースも近いし、メルダーたちの集落からは遠いし、文句ないわよね。作る前に相談すればたぶん大丈夫」
文書を作りながら、器用に羽ペンを回す。
「修道院が出来たらそこから、海岸に向かって道も作ろう。私たちが通った川沿いに作れば楽かな。でも、雨が降って増水したら使えなくなるかも。うーん」
ブツブツと呟きながらペンを走らせる。
エリカの頭の中には新しいモンテューニュ騎士領の姿が見えているのかもしれない。
俺もぼやぼやしていると、ニースがモンテューニュ騎士領に追い越されるかもしれない。
何か考えないといけない。
続く




