二つ目の作戦案
本陣前でコルネリア達と立ち話をしながらエリックの首尾を待っていたが、直談判に行ったエリックがすごすごと戻って来るのが見えた。
あの様子だと不首尾だったみたいね。
頼りないわね。もっとこうズバッと踏み込まないと。
そして、何故かアラン様も一緒だ。
アラン様、だいぶやつれているわね。無理もないか。
「若殿に会えなかった」
エリックが困ったように口を開く。
断られたんじゃなくて、門前払いだったのか。
「何でよ。馬廻り衆って若殿に直に会えるでしょ」
若殿の親衛隊みたいな役職なんだから、会えないって事はないでしょ。
「まだ、お休み中だったんだ。軍の指揮の事でお疲れのようだ」
「しょうがないわね。それならお昼にまた来よう」
若殿も私と同じぐらいの年頃なのに軍隊の指揮官だなんて、きっと物凄いプレッシャーやろうね。一度戻って出直そう。
「いや、捕虜に変装して忍び込む案は拒否された」
あれ、若殿に会えなかったのと違うの?
「誰によ」
「千人長にだ」
「何でよ」
「怒るなよ。子供だましの策だと言われたよ。それに、立場を考えろとも言われた」
エリックが肩をすくめてみせる。
「酷い。折角考えたのに。で、立場って何」
「百人長や代官、馬廻り衆として軽はずみな事をするなという事だろう」
「あー。それは、納得」
エリックは私たちのリーダーだから、本人が鉄砲玉みたいに走り出すのは問題よね。前から私も思ってた。
「何か、他の作戦を考えろって事かな」
「別の案と言われてもな。セシリアお嬢様の無事を確認することは絶対だ。忍び込む以外に方法があるか。あるなら言ってくれ」
自分の作戦が否定されたと思ったのか、エリックが声を荒げる。
「忍び込むのが一番いいのは、みんな分かってるわよ。でも、それだけじゃ物足りないって事よ。きっと」
「何が足りないんだ」
「それを今から考えるのよ」
ダンボワーズ卿の言い分も分かる。作戦そのものが賭けみたいな要素が強いし、仮に作戦が失敗したらエリックは北方民に捕らえられるか、殺されるかのどちらかになる。
そんな、分の悪いギャンブルは出来ない。と言われたら返す言葉もございません。
「すまないが、口を挿んでいいだろうか」
二人で頭を悩ましていると、アラン様が口を開いたので、思わずエリックと顔を見合わせてしまった。
「どうぞ。何かお考えが」
ぶっきらぼうにエリックが答える。
アラン様がセシリアを守れなかったことを根に持っているみたい。気持ちは分かるけど、冷静にね。
アランはエリックの瞳を真っすぐに見つめたまま、言葉を続けた。
「フリードリヒ様やダンボワーズ卿の一番の関心事は、砦のお味方の救出だ。残念だが、セシリア様の救助は二の次だ。それは、分かるな」
「ええ。今しがた言われましたからね」
「だが、私としてもセシリア様をお助けしたい。そこでだ」
今度はエリックから視線を外して、集まった面々を見回す。
「セシリア様の救出と、砦の解放を同時に行うべきだ。一つ一つ分けて考えるのではなく、一つの作戦で二つの目標を達成しよう」
「同時ですか。それが出来ればいいでしょうが、どうやるのです」
エリックの言う通り、そんなうまい作戦があるのなら、それに越したことはない。
「まず、エリックと私が捕虜の振りをして敵陣地に乗り込む」
「アラン様が」
「そうだ。エリックはセシリア様を探し出しお助けしろ。私は敵陣を撹乱させる」
「どうやってですか」
あくまでも喧嘩腰のエリックをアランは右手で制した。
「話は最後まで聞け。混乱した敵陣目掛けてお味方が突入する。その隙にエリックはセシリア様をお連れしろ。上手く砦の兵と協力できれば、挟み撃ちに出来る。奴らは敗走するだろう」
なんとなく、アラン様の言いたいことが分かった。
セシリアの救出作戦だけでは許可してもらえないから、砦を助ける作戦に組み込めという事ね。
なるほど。それなら、若殿の許可も出るかもしれない。
ただ、そうなると作戦の難易度が跳ね上がるわね。どうしよう。
江莉香が頭を悩ませている横で、エリックとアランの議論が続く。
「お話は理解できますが、問題があります」
「言ってくれ」
「まず、どうやって、敵陣を混乱させるのですか。お一人では無理です。私がご一緒しても人数が足りません。敵陣で騒ぎを起こすのなら少なくとも百人は必要です」
「そうだな」
「もう一つ。こちらの方が問題です。混乱した敵陣にお味方が突撃と仰りましたが、どこから突入するのですか。河は奴らに見張られています。怪しい動きがあればすぐに対応するでしょう。奴らも馬鹿ではありません」
「その通りだな」
「悠長に河を渡っても、人数は奴らの方が上です。挟み撃ちにならないのでは」
「分かっているじゃないか。どうする」
「どうする? 」
質問しているのに逆に質問を返されエリックが困惑する。
首を捻りながらもエリックは打開策を思案し始めた。
「対岸への上陸はここでなく、上流か下流の離れた場所。少なくとも敵陣からは見えない場所にしなくてはなりません・・・・・・」
「続けたまえ」
「全軍で動いては、移動したことが敵に知られます。移動できる数は二千が限界でしょう」
「千人を陣地に残して、主力の移動をごまかすのだな。妥当な数だ」
「しかし、二千では敵が混乱していたとしても、撃破は出来ません」
「奴らは少なく見積もっても一万。どこかで立て直すだろうな」
「はい。その混乱でお嬢様の救出は出来るかもしれませんが、砦は囲まれたままです。こんな作戦では・・・」
「ダンボワーズ卿が許可しないか」
「はい。そうなると、夜襲しか手がありません。しかし・・・」
「しかし、なんだ。夜襲はいい案だろう」
アラン様は明らかに楽しそうだ。
これは、たぶんだけど、コルネリアと同じようにエリックの事を試しているのね。
どうしてみんなしてエリックを試すんやろ。若造だから信用が無いのかな。
「砦からの協力が難しいです。あらかじめ示し合わせないと」
「示し合わせればよいのだろう」
「そうですが、夜襲ではセシリアお嬢様の安全を確保できません。なだれ込んできた味方に、敵と間違われ攻撃されかねません」
「暗闇では敵味方の判別が難しいな。大いに起こりえる事態だ」
「夜襲が無理となると、日中に見つかるのを覚悟で突撃するしかありませんが・・・・・・数が足りません。突撃する部隊は最低でも四千、叶うなら五千は兵が必要です」
「私も、お前と同意見だ。砦から打って出られる数は約二千。奇襲部隊は五千は兵が欲しいな」
エリックが策の問題点を指摘すると、アランはあっさりと認めてしまう。
手応えの無い問答にエリックが憤慨した。
「何処にそんな数の兵がいるのですか。今の我々は三千。後から合流してくる兵を合わせても四千程度と伺っています。この陣地に千の兵を残すとなると、動かせるのは三千。残り二千が必要です。全然足りないじゃないですか」
二人の話している内容が、ややこしすぎてよく分からないけど、味方は多いに越したことがないわよね。
「問題点が見えてきたな。逆に考えれば二千の兵を集めればよいのだろう」
「そうですが、どこにそんな兵が。今から諸侯の兵を糾合するとなると、到着する頃には冬になります。それまで砦が持つか分かりませんよ」
「諸侯の兵ならその通りとなるだろう。諸侯以外から兵を集めなくてはな」
「諸侯以外・・・国王陛下の騎士団ですか」
エリックが視線をコルネリアに向けた。
確かにコルネリアみたいな、やり手の魔法使いが百人ぐらい来てくれたら心強いわね。
魔法使いは一人で百人長扱いという事は100×100で一万人分の力。うん。勝てそう。
「騎士団が、助けに来てくれると考えるのは儚い希望だな。別に見捨てられるという意味ではない。騎士団は国王陛下の勅許によってのみ動かされる。簡単には動かん。来援に来て下さったとしても、季節は真冬になっているだろう」
江莉香の適当な算数はアランによって否定された。
「ならば、どこから」
エリックの問いかけに直接答えずアランは薄く笑った。
もったいぶるわね。いけずも程々になさって早く正解をどうぞ。
「トリエステル卿。その辺にして結論を述べてほしいものだ。これまでの話しぶりからすると、貴殿には援軍の当てがあるのだろう」
コルネリアが私が言いたい事を言ってくれた。流石。
「これは失礼いたしました。仰せの通り援軍の当てはあります」
「何処です」
エリックが疑わし気に眉をひそめた。
確かに空から援軍が降って来るとは思えない。
「いるではないか。目の前に。北方民から援軍を頼む」
「はぁ?・・・」
エリックが今まで見た事がない程の呆れた顔をした。
正に、何言ってんだこいつ。って感じ。失礼ながら私もまったくの同意見です。
こっそり忍び込むのと同じくらい、いや、それ以上の無茶な作戦案。
「えっと、こっちに寝返ってもらうって事ですか」
とうとう、我慢できずに口を挿んでしまった。
「そうですよ。エリカ様。北方民と言っても彼らは彼ら同士で争う間柄です。こちらに寝返る者はいるでしょう」
いや、そんな、いい顔でほほ笑まれましても。
北方民について詳しくないから、何とも言えないけど、そう簡単に寝返ってくれるものなのかな。
裏切りと言えば関ヶ原の宇喜多秀家だけど。いや、小早川秀秋だったかな。どっちだったかな。忘れちゃった。
どちらにしろ、あれだって綿密な裏切り工作の結果で、突発的なものじゃないんじゃないの。いや。詳しくは知らないんやけど。
「ご心配ありません。もう一つ当てがあります。我らに友好的な部族から兵を集めましょう。全ての北方民が我らに手向かっているわけではありません。ここに兵を送っていない部族を廻って援軍を求めましょう」
「他の部族か。確かに大きな部族が味方してくれれば、二千は集められるか」
コルネリアがアラン様に同意した。となると目がある作戦なのかな。
でも、敵の人たちから援軍を求めるなんて無茶だと思う。一歩間違ったら敵が増えるのと違う?
「その上で百名ばかりの北方民と共に敵陣に堂々と入りましょう。私とエリックは捕らえられた騎士という事にし、隙を見てセシリア様をお助けします」
「なるほど。単身忍び込むよりは安全で成功しそうだ」
うーん。コルネリアが同意したら、私から言う事は特にないかな。
それに、エリックとクロードウィグ二人で忍び込んで、セシリアを助けるプランよりは現実味が出てきた気がする。上手くいけば砦も助けられるから、若殿も許可してくれるかもしれない。
「他の北方民が日和見をしないとも限らぬし、下手をすれば敵になるやもしれぬが、そこはこの場で考えても仕方ないか」
「はい。彼らと接触してみてからの話ですね」
私とエリックをほったらかしにして、コルネリアとアラン様の間で結論が出てしまった。
戦争の事はよく分かんないから、騎士のお二人にお任せしますけどね。
続く
記念すべき第100話目でございます。
こんな所まで来てしまった。ってのが正直な感想です。
ここまで応援してくださった、全ての読者様に感謝をいたします。m(_ _)m




