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モンテューニュ騎士領 

 エリカの領地、モンテューニュ騎士領は、本当に何もない所だ。

 エリックは藪を払いながら、馬が通れる場所を探すが、赤みがかった岩場と灌木が行く手を遮る。

 なぜ、こんな辺鄙な所が、一つの領地として扱われているのか不思議だ。どこかの所領に繋げても、誰も困らないように思える。

 将軍閣下もエリカに封土を授けるのであれば、もっと良い土地が他にあっただろうに。それだけの功績を立てたのだから。

 少なくとも、ニースの様に人が住んでいる所領を与えるべきだ。

 しかし、当のエリカが何もない領地に満足している。何もない方がいいとまで言い切る。

 結果を見れば、将軍閣下の判断は正しかった。

 普通なら怒りそうなものなのだがな。エリカには、そんな気配は微塵もない。素直に、何もない領地を喜んでいる。

 何と言えばいいのか、欲が無いというか、他者を押しのけてでも前に進もうとする気が、ほとんどない。

 それでいて、色々な事に興味を持って動き回り、あちらこちらで世話を焼く。稀に出会う、親切な修道女みたいな考え方だな。

 教会から「アルカディーナ」の称号を贈られたときは違和感を覚えたが、そう言った意味ではそのままの存在だ。


 しかし、それにしてもモンテューニュ騎士領か。

 ニース生まれの者は、この領地には良い印象がない。

 この騎士領はエリックが生まれる前、父が子供の頃に滅ぼされた騎士領だ。

 その頃の話は今となっては、村の老人しか知らない。エリックも、子供の頃にその話を聞いて育った。


 かつて、この地にはベルトラン・モンテューニュという名の騎士がいた。

 ベルトランは時の権力者のクリエンティスに所属し、この地に砦を築き、沖合を通る船を襲い、通行税と称しては、金品を強奪していたらしい。

 酷い時は、物資を奪い、船乗りを殺して船を燃やした。その姿は騎士と言うよりも海賊であった。

 付いた通り名が海賊騎士のベルトラン。

 ベルトランはその名が気に入ったのか、自らもそう名乗り、権力者の権威を盾に、好き勝手を行っていたのだ。

 しかし、後ろ盾としていた権力者が失脚すると、状況が一変した。

 多くの者から恨みを買っていたベルトランは、海と陸の両方から攻められて滅ぼされた。それ以降、モンテューニュ騎士領は人の住まない、無人の領地となったのだ。

 この話は、エリカにはしない方がいいだろう。

 いくら何でも、気分を悪くするかもしれない。


 岩や灌木と戦い、ようやく見晴らしの良い場所に出た。

 視界一杯に海が広がり、小さな島に守られた入り江が見える。

 ここから見える景色が、エリカの領地の海側の全景だろう。

 ぐるりと見渡しても、ごつごつとした赤みがかった岩の間に、灌木が生えているだけで、とても、耕作地を切り開けるようには見えない。

 一見、美しい風景だが、貧しい土地だ。

 痩せた土地でも育つと評判のノルトビーンですら、この土地では育つかどうかわからないな。

 採れたとしても、ごく僅かだろう

 東を向けばニースの村があるのだが、山に遮られ見えることはない。


 この景色のどこかに、海賊騎士ベルトランの築いた砦が有るだろう。取りあえず、そこまでは行こう。

 背伸びをしたエリックの耳に、何かが動く音が聞こえた。

 視線を向けると、灌木が動き、何かが斜面を下っている。

 鹿か何かだろうと考えていると、前かがみで走る人の姿が飛び込んできた。


 「おい。お前」


 人だ。人がいる。


 「待て、待つんだ。止まれ」


 エミールも呼びかけるが、留まる気配はない。

 そのまま、海の方へ逃げ下って行った。

 

 「どうしたの。エリック」


 追いついたエリカが隣に羽黒を並べた。


 「人がいた」

 「えっ、ほんと。どこどこ」


 鐙に体重を乗せて、羽黒の背の上で直立する。

 あの戦い以降、ニースの者は鐙を普段から使うようになった。慣れてみると、こんなに便利なものは無いように思える。


 「下に逃げて行った。よくは見えなかったが、女だったな」


 エリックは逃げて行った方向を指さす。 


 「はい。身体が小さいようでしたので、子供かもしれません」


 エミールが同意する。


 「なんだ。人が住んでたのか。それなら挨拶しないとね」

 「危険だぞ。何をしてくるか分からない」


 隠れ住んでいる、山賊の(たぐい)かも知れない。


 「うーん。そっか。でも、どこにどれぐらいの人が住んでるかぐらいは、確認しておきたいわね。できたら挨拶して、私の顔と名前を覚えてもらわないと」


 確かにその通りだ。人が住んでいるのなら、この地に新しい領主が来たと伝えることも大事だ。


 「わかった。俺とエミールで、少し見てこよう。エリカはここで待っていてくれ。クロードウィグから離れるなよ」

 「うん。気を付けてね」

 「任せろ」


 エミールを引き連れて斜面を下って行く。

 念のために、剣と弓は持ってきているが、油断はできない。慎重に進もう。

 斜面を下るとすぐに、入江のあたりに集落らしきものが目に飛び込んできた。

 やはり、誰かが暮らしている。

 集落を目指して進むと、向こうもこちらに気が付いたようで、人が集まり出す。人数は二十名ほど。中には槍らしきものを手にしている者も見える。

 これ以上、近づくのは危険だな。

 ただ、身なりは、山賊と言うよりかは漁民の姿だ。入り江の魚を取って、生計を立てている者たちかもしれない。

 

 エリックは弓で狙えない距離から、大声で集落に向かって呼びかけると、返事があった。


 「何者だ」


 そう問いかけられた。

 気持ちは分からんでもないが、それは、俺が問いたい言葉なのだがな。

 お前たちこそ何者なんだ。

 

 「こちらのお方は、ニースの領主。エリック・シンクレア・センプローズ様だ。お前たちの頭を出せ」


 何と答えようかと悩んでいると、エミールが代りに応えてくれた。改めてニースの領主と言われると、嬉しいものだな。

 エミールの呼びかけに、一人の男が前に出てきた。


 「ここは、モンテューニュ騎士領だ。他領の領主が何の用だ」

 

 男の口から出てきたのは、思いのほか正論であった。

 何の用だと問われると、返答に困るな。別段、彼らに用などないのだから。


 「お前たちは、モンテューニュの住人だな」

 「そうだ。用がなければ出ていけ」


 確認を取ると、拒絶が返ってきた。


 「私はモンテューニュ騎士領の、新しい領主を案内してきた。お前たちの新しい主だ」


 こちらの言葉に相手は戸惑ったようだが、そのまま言葉を連ねる。

 

 「その領主が、お前たちに挨拶をしたいと言っている。挨拶は受けられるか」

 「挨拶だと」


 しばしのやり取りの後、エリカが彼らの前に立った。

 その頃には、集落の住人が集まり人垣を作ったが、多く見積もっても百人もいない。

 村とも呼べない、小さな集落だ。

 

 「こんにちは。私、新しく、ここの領主になった。クボヅカ・エリカと言います。よろしくです」


 いつもの調子で、エリカが警戒心皆無の挨拶を行うと、漁民たちから明らかに、困惑した様子が見て取れた。

 彼らとしても、新しい領主が来たというだけで驚きなのに、それが年若い女だったのだ。困惑するのも無理はない。


 「この地は代々、モンテューニュ家の領地だ。新しい領主など認めぬ」


 頭の男が、驚くべき事を口走った。

 モンテューニュ家だと。


 「えっ、てことは既に領主様がいるって事ですか」

 「そうだ」


 男はひるんだ様子もなく答える。

 モンテューニュ家は、とっくの昔に滅んだ家じゃないか。この男は何を言っている。


 「へぇ、そうだったんだ。領主様とお話しできますか」


 エリカは全く動じない。何を考えているんだ。いや、知らないだけか。

 渋る相手に、ひたすら挨拶したいの一点張りでエリカは粘る。

 エリカのお願いに根負けしたのか、人垣の中から一人の男が現れた。いや、男と言うより少年だ。

 まさかとは思うが、彼が海賊騎士ベルトランの末裔なのか。

 ベルトランの最期は討ち取られたと聞くが、家系が絶えていなかったとしたら驚きだ。

 少年の姿を確認したエリカは、羽黒から降りて近づこうとする。


 「待て、エリカ。危険だ」

 「何言ってんのよ。馬に乗ったまま挨拶なんて失礼でしょうが」


 制止も聞かずに下馬し、同じように馬を降りたクロードウィグを従えて、スタスタと少年に近寄る。


 「くそ」

 

 慌てて飛び降りると、エリカの後に続いた。

 漁民たちも一瞬、身構えるが、丸腰の女相手に武器を構えることはしなかった。

 

 「こんにちは。貴方が領主様? 」

 

 半ば男の陰に隠れた黒髪の少年に声を掛けると、怯えを交えた表情で頷いた。


 「お名前は何ですか。私はクボヅカ・エリカ。エリカでいいからね」

 「メルダー・・・・・・メルダー・モンテューニュ・アクアロイナ」


 弱弱しい返答だが、しっかりと答える。


 「メルダー。メルダーね。うん、いい名前。よろしくね」

 

 エリカが右手を差し出すと、メルダーは暫しの逡巡の後に手を握った。

 その光景に、我々と漁民たちの間で安堵の空気が流れた。

 どうやら穏便に済ませそうだな。


 「ここで暮らしているのね。どうやって暮らしているの。食べ物とか」

 「魚を獲って暮らしている。畑もある」

 「ふーん。ニースと同じね」


 エリカは集落を見渡す。


 「私、オルレアーノの将軍様から、ここの領主にされちゃったけど、貴方達に不必要に干渉する気は無いから、今まで通り暮らしてもらって大丈夫よ。安心して」

 「今まで通り」

 「そう。今まで通り。貴方達の暮らしに口出しする気はないって事。ただ、仲良くしてくれたらそれでいいから」

 「仲良く」

 「そう。仲良くしましょうね」

 「エリカ。干渉する気がないって。彼らを放置するのか」


 また、エリカの無茶が始まったので、横から口を挿んでしまう。

 領民を保護しないと、領主の意味が無い。

 領主が領民から税を取るのも労役を課すのも、彼らの身を守るための代償だ。


 「放置はしないわよ。困ったことがあったら、何でも言ってね。出来るだけの事はするから。私は普段は隣村のニースに住んでいるから、遠慮しないでいいわよ」


 今度は、漁民たちに向かって話しかける。

 どうやら、領主の職を放棄する気はなさそうだが、相変わらず何かがずれている気がする。

 それはいつもの事なので構わないのだが、ベルトランの末裔をどうするつもりなんだ。

 彼は 元領主の末裔であって、今の領主はエリカだ。

 一つの所領に二人の領主はあり得ない。

 

 「それじゃ。今日の所はこれだけ。また今度来るからその時はよろしくお願いします」


 エリックの疑問をよそに、エリカは漁民たちに一礼して踵を返す。

 本当に挨拶をしただけだった。

 これは、今後の事を考え直さなくてはいけない。


 こうして、エリックは本来不干渉であるはずの、エリカの領地への関りを、自然と深めていくこととなった。 

 その事に、二人とも気が付かなかった。



                  続く

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― 新着の感想 ―
[良い点] 人助けってのは最大のエゴであり欲望なんだよなあ・・・お人好し二人、何が起きるやら・・・楽しみです!
[良い点] > 何と言えばいいのか、欲が無いというか、他者を押しのけてでも前に進もうとする気が、ほとんどない。 > それでいて、色々な事に興味を持って動き回り、あちらこちらで世話を焼く。 何と言いま…
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