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ジュリエット

 不機嫌なジュリエット様を置いといて、アラン様が援軍要請の話を切り出す。

 使者のお役目はエリックとアラン様が同格として扱われているけど、立場というか経験の差というのか、どうしてもアラン様に主導権があるのよね。

 今後の事を考えたらエリックにももっと前に出てほしいけど、初めてのお役目だから、おいおい覚えていくしかないわよね。

 そんなことを思いながら、状況を見守っていると、おひい様ことジュリエット様が話を制止した。


 「もうよい。また、その話か。王国の者共はしつこい」

 

 うんざりしたように横を向くと、アラン様が僅かに顔を動かす。


 「また。とはどういう事でしょうか。既に援軍の話がありましたか」

 「白々しい。トリスタン。良きに計らえ」


 ジュリエットは後は任せたとばかりに立ち上がり吐き捨てた。


 「ははっ」


 それを受けてトリスタンが頭を下げる。

 ええっ、良きに計らえって、バカ殿さまの典型でしょ。リアルで初めて聞いた。

 目をパチクリさせていると、再びジュリエットが隣に立って見下ろしてくる。 

 なに、ちょっと怖いんでけど。まだ、怒ってるのかな。


 「狂ったメイガリオーネ。ついて来い」

 「ええっと、どちらに」

 

 江莉香の返答に応えることなくジュリエットは天守閣から降りて行った。

 困惑して周りを見回すとアラン様と視線が合った。


 「エリカ様。お願いいたします。エリックも一緒に行ってくれ」

 「私もですか。でも、お役目は」

 

 アランの突然の言葉にエリックが渋る。


 「こちらは。私に任せろ。それよりもジュリエット様の説得の方が重要だ。頼んだぞ」


 エリックはアランの言葉を飲み込むように、しばし視線を落とすがすぐに顔を上げる。


 「分かりました。行こう。エリカ」

 「う、うん」


 意を決したエリックが立ち上がる。

 二人がそう言うなら、私には文句が無い。それに、一人であの()とお話するのもちょっと怖い。エリックがいてくれる方が心強い。

 私たちはジュリエットの後を追って天守閣を下って行った。


 「こっちだ。狂ったメイガリオーネ。グズグズするな」


 外に出ると馬に跨ったジュリエットが命令する。

 私と同じくらいか、少し下の年頃で立派に馬を乗りこなしている。座っていた時は行儀が悪かったのに、馬上ではスタイルが良い。うん。カッコいい。

 しかしですね。呼びかけに狂ったってつけるの止めて頂けますかね。私の頭がおかしいみたいじゃない。


 「言う事を聞くしかないな」

 「そうよね」


 私たちが馬に乗るのを見ると、ジュリエットは鞭を当てて城塞から出る道を走り出した。

 

 「ああ、もう」


 いきなり全力疾走しないでよ。こっちは、駆け足だってままならないのに。

 後ろも振り返らずに駆けだした、お転婆お姫様の後を追う。

 城門をくぐり、小川を渡り、羊の群れを迂回して進むと、小さな丘の上でジュリエットが馬を止めた。

 ようやく、ゴールですか。

 エリックに続いてなんとか近くに羽黒を止めると、ジュリエットが口を開いた。


 「メイガリオーネ。名は何という」


 枕詞にされかけた狂ったのワードがようやく取れた。


 「江莉香です」

 「何処から来た」

 「ニースという村です。ここからずっと南ですね」

 「ニースの者は皆、その様な黒髪なのか」


 ジュリエットの視線が髪の毛に向いている。そうか、黒髪が珍しいのね。赤髪の子に言われるのは不思議な気分だけど。


 「いいえ。私だけが黒髪です」

 「なぜだ」

 「なぜと言われましても」

 「お前は拾われ子か」


 拾われ子。うーん。行き倒れていたところをエリックに拾われたから、当たらずとも遠からずかな。


 「言われてみれば、そうかもしれない。こっちのエリックに助けてもらったから」

 「そうか」


 ジュリエットは視線を視線を外す。その先には白い岩壁がそそり立っていた。

 近づいたことも有り、城塞から見るよりも大迫力だ。


 「エリカ。もう一度、お前の(まじな)いを見せろ」


 突然のリクエスト。

 魔法ね。そうは言っても私、そんなに魔法のレパートリー無いんですけど。


 「だめか? 」


 どうしたものかと考えていると、おひい様がチラリと私の顔色を窺う。声も少しトーンが下がっておねだりしている感じ。

 なんだ。可愛いところあるのね。よし、ご期待に応えましょう。


 「いいですよ。やってみますね」


 羽黒から降りると手綱をエリックに預けた。

 丘の上は灌木と岩以外に目立ったものが無い。もう一度竜巻でもいいけど、同じものだと芸が無いのよね。成功できるか分かんないけど、あれをやろう。


 両足を踏ん張り「アマヌの岩壁」に向かって両の掌をクロスして突き出した。

 私は風の魔法の他に光の魔法も使える。

 最初に使ったのは全身が光る魔法だったし、コルネリアから教えてもらった簡単な光の魔法がある。現状では宴会芸の域を出ないけど。

 照準をアマヌの岩壁の光の当たっていない所につけ、腕輪に念じた。


 『光あれ』


 両の手から魔力が投射された。

 風の魔法との違いは脳を使う部分が違う感じ。頭のてっぺんが、なんかむずむずするけど、気にしてはいけない。

 江莉香の両手から光の束が発せられ、陰になっていた岩肌を白く輝かせた。


 「おおっ」


 ジュリエットが馬上で身体を乗り出す。

 時間にして僅か5、6秒であったが、確かに岩肌が輝いたのだ。


 「ふう。おっしまい。どうですか。見えました」

 「ミエタ。ミエタゾ」


 興奮したのかジュリエットが北方語で騒いだ。

 喜んでいただいて何よりです。

 その後、小さな竜巻を起こして地面の草木を吸い上げてみせると、年頃の女の子らしい反応が返ってきた。

 もしかして、魔法が見たかっただけなのかな。案外ミーハーね。新歓コンパで500円玉を使った手品をして人気が出た先輩のこと思い出す。

 よしよし、警戒心も薄れてきたことだし、贈り物を上げよう。


 「ジュリエット様。良かったら食べますか」


 草地に腰を下ろして、腰に結び付けた袋からビスケットを取り出した。 

 お菓子で機嫌を取ろう作戦。大阪のおばちゃんがバッグに常に飴を入れているのも同じ技だ。


 「何だそれは」

 「甘いパンです」

 

 首を傾げるジュリエットの手に、砂糖たっぷりのビスケットを三個ばかり乗せてやる。

 初めてみた食べ物を、不思議そうに眺めるジュリエット。

 危険が無い事をアピールするために、私が先に食べた方がいいかな。

 同じように取り出したビスケットを口に放り込む。

 うん。甘くておいしい。

 江莉香の仕草を見たジュリエットも意を決してビスケットを口に放り込んだ。

 二、三回咀嚼したジュリエットは突然顔をゆがませて、ビスケットを吐き出した。


 「何だこれは。気持ち悪い」

 「ええっ!美味しくなかったですか」


 想定していない反応に驚く。女の子で嫌いな人はいないのに。


 「口の中が変だ。何を食べさせたんだ」

 「ビスケットです。砂糖たっぷりの」


 もしかして、甘いものが苦手なのかな。

 事態を悟ったエリックがジュリエットに水入れを差し出すと、ひったくるように受け取り、うがいを始めた。

 そこまで苦手なの。


 「ごめんなさい。口に合いませんでしたか」

 「王国の者はこんな食べ物を食べているか。それとも呪いの食べ物か」

 「うちの村の特産品の一つなんですけど。私が作りました」

 「やはり、呪いの食べ物か」

 「違います。魔法が無くたって作れます」


 ご機嫌を取るつもりが、逆に損なってしまった。どうしようかと考えていると、ジュリエットがもう一度ビスケットを口に入れた。

 なになに。美味しくなかったんじゃないの。無理して食べなくても。

 二回目は吐き出しはしなかったが、やっぱり微妙な面持ちで口を動かす。


 「あの、無理して食べなくてもいいんですよ」


 出された食べ物は残さず食べなさいと躾けられているのかな。行儀は悪くてもお姫様といったところなんやろか。


 「不味い。でも、変な感じだ」


 不評から微妙に評価が変わる。

 話を聞いていると、北方民の食生活には甘い食べ物が少ないようだ。

 甘いという感覚が未経験だったのかもしれない。これは、悪い事をした。

 内心、頭を掻いていると、隣に座っていたエリックが口を開く。


 「エリカ。いつの間に光の魔法も使えるようになったんだ」


 微妙な空気になったところで、エリックが話題を変えるパスを出してくれた。

 ナイスパス。折角のご厚意、乗るしかありません。


 「うん。つい最近よ。まだまだ練習中だけどね。コルネリアに教えてもらったの」

 「夜にやったら凄そうだな」

 「そうね。光の束が、空に向かって伸びていくわよ」

 

 一発芸としては受けると思う。


 「その、魔法で敵の陣地を照らせないか」

 「照らせるでしょうけど、私がいい的よ」

 「いや、川向うから光を当てたら矢も飛んでこないだろう」

 「それはそうかも、でも、そんなに長く照らせない」

 「コルネリア様は」

 「あの人はもっと長く出せるでしょうね。でも私より光が弱いわよ」

 「そうなのか」

 「魔力量によって光の強さが変わるんだって。ほら、私って魔力量だけならコルネリアより上だし」

 「この光を、砦を囲んでいる連中に浴びせられたら混乱するだろうな」

 「そうね。真っ暗闇にいきなり光が降り注いだらびっくりはするでしょうね。でも、然う然う何度も出せないからね」

 「でも、修行すれば出来るようになるんだろう」

 「たぶんね。最初はすぐ消えたけど、今ならあれぐらい光らせるし」

 「魔法使いが優遇されるのも当然だな。エリカやコルネリア様が百人いたら、砦を囲んでいる連中なんてひとたまりも無いな」

 「コルネリアが百人いたら私の出番はないわよ」

 「おい、お前たち」


 エリックが光の魔法の戦いでの使い方を考えていると、ジュリエットの声がする。


 「はい。何でしょうか」

 「何の話をしている。身にも分かるように言え」

 「えっと、魔法・・・呪いは戦に使えますよねって話ですけど」

 「その話ではない。お前たちは砦を囲んでおるのだろう。それなのに囲んでいる者に光を当てるのか? なぜだ」

 「どうして私たちが砦を囲むのよ。囲まれているのはこっちよ」

 「ン? お前たちは、川向う、王国のものなのだな」

 「そうですよ。最初に言ったじゃないですか」

 「砦を囲んでいる者は王国の者であろう」

 「どうして、自分で自分の砦を囲むのよ。貴方達北方民の人たちに囲まれているのよ」


 会話が合っているようで、合っていない。


 「そうなのか? 先日、貢物を持ってきた王国の者たちは、我等に合力して砦を囲めと言っておったぞ」

 「それは本当ですか」


 エリックが身を乗り出すと、ジュリエットは鷹揚に頷いた。


 「協力すれば、南への道が開かれると言っておった」

 「南への道。ですか」

 「砦を助けたいから、援軍のお願いに来たのよ。私たち」


 どうやら前提の何かがおかしいことが分かった。


 「ようわからぬ。トリスタンに話を聞く」


 ジュリエットが勢いよく立ち上がり。馬に向かって駆けだした。

 その方がよさそう。きっと今頃、アラン様も内心で首を傾げているはず。



                続く

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