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北方民

 エリカの提案は首脳部に受け入れられ、北方民への使者は騎士団や人夫を含め、百名を超える大人数になる。この集団は、ドルン河を丸一日上流に、東に進み対岸の北方民の目の届かない箇所で対岸に渡った。

 

 「急げ、すぐに水辺を離れるぞ」


 アランが、筏から荷馬車を引き出しながら周りに声を掛ける。

 川べりは北方民が見張っているかもしれず、一刻も早く離れなければ危険であった。


 「ロラン、エミール。お前たちは先行して安全を確認しろ」

 「ははっ」


 エリックの指示を受け、ロラン親子は馬に飛び乗ると、馬首を北に向けた。


 「エリカはコルネリア様と一緒に、騎士団の方々の中心にいてくれ」

 「了解~」

 

 エリカがコルネリアと共に馬を進め、先に上陸し円陣を組んで周囲を警戒している騎士団の中に入っていった。

 

 「ここからは敵地だ。慎重に進むぞ」


 鐙に足をかけ、勢いよくアンゼ・ロッタに飛び乗った。

 ここから北上し、目ぼしい部族を片っ端から訪問する。上手くいけばいいが。

 

 一行は大森林地帯に足を踏み入れることはせずに、その外縁をなぞるように馬を進めると、小さな集落をいくつか見つけた。

 集落の住民に小麦などを贈り、もっと大きな集落の情報を集める。

 ここでは、援軍の話はしない。話を通すのは大きな部族相手だ。

 初めは警戒している者たちも、エリカが食料を差し出すと、ぽつぽつと話をしてくれた。その過程で最も役に立つのが、北方民のクロードウィグであった。

 俺も簡単な単語ぐらいは分かるつもりだが、この男は王国の言葉を扱えるので、やり取りに手間取らない。

 欠点があるとすれば、俺の言う事はあまり聞かない。その代わりに、エリカの言う事は聞く。その意味でも、エリカを連れてくるしかなかったのか。

 三か所目の集落でよい情報が手に入った。


 「アマヌの岩壁の近くに大きな部族がいる」


 集落の長と話をしていたクロードウィグが、その低い声で重々しく伝えてきた。

 アマヌの岩壁か。聞いたこともないが、岩壁という事は山の近くなのだろうな。


 「それは、どこにある」

 「あの川を遡った所だ」


 集落の近くの川を指さした。 

 ドルン河に流れ込む支流の一つのようだ。


 「その場所まで荷馬車は使えるか」


 集落の長が首を縦に振った。

 それは助かる。援軍を集めるにしても、あまり時間はかけたくない。


 「よし。川沿いを進もう」


 さて、大きな集団に会ってからが本番だな。


 ドルン河の支流は起伏も少なく、傍らには踏み固められた小道が北に向かって伸びている。

 宿営地を出て三日目、小さな丘の縁を回ると、眼前に白い岩壁に包まれた岩山が現れた。

 高さは優に1000フェルメを超えるだろうか。岩肌には生える木も無く、ごつごつとした切り立った白い塊が、剣のように天に向かって屹立していた。


 「あれが、アマヌの岩壁」


 エリックは馬を止め、ため息をついた。遠くからでもその威容に圧倒される。


 「そのようだな。良い景色だ。北方民共の聖地なのやもしれんな」


 アランも同じように馬を止めた。


 「うわー。凄い景色。インスタに上げればイイネがいっぱい貰えたのに。残念」

 「何が残念なんだよ」


 いつの間にか先頭集団にいたエリカも感嘆の声を上げた。


 「まぁ、スマホも無いし、電波も来てないから無理なんだけどね」

 「意味が分からん」

 「いいから、いいから。早く行きましょう」


 楽し気に背中を叩く。隣で聴いていたアラン卿は、意味不明なエリカの言葉に反応せず、礼儀正しく笑って流した。

 これが、騎士の作法なのかもしれないな。俺は、つい口を挿んでしまう。


 「行くのはいいが、気をつけてくれよ。敵になるかもしれないんだからな」


 いきなり、矢を射かけられるかもしれない。


 「分かってるわよ。でも、初めから敵と思ったら、本当に敵になっちゃうわよ。仲間にするからには、仲間の気持ちで接しないと」

 「確かにな」


 相変わらずの無茶苦茶な言い分だが、言いたいことは理解できる。

 あの岩壁の下に有力な部族がいるのだろう。何としても、味方につけなければ。


 そのまま、岩壁を目指して川縁を進むと、前方から裸馬に跨った男たちが姿を現す。手には剣や斧を持ち、剣呑な雰囲気だ。

 気が付かなかったが、どこかに見張りがいて俺たちの事を伝えたのだろう。

 まだ、集落も見えないのに、迎撃にやって来るとは随分警戒心の強い部族のようだ。

 その分、精強な部族だろう。ぜひ味方にしたい。


 「クロードウィグ。頼む」


 宿営地で騎士の一人から買い取った馬を進め、クロードウィグが大音声で口上を述べた。

 これだけでも、相手は少しだけ動揺する。

 今回も男たちが少しざわつくと、甲高い叱責の声が聞こえた。

 男たちの間から、見事な黒毛の馬に跨った少年が現れる。北方民では珍しい赤色の髪に小柄の身体、馬の扱いは巧みだ。

 少年が先頭に立って何かを叫んだ。しかし、早口で何を言っているのか分からない。

 

 「何と言っている」


 クロードウィグの傍らに馬を進め尋ねた。

 歓迎されていないことだけは伝わる。


 「何者だ。ここから先は我らの土地だ。これ以上近づくと命はない。と言っている」


 想像通りの返答だな。


 「伝えろ。王国の者だ。敵意はない。贈り物を持ってきたから話をしたい」

 

 クロードウィグが再び口上を述べる。

 これまでなら、これで話は聞いてくれるのだが、どうだろうか。

 気を揉んでいると、隣に見覚えのある馬が並んだ。ハグロじゃないか。

 

 「女の子だ。初めてじゃない。女の子が出てくるなんて」

 「おい。危ないから、下がってろ」


 騎士団の間から、飛び出したエリカを叱った。


 「そうだけど、こっちも女の子がいると分かれば、あの子も安心するんじゃない」

 「女の子・・・」

 「なによ。文句あるの」


 エリカが睨んでくるが、いや、そうじゃない。


 「女の子って、あの赤毛の事か」

 「そうだけど・・・なに、男だと思ったの」

 

 もう一度、赤毛の少年に目をやる。赤毛は少年のように短く刈り込んであるが、周りの男たちに比べて明らかに小柄、腕も細い。言われてみれば女かも知れないな。 


 「女が(かしら)なのか」

 「みたいね。不満なの」

 「いや、女であることに文句はないが・・・あっ、おい」


 エリカが更に馬を進めクロードウィグに並ぶと、少年のような少女に向かって叫んだ。

 騎士団は何をしているんだと振り返ると、視線を受けた騎士の一人が両手を上げた。

 とうに言いくるめられている。困ったものだ。

 その後ろでコルネリア様が杖を掲げて目を見開き、口を動かしている。危害が加えられそうになったら魔法で守ってくれるのだろう。

 何度かのやり取りを繰り返している内に、相手の態度が少しずつ柔らかくなっていくのが見て取れた。女同士だと打ち解けやすいのかもな。

 結果、十人までの人数なら集落に入っても良いという話で落ち着いた。


 「どうする」

 「どうするも無いだろう。行くさ」

 「そうね。行くしかないわよね」

 「ああ、エリカはここで待っていろよ」

 「駄目よ。何のための魔法使いよ。なんちゃってでも、魔法使いなのよ、私は」

 「集落は危険だ。ここにいてくれ」

 「でも、騎士団の人が入れないんじゃ、私が行くしかないでしょうが。コルネリア」

 「おい」

 「いいから、私とコルネリアの魔法使いは、手札として絶対よ。それ以外の人を選んでね」

 

 話も聞かずにコルネリアの元に向かう。

 本当に危険だという事を理解しているのだろうか。いや、セシリアを助けるためにエリカが体を張っていることも分かる。

 ここで、悩んでいても仕方ない。


 アラン卿と相談し、エミール、クロードウィグ他、四人の騎士を連れ立って集落に向かい、他の者は騎士団の隊長の指揮下でここに留まることとした。

 よく考えてみれば、当初の予定の人数じゃないか。今更、臆してどうする。


 北方民に取り囲まれながら進むと、どんどんとアマヌの岩壁から離れていく。

 どこに連れて行く気なのかと不安になり始めた頃、小高い丘の上に石壁で囲まれた城塞が現れた。

 なんだ、あの岩の麓で暮らしているわけではないのか。

 その城塞の石壁は、小さな石を只積み上げただけの簡単なもので、高さも身長より高い程度のものだ。

 城壁と言うにはあまりに貧相な作りだ。簡単によじ登れる。

 城塞の周りには刈り入れの終わった畑が広がる。

 畑も作っているんだな。ここ辺りは俺たちの村と変わりないか。

 木製の城門を潜り抜けると、川沿いの集落でも見かけた木造の粗末な家が立ち並び、北方民たちが、警戒心も露わにこちらを睨みつけてくる。その周りに人間よりもはるかに多い羊たちが、うろついていた。


 「ふーん。北方民の人って羊の放牧して暮らしているのね」

 「羊が彼らの財産です。夏になると草を求めて北へ向かうのですよ。この城塞も冬を越すためのものでしょう」

 

 エリカが物珍しそうにキョロキョロしながら口を開くと、アラン卿が説明をした。


 「そうなんですね。半分遊牧民みたいな生活なのかな。初めて見た」

 「実は、私もです。話に聞いていただけで、この目で見たのは初めてなのです」

 「あれ、そうなんですね」

 

 北方民の険悪な視線の中、二人とも余裕と言うか呑気と言うか。ビクビクするよりはいいのだが。

 そのまま路地を進むと、地面を均しただけの広場に出た。


 「オリロ」


 城塞の中心部。一際大きな石造りの建物の前で、先導していた赤毛の少女に鋭く命じられる。

 その言葉に従い馬を降りると、建物の中から男たちがぞろぞろと出てきた。

 年頃は様々だが、皆背が高くたくましい肉体で、自然と身構えてしまう。


 「族長に会いたい」

 

 声が上ずっただろうか。

 クロードウィグが俺の言葉をそのまま伝えると、笑いが広がった。

 嫌な感じだ。

 真ん中に立っていた細身の男が手を挙げると、物陰から弓矢を構えた男たちが現れた。

 鼻の奥が熱くなる。ここで、やるつもりか。

 態勢を低くして剣の柄に手を掛けた。


 「お前たちは、どこの氏のものだ」


 先頭の男から王国の言葉が飛び出した。言葉が通じるらしい。


 「我等は、センプローズ将軍の使者だ。話がしたい」

 「知らぬな。それは、どこの山犬だ」

 「王国枢密院議員にして、レキテーヌの領主、第五軍団長である、閣下への侮辱は許されんぞ」


 男の言葉にアラン卿が声を上げる。


 「許さねばどうなる。我等と戦うか」

 「其方たちが血を望むのであればな」


 いけない。売り言葉に買い言葉になってしまっては戦いになる。

 俺やアラン卿は自力で囲みを突破できるかもしれぬが、こっちにはエリカやコルネリア様がいるんだ。乱戦になったら逃がせるかどうか分からない。


 「アラン卿」

 

 小さく、呼びかけるとアラン卿は分かっているとばかりに頷く。


 「ただし、我等は此度、友となるべくまかり越した。話は出来るか」 

 「話、話と王国の者はうるさい」


 細身の男は小馬鹿にしたように吐き捨てると、石段を一段下る。


 「まずは、力を見せよ。弱きものに開く口はない」

 「いいだろう。決闘でもするか」


 アラン卿が剣の柄に手を掛け不敵に笑うと、細身の男が笑い返した。

 ここは、俺かアラン卿のどちらかが戦い、力を見せるほかないだろう。ロランから聞いていた通り、北方民という連中は単純な暴力に重きを置いているのだ。これ以上の言葉は連ねるだけ無駄だ。

 アラン卿を見習い、背筋を伸ばした。


 「力? 力だったら、何でもいいですか」


 背後から、場違いなまでの呑気な台詞が発せられた。

 おい、まさか。



             続く

誤字報告いつもありがとうございます。m(_ _)m

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