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御付きの人選

 太陽が南中した頃。

 もういいでしょ。ってことでエリックとアラン様がもう一度お願いに向かった。

 承認してもらえるかな。

 最初のプランよりは、内容のあるものになったと思うけど、取って付けた感は否めないわね。

 江莉香は若殿の天幕の前で積み上げられた木箱に腰かけて足をぶらぶらさせていた。


 「エリカ。もう一度、腕輪を見せてもらえますか」

 

 同じように隣で腰掛けていたコルネリアが、小声で訊ねた。


 「えっ、いいわよ。ちょっと待ってね。はい」


 すぽんという音が出るような簡単さで江莉香は腕輪をコルネリアに手渡すと、受け取ったコルネリアは笑顔と困惑が入り混じった顔を作った。 


 「ありがとう。借りておいて言うのも何ですが、魔道具を簡単に貸し借りしてはいけませんよ。魔法使いによっては、どのような悪影響が起こるか分かりませんから」

 「今更そんなこと言われても。村じゃ、コルネリアが持っていることの方が多かったじゃない」

 「そうですが・・・一応頭に入れておきなさい」

 「はぁい。それで、どう。なんか変」


 コルネリアは腕輪を日の光にかざして見る。


 「変ではありませんが、大きな魔力の残滓を感じます。それが魔法なのか、呪いなのか分からぬが。面白い。面白いですね。エリカ」

 「えっ、あっ、はい」


 コルネリアがクックックッとあまり可愛くない笑い方をした。

 こういう時のコルネリアは大抵危ない事を考えている。


 「エリカの言う通りだと、にわかには信じられぬが、この腕輪には意思があるのかもしれない。人間の男だったのですね。夢に出てきたのは」

 「うん。会ったことない人だったけど、私と同じ日本人だったと思う。夢だったからぼんやりしてるけど」


 お告げの瞬間は、はっきりとしたイメージがあったけど、今になってみたら靄がかかったようで顔も思い出せない。

 でも、男の人だったことには間違いない。


 「エリカと同じ、神の国の住人。ふむ」

 「違うってば」


 どうしても神の国と受け取られてしまう。何か別の呼び方を考えないといけないわよね。ジパングは駄目だったから、倭国ってことにしようかな。大和でもいいか。考えとこ。


 「分かっています。同じ島国の人間だと言いたいのでしょう」

 「うん。ジャパニーズだからね。そこんとこよろしく」

 「また、おかしな言葉を」


 兵士が行き交う本陣で、コルネリアと腕輪をはさんでじゃれ合いながら一番の懸念を口にした。


 「考えた作戦。許可してくれるかな」

 「それは難しくないでしょう」


 腕輪を眺めていたコルネリアの答えはあっさりしたものだった。


 「あれ、そうなんだ」

 「ええ、彼が言うまでも無く、フリードリヒ殿は北方民からの援軍を集めているでしょうからね」

 「そういうもんなんだ。意外」

 「意外とは? 」


 コルネリアが腕輪から視線を外しこちらを見た。


 「だって戦争している人たちから援軍を借りるっていう発想が無かったから」

 「北方民全体が敵ではありませんよ」

 「そういう物なのね。私の住んでいた国だと、戦争って国対国ってイメージだったから」


 私が知ってる戦争て、昔の太平洋戦争とか、大正義米帝様や恐ロシアが中小国に殴りこむか、現地のテロリスト相手にのたうち回るぐらいしか知らないし。

 

 「どんな国でも一枚岩ではありません」

 「なるほどね。そう言えば北方民て何が好きなの」

 「何とは、なんです」

 「いや、援軍のお願いに行くのに手ぶらは不味いでしょう。何か包まないと」


 近くに大丸か高島屋があれば菓子折りを用意するところだけど、無いからね。こっちで用意しないと。


 「包む? 贈り物という事か」

 「うん。何か知らない」

 「私も彼らに詳しくありませんからね。クロードウィグに聞いてみましょう」

 「それもそうね。本人に聞くのが一番だった」


 江莉香は遠くで控えていたクロードウィグを手招きした。


 「なんだ」

 

 クロードウィグが怖い顔をして見下ろす。


 「貴方達、北方民について教えてほしいの。何か好きなものはある。贈り物されて何が嬉しい」

 「貢物か」

 「うん。それでいいから、何か教えて」


 笑顔で頷く江莉香にクロードウィグは考え込んだ。


 「ヘロイベイアーの毛皮、クーバルトの根、大北山の鷹、クリューニの馬、ナナイの葡萄酒は喜ばれる」

 「葡萄酒は何とでもなるけど、それ以外ってすぐに手に入る? 」

 「滅多に手にすることはない」

 「そうよね。簡単に手に入ったら喜ばれる訳ないし。他に何かある」

 「食べ物は喜ばれる、肉、魚、鳥、小麦、どれでも」

 「よし、それなら持ってきてるから用意しよう」


 食料なら自前で用意している分がある。そこから贈り物を捻り出そう。

 これなら、門前払いにはならないでしょ。

 でも、手土産だけでは心もとない、話を聞いてくれるだけでは駄目で、今回の戦いで味方してくれないとね。

 どうしたら、味方してくれるかな。

 追加報酬に成功報酬? うーん。戦いに負けたら空手形になるだろうから説得力が高くなさそう。

 相手さんを確実に説得する方法か。

 私なら何に説得されるかな。


 「説得、説得、懇願、お願い、要求、うーん。泣き落としに、勧誘、色仕掛け」

 「それは何の呪いですか」


 日本語の思いつくままに説得の類義語を探すと、ある一つの言葉が引っかかった。


 「あっ、そうだ。これよ」


 江莉香は木箱から飛び降りる。

 地面に着地したのと同時に天幕が開きエリックとアランが姿を現した。


 「お疲れ。どうだった」

 「お許しが出た。これから、上流からドルン河を渡って、合力してくれそうな部族を回ってみる」

 「おっ、やったわね。それじゃ、準備してくる」


 江莉香は勢いよく返事をした。

 交渉について考えていると、あることに思い当たった、これは私でなければ実行が難しいだろう。


 


 近くで待ってくれていたエリカに若殿と面会の首尾を話すと、思いもよらない宣言をした。

 

 「待て、エリカも付いてくるつもりか」

 「そうよ」


 唐突に思いついたことを話し出すのは、いつもの事ではあるが、この役目は危険なものだ。認めるわけにはいかない。


 「いや、危険だ。どちらにつくか分からない連中の間を廻るんだぞ」

 「言われなくても分かってるわよ。ところでエリックは、手ぶらで北方の人たちを回るつもりじゃないわよね」

 「手ぶら・・・」


 確かに、手土産については何も考えていなかったが。

 エリカの指摘に言葉を失っているとアラン卿が助け舟を出した。


 「エリカ様。一応、使者として相手方に手土産は用意することになっていますよ」

 「何を持って行くの」

 「金貨や銀貨、宝石などですね」

 「なるほど」

 「使者ですからね。余りかさばらない物が良いでしょう」

 「ねぇ、金貨と宝石ってもらって嬉しいの」


 エリカは振り返り、アランの言葉をクロードウィグにそのままぶつけると、クロードウィグの顔が僅かに動いた。


 「駄目みたいよ」

 「駄目と言われましても」


 アランが困ったように笑った。


 「贈り物の基本は貰って嬉しい物でしょ。嵩張らないとか完全にこっちの都合だし」

 「何ならいいんだよ」


 そうは言っても、他に用意できるものがあるのか。


 「クロードウィグの話だと、食べ物がいいみたい」

 「食料か・・・ああ、ギルドで用意した分が余っているな」



 ドーリア商会のジュリオ殿が用意してくれた兵糧が手つかずのまま残っている。多少なら贈り物に回しても問題ない。


 「そうよ。それを使って挨拶回りに行こう。食べ物を運ぶんだから人手がいるでしょ」

 「確かにな・・・・・・駄目だ駄目。言いくるめられないぞ。人手か必要なのとエリカが付いてくるのは関係ない。大人しくここで待っていてくれ」


 段々とエリカとの付き合い方が分かってきたんだ。そう簡単に騙されないぞ。


 「ちっ。気が付いたか」


 エリカは小さく舌打ちをする。

 やはり、それで乗り切るつもりだったか。油断も隙も無い。


 「ロランと村から連れてきた連中も一緒に連れて行く。それでいいだろ」

 「エリック」

 「なっ、なんだよ」


 真正面にまっすぐ立ったエリカは、腰に手を当て顎を上げた。


 「使者はエリックなの」

 「そうだ。アラン卿と共に回ることになる」

 「他に誰を連れて行くの」

 

 何を言いたいのか不明だが、正直に言うほかないだろう。


 「エミールを連れて行こうと思う」

 「他は」

 「他は、エリカの言った贈り物を運ぶためロランと村の連中を」

 「終わりよね」

 「ああ、だから、エリカは連れて行かないぞ」

 

 そう言うと、なぜかエリカは勝ち誇ったように笑ったので、嫌な予感に包まれた。

 なにか、おかしなことを言ったか。


 「それで、北方の人たちが味方になってくれると思っているの。甘い、甘すぎる」

 「なんだよ。それは、行ってみないと分からないだろう」

 「行かなくたって分かるわよ。絶対にダメ。お断りよ」

 「どうして、エリカが断るんだ」

 「いいこと教えてあげる。交渉の基本は棍棒片手に礼儀正しく笑顔でお話よ。何かの本で読んだわ。間違いない」

 「はぁ。棍棒片手に笑顔? 意味が分からん」


 とんでもないことを言い出した。


 「基本は礼儀正しくお願いするけど、脅しも必要って事よ」

 「脅しだと」

 「そう、脅し」

 「なぜ、そうなる」


 隣で会話を聞いていたコルネリアが笑いだした。

 

 「エリック卿。これは、エリカの言い分が正しい。笑顔で棍棒か、これは愉快な言い回しだ」

 「そうですね。魔法使いのエリカ様が随行員に加わってくだされば、北方民も驚くでしょう。エリックと私の二人よりは、強い印象を与えるでしょうね」


 コルネリアに続いてアランも同意を表したので、エリカはさらに勝ち誇って続けた。


 「それに、私が動くってことは護衛してくれている教会の騎士団の人も動くって事よ。百人近い武装集団がお願いに来たら断りにくいわよ。私なら断らない。断ったら何されるか分かんないもん」

 「それが、棍棒か」

 「そう、分かった? 」

 「分かったが・・・分かりはしたが・・・援軍の要請と言うよりも半分脅迫だな」

 「そうね。正に脅迫。しっかり脅してきてね。私たちに味方しなかったらどうなるか。直接言ったらだめよ。遠回しに分かるように笑顔で言うのよ」

 「何を考えているんだよ」

 「考えるのが商売だもん」

 「とんでもない商人だな。しかしな」


 話は理解できたが、それでもエリカを危険な場所に連れて行くべきなのだろうか。それとこれとは話が違う気がする。

 大体、初めの頃は戦に行くのに渋っていたのに、今になってどうしてやる気十分なのだ。いや、戦に行くのとは少し違うが。危険な事には変わりない。


 「エリック卿。もし、よかったら私も同行しよう。魔法使い二人でお願いに来ているのだ。よもや断りはしないだろう」


 コルネリアがエリカの横に立って味方することを宣言する。こうなるとエリックには断る手段がなかった。


 「分かりました。その前にもう一度フリードリヒ様にお伺いを立てます。断られたら諦めてください」

 「よろしい。フリードリヒ殿が断ったら、私が自ら説得いたしましょう。その事も添えて伝えなさい」


 最後のささやかな抵抗を、コルネリアは容赦なく打ち砕いた。


 「エリック。これは、エリカ様の仰る通りにすべきだろうな」

 「分かりました。みんな準備してくれ」


 アランの一言で、味方が誰もいないと理解し降伏宣言した。

 確かにエリカと騎士団の方々を連れ立っていく方が、身の危険も少なく説得も容易だろう。前向きに捉えよう。


 「やったー。ロランさん。手土産の小麦と葡萄酒、運ぶための荷馬車を用意してね。エミールは騎士団の人たちに話を通して準備してもらって。私はビスケットと砂糖を用意するわね。あれなら、珍しい食べ物だろうから喜んでくれるわよ」


 エリカは即座に指示だけ出すと駆けだした。一呼吸置いてロランとエミールが慌てて後を追う。

 あっという間に本陣から走り去る後姿を眺めていると、アランが笑いかけてきた。

 

 「こう言っては、失礼だが、女にしておくのは惜しいお方だ。名のある家に男としてお生まれになられれば、王国中に名を轟かせただろうに」


 言いたいことはわかるが、俺はそうは思わない。

 

 「男も女も関係ありませんよ。その内、エリカの名前は王国中に知れ渡るかもしれません」

 「そうか? 」

 「そうですよ。手始めにドルン河の北側に名が轟くでしょうから」

 「確かに。否定は出来んな」


 エリックは踵を返し、天幕の取次役に再び声を掛けた。

 予感でしかないが、間違いなく許可は下りるだろう。



                  続く

いつも誤字報告、誠にありがとうございます。m(_ _)m

アダンダの件に関しましては、全く気が付きませんでした。修正いたしました。

思い込みって怖いです。(/ω\)

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[気になる点] 前回は泳ぎが上手いという理由があるから選ばれるのも説得力あるけど、新参が短期間に2度も大役を仰せつかるのは無理があるのでは?活躍の場が欲しい周りからの反対がすごそう。 アランもセシリア…
[一言] アメリカさんなんて 棍棒どころか 軍隊片手に交渉することもあるからなぁ…
[一言] 96〜99話でエリックとエリカ様の暴走がいささか行き過ぎだなと思って 100話で現実を見たなと思ったら101話でエリカ様大暴走(^◇^;) 果たして無事に北方民族を味方につけられるのでしょう…
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