喧嘩
ジュリエットに指揮されたアマヌの一族は怒涛の勢いで、ドルン河にたどり着く。
エリックは目の前に広がるドルン河に一瞬、呆然とする。
精鋭と知られる軍団兵と比べても、別格の速さだ。
「なんて速さだ。もう着いた」
驚くエリックとは真逆の感想を抱く者もいた。
「ああ、やっと、河に着いた。ちょっと休ませて。もう無理」
エリカは羽黒から降りると、地面にへたり込んだ。
「エリカ。大丈夫か」
「大丈夫じゃない。腰とお尻が痛くて、これ以上は無理よ」
「ここで座り込んだら危ない。あの岩場で休もう」
「うん」
腰をさすりながらヨタヨタと、エリカは大きな岩の所に歩いて行った。
あの調子では当分動けないだろう。
エリカほどではないにしてもエリックも疲れている。そんな行軍速度だ。
初めは強行軍で進んでいるのかと思ったが、話をしている内に違うと気が付いた。
これが、アマヌの一族の普通なのだ。
エリックには昔から一つの疑問があった。
どうしてドルン河と各地に建てられた砦群、そして訓練の行き届いた軍団兵によって守られている北部国境が、時折、北方民たちに突破されるのかを。
しかし今日、幼いころからの疑問の一つが解明された。
彼らは蒐でエリックが行った戦闘移動の訓練の速さで、通常の行軍をするのだ。
異常な速さとしか言いようがない。
こんな速さで国境を突破されたら、対応が後手に回らざるを得ないだろう。
これはアマヌの一族が飛びぬけて優秀なのか、北方民全体がこうなのかは分からないが、どちらにしても恐ろしい。
この場にいる別の部族であろうクロードウィグは、この強行軍に当然という顔をしている。
これが北方民たちの普段の速さであるのかもしれない。
彼らの速さの秘訣にすぐに気が付いた。
アマヌの兵の半数は騎兵隊なのだ。
その騎兵が歩兵を置き去りにして前進する。
王国軍でも偵察や先触れとして騎兵が先行することはあるが、あくまでも少数だ。
大半の騎兵部隊は主力の歩兵部隊と歩調を合わす。
しかし、アマヌの騎兵隊は、後ろの事を考えずにとにかく前進を優先する。
歩兵部隊との距離が離れるが、一向に気にしないのだ。
それは、歩兵が主力の王国と違い、アマヌの一族は騎兵が主力だからだろう。
足の遅い歩兵は食料を守りながら後に続けばいいと考えるのが、彼らの流儀らしい。
「この程度の行軍でへばったのか。メイガリオーネはだらしないな」
疲れを見せず朗らかに笑うジュリエットに、エリックは下馬して近づいた。
「ジュリエット様。一度、兵を休ませてください。我等が主君にもアマヌの一族の事をお伝えしたく。その刻を頂きたいのです」
まだ、一族の助力を得られたことを若殿に報告していない。
一度、軍を止めてもらい、若殿からの指示を仰がなくてはいけない。
「なんだ。まだ伝えておらんのか」
「申し訳ありません」
無茶を言わないでほしい。
これほどの速さで進軍されては、先触れが本陣に到着する頃には本隊が視界に入るだろう。
「よかろう。もう少し先に我が支族が暮らしておる集落がある。そこで一休みしよう」
「ありがとうございます」
エリックは頭を下げて安堵の息を吐いた。
俺が何も言わなければ、このまま砦に向かうつもりだったのかもしれない。
支族の集落で小休憩した時点で、アランと話し合った。その結果、アランが対岸に向かいフリードリヒに報告することとなった。
僅かな休息の後に再び軍は動き出す。
乗馬が得意でないエリカとコルネリアは後方に取り残され、彼女たちの護衛のために騎士団も残る。アランは対岸に渡り、エリックは北方民に囲まれたまま単独で先行することとなった。唯一の顔見知りが北方民のクロードウィグという有様であった。
周囲は全員が北方民。
心細く思う自分を殴りたい。
エリックたちが三日かけた距離をアマヌの一族は僅か一日で踏破し、砦を見通せる小高い丘に陣を構えた。
この速さに付いてこれた兵の数は、半数を切っていたが、ジュリエットは強気だった。
「このまま、駆け下り一気に蹴散らすか」
「それも、よろしいでしょう」
ジュリエットの言葉にトリスタンが同意する。
「お待ちください」
エリックは声を張り上げた。
この場に来るまでにも、王国軍との連携とセシリアの救出に関して話をしていたのに、それらを全て忘れたような言い草だ。
「私が、将軍閣下のご息女の無事を確認するまでは、何卒」
「そうであったか」
「はい。私を捕虜として敵陣地に送り込んでください。そこで、セシリア様をお探しいたしますので。突撃はその後に願います」
「その話なのだがな。どう思う。トリスタン」
「はっ、いささか迂遠でございますな」
「そうよな。この身もそう思う」
「お待ちを」
最初に決めた作戦を否定されそうな気配だ。
セシリアの無事の確認は、絶対に譲れない。
「心配いたすな。我が一族の者には女は殺すなと命じれば済む話であろう。戦ののちに、捕まえた女からセシリアとやらを探せばよい」
「とんでもありません。戦に巻き込まれれば何があるか分かりません。流れ矢に当たることも考えられます。そのような策には賛同できません」
ジュリエットの乱暴な意見に一瞬、頭に血がのぼるが、落ち着け。ここで、怒り狂っても仕方ない。
これまでなら、ここでエリカやアラン卿、コルネリア様が助け舟を出してくれたが、今は俺一人だ。
俺が一人で何とかしないと。
「その者もライミーレであるのだろう。いざとなれば自分の身一つぐらい守れるであろう」
「それは大きな誤解です。あれ程の力を持つエリカですら、戦になれば一人では自分の身すら守れません」
「そうなのか」
「はい。乱戦に巻き込まれると無事ではすみません。断言いたします」
戦士としての魔法使いに対して評価が高すぎる。
彼らは体を張って守ってくれる兵士がいるときには、無類の強さを発揮するが、一人では新兵並みに弱いだろう。
接近戦ならガーター騎士団の騎士であるコルネリア様ですら俺よりは弱いと思う。彼女が魔法を発動する前に押さえつけられる自信がある。エリカも魔法の発動は桁違いに速いが、本質的に暴力を嫌うエリカが、突発的に人に向かって竜巻を起こせるかは疑問だ。迷っている間に取り押さえられるだろう。
「ふむ。ただのか弱い女という訳か」
「そうとは申しませんが、乱戦になれば何が起こるか分かりません。折角ご助力いただいたのに、将軍閣下のご息女に何かあれば、骨折り損になるやもしれません」
「なるほどのう。それは面白くない」
「ですので、今一時のご猶予を」
「ふむ」
再考の姿勢を見せるジュリエットに、トリスタンが反対の意見を口にした。
「おひい様。戦には勢いと言うものがございます。我等に対して備えが出来ておらぬ今を逃すと、要らぬ痛手を受けるやも」
「それも、道理よな」
不味い。
エリックは一軍団兵として、トリスタンの意見に納得しかけている自分に焦った。
なにか、彼らを納得させる策を考えなくては。
何がある。
必死に頭を悩ませるエリックの視界に、対岸でたなびく王国の旗が目に入った。
そうだ。
「ジュリエット様。此度の戦。裏で何やら王国の者が蠢いております。そ奴らが、全ての元凶」
「何が言いたいのじゃ」
「その者たちを釣り出しましょう」
「釣りだす? 釣り出してどうするのじゃ。何が言いたいのか全く分からん」
「アマヌの一族は包囲軍に味方すると近づきましょう。奴らは怪しむかもしれませぬから、私を捕虜として連れて行ってください。そこで、王国の者を出せと言えば、一族の兵の多さから嫌とは申さぬはずです。必ず姿を現します。そして、若殿の軍と呼応し内と外から破りましょう。ジュリエット様は王国の者どもを捕らえ、私はセシリア様をお助けいたします」
「話としては分かるが、王国の者を捕らえて、我等に何の得がある。それこそ迂遠に思える」
「王国の争いを防いだとなれば、王国からのアマヌの一族に対しての評価が上がります」
「下らん。我等は王国から評価してもらおうなどと思ってはおらんぞ」
ジュリエットがエリックの言葉を鼻で笑った。
どうすればいいんだ。このまま話をしていても納得させられない。
なんとかして話の風向きを変えなくてはいけない。
視線を動かすエリックの瞳に、ジュリエットの赤毛が鮮やかに写る。同時にその隣のトリスタンの金髪も。
何だ。今、何か引っかかった。
エリックは必死に頭を動かし、閃いた。
そうか、そうだったのか。初めて目にしたときから、おかしいと思っていたんだ。
しかし、これを話してもいいのだろうか。援軍の話までぶち壊しになるかもしれない。しかし、このまま突入だけは何としても防がなくては。
ええい、ままよ。
「ジュリエット様。正直に申し上げれば、王国の者たちはあなた方北方の民を低く見ております」
エリックの言葉に、その場の空気が凍りついた。
「何が言いたい」
ゆっくりとエリックに向き直ったジュリエットの冷たい声が、沈黙を破る。
腰の剣にこそ手は伸びていないが、その瞳には殺気が宿る。エリックの返答次第では無事では済まないと、無言で告げていた。
「それは、北方民が政を知らぬ野蛮な者どもと思われているからです」
ジュリエットは目を細めて続きを促す。
「しかし、此度の裏で蠢く者どもを捕らえることが出来れば、王国の、少なくとも将軍閣下のあなた方への見方は変わります」
再び、ジュリエットが鼻で笑う。
「それがどうした。我等は将軍とやらにどう思われようが、知ったことではない」
「嘘はお止めください」
エリックの言葉にジュリエットの眉が跳ね上がった。
「嘘だと。貴様、今、嘘と申したか」
「ええ、言いました。本当の事ですから。貴方達は王国に興味がある。しかもただならぬ興味です。だから嘘だと申したのです」
「この身を王国の二枚舌と同じ扱いとするのか。このしれものめ」
一気に詰め寄りエリックの首を締め上げる。女とは思えないほどの力だ。
「嘘でしょう」
苦しい息の中で喘ぐ。
「まだ言うか。メイガリオーネの従者風情が」
その言葉はエリックの胸を深くえぐった。
エリカがいなければ、ここまでこられなかったし、エリカがいないからこんな事態になっているのだ。
言い返す言葉がない。だが、言葉は無くても感情はある。
「俺は従者ではない。貴方達が王国の下ではないのと同じだ」
「減らず口を」
「ならば、どうしてジュリエットは王国の言葉を話せるんだ」
エリックはジュリエットの腕を掴み返して叫んだ。
「なっ、なんだと・・・」
驚いたジュリエットの腕の力が弱まり、エリックはその手を振りほどいた。
新鮮な空気を吸い込み何度か咳き込んだ。
「おかしいじゃないか。ケホッ・・・・王国に興味が無いのであれば、どうして、そんなに流暢に俺たちの言葉を話せるんだ。エリカの方がまだ、たどたどしいぞ」
体勢を立て直し、エリックは背筋を伸ばした。
ここで斬られるかもしれない。だが、言おう。
「王国に対して、何かしらの思い入れがあるんだろう。ジュリエット」
無言で短刀を抜いたジュリエットが近づき、横凪に切り払う。
エリックは後ろに下がり紙一重で躱した。
「もしかして、王国の出身じゃないのか。お前は」
「ダマレ」
「その髪が何よりの証明だ」
「ダマレ」
突き出されたジュリエットの腕をしっかりと掴む。
流石に組み合いになると体格に勝るエリックが有利であった。
「俺は何としても、セシリアを助けたいんだ。その為なら何でもする。だから話を聞いてくれ」
「その女を助けて何とする。将軍とやらへの点数稼ぎか」
「馬鹿にするな、そんなものは要らない」
「では、何だ。言ってみろ。その女を嫁にでもするつもりか」
ジュリエットは狼のような獰猛な笑みを浮かべる。
「そうだ。悪いか」
エリックは腹の底から絶叫した。
続く
お互いに痛いところの突きあい。青春だなぁ。(;´∀`)//




