074 海竜の棲む海
アレは今から20年程前の話じゃ、儂は他国での取引を終えてザラキマクの街までの航海の途中じゃった。
「よーし、夜勤の連中を起こしてくるんじゃ、交代するぞ」
雲1つない空じゃった、風も穏やかで航海は順調、儂は夜勤組に船を任せ海を眺めながら秘蔵の火酒を飲んでおった、航海中の唯一の楽しみじゃ、船に女性も乗っておらんかったからの。
「ブロスタ船長、晩酌ですかな?私も一献お付き合いさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
領主のクラブ様が儂に話しかけて来た、儂ら船乗りにも気さくに話し掛けてくれるできたお人じゃ。
「これはマズい所を領主様に見られてしまいましたな、申し訳ない」
「まだ私は家督を継いでいませんよ、父上が動ける限りはこうやって見聞を広めたいと思っています、只の放蕩息子です、酔っ払い船長の話相手には相応しいと思いますが?」
「はっはっは、クラブ様には敵いませんな、それでは海を見ながら共に飲みましょう」
儂らは2人で甲板に座り語り明かした、船の事や交易で利益をあげるコツ、街で噂の踊り子の話なんかも話したの。
「!?なんじゃ!?座礁か!?誰か灯りを持って海を照らせ!船底も浸水してないか確認するんじゃ!」
突然船が激しく揺れた、岩礁に乗り上げたと思った儂は船員達に指示を飛ばし船を確認させた。
「船長!岩礁は周囲に有りませんでした!アレは…?鯨か?」
「違う!鯨なんかじゃない!化け物だ!モンスターが船を追いかけて来ている!」
甲板の後ろを確認していた船員達が騒いでいる、儂もそちらを確認すると大きなイカの様な化け物が儂らの船を後ろから追いかけておった。
「帆を全て広げるんじゃ!このままでは追いつかれるぞ!手の空いている者はモリを持って甲板の後ろに集まれ!」
「ブロスタ船長、アレはおそらくテンタクルズと言われる魔物です、私も魔法でヤツを迎撃します」
「申し訳ありません、この船内で魔法を使えるのはクラブ様だけですじゃ、ご協力お願いします」
逃げながらモンスターに攻撃を仕掛ける、しかしヤツは効果が薄い様で徐々にその距離を詰めらたんじゃ。
「なんでこの航路にモンスターがいるんだよ!?今まで1匹も目撃されていない安全航路の筈だろ!?」
「うろたえるんじゃない!救命ボートを降ろすんじゃ、もう銛も残り少ない!」
船員達に救命ボートの準備をさせる、甲板の後部には儂とクラブ様だけが残った。
「クラブ様はボートの準備ができたらお逃げください、儂は…船長として最後までこの船を守り抜きます、もし生きて帰れたら船員達の今後の事をお願いします」
「ブロスタ船長…どのみちボートで逃げてもヤツの餌になるでしょう、私も最後までお付き合いします、幸いまだ魔法は撃てますので、ムリを言って船に乗せてもらったせめてもの恩返しです」
ヤツはすぐそばまで近づいて来ていた、触手の様な腕が船に巻き付こうとする…その時じゃ。
「!?アレは!?なんて大きさじゃ!」
モンスターの側面に巨大な蛇の様な竜が喰いついた、一瞬の出来事じゃった、竜はモンスターを一飲みにし大きな水飛沫をあげると海中へと姿を消した。
「まさか…おとぎ話に出てくる海竜様か…?儂らは海竜様に助けられた?」
「はは…まさか実在するとは…人に話しても到底信じてはもらえないでしょうな」
海竜様が消えた夜の海はまるでさっきまでの喧騒が嘘かの様に静まり返っておった。




