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葛藤

 驚愕して立ち尽くすセシリアの前を一行が通り過ぎた。

 我に返ったセシリアはエリックを引っ立てていく北方民たちの後を付ける。エリックは包囲軍の中で、最も大きな天幕の中に消えていく。

 それはベルベル族の天幕であった。

 暫く、その天幕を窺っていたセシリアは動きが無いとみると、走って自分にあてがわれた天幕に引き返した。


 何故、エリックが捕らえられているかは分りませんが、早く助けないといけない。

 北方民は簡単に人を殺す。

 同族同士でも喧嘩や刃傷沙汰は日常茶飯事。捕虜などなぶり者にされるに違いありません。

 どうにかして、あの天幕に忍び込まなくては。

 忍び込めたところで二人そろって逃れられるなどとは思えませんが、せめて、エリックだけでも逃がさないといけない。

 良い方法が思いつきませんが、何が必要か考えなくては。

 エリックは縄で縛られているだろうから、それを切るための短刀。怪我もしていたから薬も持って行かなくては、骨が折れていたらどうすればいいのか、添え木を持って行くべきか。逃げるときには剣が必要でしょう。でも、剣は目立つ。持ったまま天幕に近づくのは危険すぎます。

 失敗することになるかもしれません。いえ、恐らく失敗するでしょう。そうなったら、わたくしの命もこれまでかと思いましたが、不思議と恐怖は覚えません。それよりもエリックの処刑を見る方が怖い。

 それだけはさせない。

 準備をしていると後を追ってきたアダンダが声を掛けてきた。


 「ドウシタノ。リディアナ」

 「アダンダ・・・ナンデモナイ」


 真っ直ぐな視線に耐えきれず、顔を背けて答えた。

 今のわたくしは、明らかに慌てふためいていますね。落ち着かないと。


 「ソンナハズハナイ、ヨウスガオカシイ」

 「ソウカナ」

 「ソウダ。オカシイ。ハナシテ。チカラニナルカラ」


 嬉しい一言であったが、答えるわけにはいかない。

 これは、わたくしとエリックの問題。アダンダを巻きこむ気にはなれなかった。

 

 「アリガトウ。デモ、イイノ」

 「ワタシ、チカラニナレナイ? 」


 悲しそうな瞳で問いかけられ胸が痛んだ。

 本当の事は話せないが、もしかしたらこれが最後の別れになるかもしれない。

 そう思うと最後に本当の事を言うべきなのかもしれない。

 セシリアはアダンダに近づき、そっと抱きしめた。


 「リディアナ? 」

 「ありがとう、アダンダ。黙っていましたけど、わたくしは王国の、センプローズ一門の娘なのです。今まで騙していてごめんなさい。戦に敗れて逃げている時に貴方を見つけたの。今だから白状しますけど、本当は貴方を助けるべきか迷いました。なぜならわたくしとあなたは敵同士。本来なら殺し合う間柄です。でも、見捨てることが出来ませんでした。なぜでしょうね」


 唐突に抱きしめられ、意味不明な言葉を話すセシリアにアダンダは戸惑う。


 「でも、貴方を助けて後悔はありません。貴方はラミ族の女。わたくしもラミ族の血を受け継いでいます。わたくしたちは遠い姉妹なのです。怪我をした貴方の前にわたくしが遣わされたのは、きっとご先祖様のお導きなのでしょう。いえ、貴方が何処の部族でも変わりありません。わたくしの大切なお友達。生きていてくれて嬉しいわ」


 セシリアは身体を離してアダンダの顔をもう一度見つめた。


 「これから、わたくしはわたくしの最も大切な人を助けに行きます。きっと、もう会えないでしょう。今まで、ありがとう。元気でね」

 「ナニ、ハナシテル? ワカラナイ」

 「そうですね。貴方にも分かるように話さなければなりませんが、これが今のわたくしに出来る限りなのです。ごめんなさい」

 

 眉をひそめて困惑しているアダンダを愛しく感じる。

 いつか、別れが来ることは理解していましたが、やって来るのはいつも唐突ですね。

 自然と涙が零れ頬を伝った。


 「ナンデモナイ。ワタシノホントウノナマエハ、セシリア。オボエテイテネ」

 「ホントウノナ? セシリア? 」

 「ソウ、セシリアヨ。ワスレナイデ」


 そう言って、もう一度アダンダを抱きしめた。

 天空の神々よ。アダンダとラミ族に神々の祝福を、わたくしたちに希望の光を。



 再びベルベル族の天幕に近づき辺りを窺った。天幕の周辺には捕虜を捕らえておくような檻も無く、エリックを見つけることが出来なかった。

 ベルベル族の天幕は、大きな天幕にたくさんの小さな天幕が連結されており、まるで屋敷のようだ。


 あの天幕のどこかに捕らえられているに違いありません。

 忍び込むために何か良い策は無いかと思案していると、イングヴァルがやって来るのが見えました。

 何が始まるのかと尋ねてみると、今からベルベル族の天幕で宴会があるらしい。

 援軍に来た北方民たちを歓迎する宴のようです。

 そこで、宴会の世話をする使用人の振りをすることにしました。幼いころは本当に使用人だったのです。宴の給仕など手慣れたもの。

 懐に短刀を忍ばせて、何食わぬ顔で天幕に近づき宴会の手伝いを始める。ラミ族の一人と思われているので、誰も怪しまない。

 計画としては、給仕の振りをしてエリックの居場所を確認し、夜遅くにエリックを縛る縄を解いて二人で逃げる。です。

 ともかく、どこに捕らわれているかを確認することが先決です。

 料理を持って天幕に侵入し、宴の場に紛れ込む。

 当然ですが、宴席にはエリックの姿は見えない。

 上座で自分とさほど変わらない年頃の赤髪の女の子が、上機嫌で食事をしている。その周囲を固めるのは屈強な戦士たち。

 余程に有力な部族のようです。

 エリックは物見の最中に、この者たちに捕まったのかもしれない。

 料理を置くと、赤髪の女の子と目が合った。


 「ソレハナンダ」

 

 赤髪の女の子が、持ってきた料理を指さした。

 人に命令し慣れている口調。やはりこの()が、族長なのでしょうね。


 「ブタノ、コウソウヤキ、デス」

 「ヨシ、キリワケロ」

 「ハイ」


 直接命令されては従うほかありません。

 仕方なく、近くにあった短刀で肉を切り分けました。 

 気のせいか、ずっとわたくしを見ているようです。何か怪しいそぶりを見せてしまったかしら。

 僅かに手が震えますが、止めようもありません。そのまま、切り分けた肉を差し出しました。


 「ドウゾ」

 「ウン。アリガトウ」


 意外に素直にお礼を言われ、驚きました。普通、使用人にはお礼を言わないものです。と言いますか、言ってはいけないと厳しく言われたものです。

 思わず、わたくしも見返してしまいました。


 「ナンダ」

 「イエ」


 頭を下げて下がり、エリックを探すために他の場所に足を踏み入れました。

 この天幕は幾つもの天幕を繋いで作られたもので、一つ一つが独立した部屋のようになっています。何処から探すべきなのでしょうか。

 道に迷った振りで、手当たり次第に覗いて行きましょう。


 「待て、女」


 後ろからの呼びかけに、思わず足を止めてしまった。

 その呼びかけは王国の言葉。北方民なら足を止めない。

 しまったと思いはしたが、気づかないふりをしてそのまま足を進めようとするが、肩を掴まれた。


 「こっちを向け。女」


 強引に振り向かされる。


 「ハナセ」


 男の力には抗い様も無く、顎を掴まれた。


 「茶番は止めろ。いや、止めて頂けますかな」

 

 突然、丁寧な口調になるが、男の顔は真っ赤だ。


 「やはりな。最初は他人の空似かと思ったが、貴方は、セシリア・アスティー・センプローズ嬢ですな」

 

 この男は、数日前、自分を押さえつけようとした辺境伯の裏切り者だ。確か名前は。


 「お初にお目にかかります。いや、正確には三度目ですかな。私はライオネット・イベルダス。どうぞお見知りおきを」


 顎を掴む力がさらに強くなる。

 この者たちは宴席には姿はありませんでした、どこに隠れていたのか。

 エリックを見つけるつもりが、逆に裏切者たちに見つかってしまうとは、迂闊です。


 「なぜ、貴方様がここに居らっしゃるのか分かりませんが、お覚悟はよろしいか」


 その言葉にセシリアも覚悟が決まった。

 男の腕を掴んでいた手を離し懐の短刀を抜いた。


 「ぐあ。貴様っ」

 

 セシリアの短刀がライオネットの腕を切り裂いた。

 浅い。

 手心を加えるつもりはなかったが、顎を掴まれては上手く斬ることはできなかった。

 しかし、ライオネットは痛みで掴んでいた顎から手を離した。


 「お前たちの企みは、お父様の知るところです。逃げ場はありません」

 「ぬかせ。でまかせを」


 ライオネットは剣を抜き放った。


 「でまかせではありません。お前たちが企みを持ってガエダ辺境伯様とご子息を殺害しようとしたことは、国王陛下もご存じの事です。王国にお前たちの居場所はない。永遠に北土を彷徨うがいいでしょう。やがて北方民たちの召使にでもなるといい」

 

 虚勢を張って精一杯の憎まれ口をたたいた。

 この企みは国王陛下どころかお父様もご存じないでしょう。しかし、この者たちを少しでも不安にさせて見せます。


 「そうですか。今の貴方のようですな」

 「・・・・・・・」


 騒ぎを聞きつけて人が集まり出す。

 周りは全て敵。ここまでかも知れません。ごめんなさい。エリック。無力なわたくしを許して。


 「戦いの後に貴方の遺体は見つからなかったから、砦にでも逃げ込んでいるものと思っておりましたが、そうですか。なるほど。貴方には薄汚い北方民の血が流れているから、蛮族共の振りをして紛れ込んでおられたのですな。良くお似合いですよ」

 「ありがとう。わたくしには褒め言葉です」

 「王国の支柱たるセンプローズの言葉とは思えん。所詮は蛮族の女に産ませた雑種という訳か」


 ライオネットの一閃で手に持っていた短刀が弾き飛ばされ体勢が崩れる。セシリアの視界は飛びかかって来るライオネットに埋め尽くされた。



                続く

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