光の列柱
エリックは走り去るジュリエットの姿を呆然と見送った。
彼女の話が正しいとすると、砦を囲むように要請した王国の人間がいることになる。
ランドリッツェの砦は王国の北部国境を守る要地だ。ここが落とされると防衛線に大きな穴が開き、北部地域が危険にさらされる。それを望む王国の人間がいるとは思えないが、ジュリエットが嘘をつく理由も見いだせなかった。
後を追って城塞に戻りアラン卿と合流した。
「アラン卿。話がおかしいです。ジュリエット様の話によると王国の者が北方民を扇動している節があります」
「ああ、私も同じ話を聞いた。真偽は不明だがな」
「あり得るのでしょうか」
エリックの問いかけにアランは右手を顎につけた。
「遠征軍が森で受けた襲撃は、巧妙に仕組まれていた。北方民の常とは違い高い連携が取れていた。内通者がいたのかもしれない」
「しかし、国境を守る軍団兵を壊滅させたら、次は自分の番です。内通者に何の得が」
「分からない。利益ではなく感情かも知れないが」
「何かしらの恨みとかですか」
「もしくは、手の込んだ自殺かもしれないな」
アラン卿がここにはいない誰かを鼻で笑った。
ここで、あれこれ考えても答えは見つかりそうにない。
「若殿に使いを出しますか。裏切者がいるのであれば、早く御報せしないと」
「いや、まだだ。もう少し、探りを入れよう。聞いた話だけでは何とも言えない」
援軍を要請するとか、しないとかの前の話だ。彼らの知っていることを教えてもらわなければならない。どうしたものか。
悩むエリックらに北方民の一人が近づき、今夜は城塞に留まれと言ってきた。これは好都合だ。状況を理解したいのは向こうも同じようだ。
「あの、いいですか」
アラン卿と今後を話し合っていると、横で聞いていたエリカが口を挿んだ。
「どうぞ」
アランが許可を出すとエリカは右手を振り被って力説し始める。
「泊っていいなら、こうしましょう。ややこしい話ばかりでも疲れちゃうから、今夜はみんなで宴会をしましょう」
「なるほど。それは良い案ですね」
「はい。お土産に葡萄酒を持ってきてますし。一緒にご飯を食べて仲良くなりましょう。ちょっと古いけど飲みニケーションよ」
「そうですね。気心を知るのが先ですね。城塞外の騎士団の方々とも合流した方が良いでしょうから」
アラン卿は小さく頷いた。
最後に意味不明な神聖語を加えるのは、エリカの話し方の特徴だが、アラン卿は、そこ辺りを完全に聞かなかったことにしている。
「分かりました。トリスタン殿に話してみましょう。彼らも貢物を断ったりしないでしょう」
貢物の効果なのか、彼らの危機意識がそうさせたのか、宴会の話は受け入れられ、城塞の外にいた騎士団は荷馬車と共に入城した。
日が暮れ出した頃に広場では幾つものたき火が焚かれる。解体された羊肉が振舞われ宴会が始まった。
こちらも、持ってきた小麦でパンを焼き葡萄酒を振舞った。
「何だ。これは」
「魚のハムです。これなら美味しいと思うの」
エリカがジュリエットに、村から持ってきたカマボコを振舞う。
川沿いの陣営でもそうだったが、何かの機会があればエリカは周りにカマボコを食べてもらおうとする。少しでも味を知ってもらうためらしいが、戦場でも変わらず商魂たくましい。
「変わった味だ。不味くはない」
ビスケットと違いカマボコの評価は悪くない。
きっとエリカの頭の中では、北方民にどうやってカマボコを売りこもうかという考えが巡っているに違いない。その内に、突拍子もない話が飛び出してくるに違いない。今のうちに覚悟しておこう。
隣ではアラン卿がトリスタン殿と、他愛のない会話を交わしながら腹の探り合いをしている。下手に口を挿むと台無しになるかもしれないが、話だけはしっかりと聞かなくては。
トリスタン殿から漏れてきた話では、王国の人間が直接、加勢しろと言ってきたわけではなく、北方人の使者の中に王国の人間が紛れ込んでいたようだ。
彼らはジュリエット様やトリスタン殿が王国の言葉を理解できると思っていなかったらしく、使者の語ったものとは違う話をしていたようだ。それに不信感を覚えたジュリエット様が使者を追い返したらしい。
王国の人間が裏で北方民と共謀しているのは間違いないようだ。
しかし、一体誰がそんなことを。
大方の状況は理解できた。これだけでも大きな収穫だが、出来れば彼らを味方につけたい。見た所、兵が多いわけではないが、馬の数は多く、一人一人が鍛え上げられた戦士たちだ。
「トリスタン殿。我々にご助力願えないだろうか。貴公らが王国の敵でないのであれば、我々はお互いに協力できるはずだ」
アラン卿の思い切った要請にトリスタンは首を横に振る。
「我等は王国に恩も恨みも無いし、他の部族のやることに口出しする気も無い。故にどちらにも協力せぬ。この地に踏み込むのであれば容赦せんが、そうでないのであれば、勝手に争うがいいだろう」
確かに、彼らが王国に味方しても利点が無い。報酬は支払えるが、傭兵の真似事をしてくれそうな雰囲気は感じられなかった。
そこに上から言葉が降ってきた。
「この身は合力してやっても良いと思っておるぞ」
「おひい様」
葡萄酒の酔いが回ったのか、赤ら顔の少し呂律の怪しいジュリエットが話に加わってきた。
「誠でございますか」
思いがけない色の良い返事に、エリックの声が跳ね上がるが、当然のようにトリスタンが難色を示した。
「なりません。我等には関わり合いの無い事です」
「そうはゆうても、こ奴らもそうだが向こうから絡んでくるのだ。どちらも無視すると、どちらも敵になるやもしれぬぞ。片方だけなら恐れるに足らぬが、合力されると、ちと厄介だ。違うか」
「違いありませぬが・・・」
「我等は敵になるつもりはありません」
我々には害意が無い事を知ってもらわねば。
「お主らはな。だが、お主の主はお主と同じ気持ちか」
「それは・・・」
難しい事をお聞きになられる。
「分からぬであろう」
「はっ、仰せの通りかと」
呂律が怪い割に、頭までは酔いが回っていないようだ。
「それにな、あ奴らは気に入らぬ。我等を蛮族などと抜かしおったのだぞ。其方も聞いたであろう」
「それは、そうでございますが」
トリスタンが困ったように顔をしかめた。
王国の者なら言いだしそうなことだ。俺は口が裂けても言わないように心がけよう。
「この身は奴らは好かぬ。やつらと一緒にいる連中もな。こ奴らに合力して、思い知らせてやるのも一興よ」
そう言って、手にした葡萄酒を一気に飲み干した。赤い顔が益々赤くなる。
もしかして、水で割らずにそのまま飲んでいるのか。無茶をする。
ジュリエット様の言葉にトリスタン殿が考え込まれる。これは、脈があるかもしれない。
「エリカ。エリカ」
「ハイハイ」
すっかり打ち解けたのか、ジュリエットは気軽にエリカを呼び寄せる。
「あれをやってくれ」
「あれとは何ですか」
「あれと言ったら。あれだ。光の呪いだ。夜の方が綺麗だと言っておったではないか。我が氏の者たちにも見せてやってくれ」
「ああ、あれですか、了解です。コルネリアも手伝って」
エリカがコルネリアに耳打ちすると、彼女は頷く。
二人はジュリエットを中心にして両端に立ち、両腕を天に向かって付き上げた。
何が始まるのかと皆が二人に注目した。
コルネリアはルーンを唱え、エリカは神聖語らしき言葉を口にすると、二人の魔法使いの両手から光の柱が夜空に向かって立ち上った。
「おおっ」
大きなどよめきが起こる。
焚火と月明かりだけの世界に、突如としてもう一つの光が現れた。
エリカもコルネリアも全身から僅かに光を発しながら、両手からは眩いばかりの光の柱が立ち上り夜空を切り裂いた。
それは二本の光の列柱だった。
わずかな時間であったが、この辺境の城塞の広場が、まるで王都エンデュミオンの教会のような荘厳な美しさに包まれた。
「見事、見事」
ジュリエットは手を叩いて喜ぶ。北方民はおろか、王国側の騎士団たちも大騒ぎだ。
皆喜んで手を叩き、歌を歌い出すもの現れた。
竜巻を起こしたときと大違いだな。
「メイガリオーネ・エリカ」
ジュリエットが魔法使いの二人を手招きし、目の前の羊の丸焼きを自ら石のナイフで肉を切り分け自ら与えようとした。側近たちが一斉にざわつき、口々に何かを言うが理解できない。
「良いのだ。食べろ。エリカともう一人のライミーレ。其方もだ」
促されるままに彼女たちが羊の肉を頬張ると、ジュリエットは満足そうに頷き、向き直るとその場にいた全員に向かって北方語で何かを宣言した。
それまで騒いでいた北方民たちが、一斉に静まり頭を下げる。
何が起こっているんだ。
「クロードウィグ。何が起こっているんだ」
珍しく笑みを浮かべている大男に声を掛ける。
「メイガリオーネとライミーレは兄弟として認められた」
「どういう意味だ」
「氏長自らが切り分けた肉を共にしたのだ。それは一族として認めたという事だ。つまり味方だ」
「本当か」
「本当だ」
これは、援軍が期待出るかもしれない。
事態が分からず困惑しているアラン卿に声を掛け、両腕を組んで目を閉じているトリスタン殿に再び声を掛けた。
「トリスタン殿」
「暫し黙れ」
強い口調だが、拒否している感じではないな。言われた通り彼の前で黙って待つ。
「おひい様が決められたのであれば致し方なし。お前たちに助力してやる」
しばしの沈黙の後トリスタンが口を開いた。重苦しい口調だが、我々には朗報だ。
「おおっ、感謝いたします」
「ただし、条件がある」
「何なりと」
「今の光の呪いをもう一度やってもらう。次はアマヌの岩壁の前でだ。それが条件だ」
トリスタンの出した条件にエリックはアランと顔を見合わせた。
魔法の行使は二人に頼めば簡単に可能だが、その条件に何の意味があるのだろうか。
「それは、構いませんが、そんな事でよろしいのか」
「我等の言う通りに、呪いをするのであればな」
「約束しよう」
エリックが右手を差し出すと、トリスタンは眉をひそめた後、その手を叩いた。
痛いが、拒否されたわけではないだろう。
握手は出来なかったが、アマヌの部族と友好関係を結ぶことが出来たようだった。
続く




