342 海を鎮めろ
「それじゃあ俺は一足先にアレプデスへ向かう事にします。それと昨晩の件ですが…」
ラッカさん達と食卓を囲んだ翌日の早朝、俺は一晩お世話になった港の兵士宿舎の前にある広場で大勢の人達に囲まれていた。この港の責任者であるシノーペさん、ラッカさんとペーギさんは勿論、勇者なんて呼ばれている俺の姿を一目見ようと早朝にも関わらず多くの人が集まったのだ。
「聴いてみてくれたかい?旦那からも手紙で知らされちゃいたけど正直まだ半信半疑なんだよ」
「御伽噺に出て来る海竜様ですか…前々から旦那様に若い頃海竜様に命を救ってもらったと言う話は聴いておりましたが…」
「信じられないのも無理はありませんよ。それでこの荒れた海を鎮める話ですけどどうにかなりそうです。今日中にも海竜様がこの港に姿を見せると思います」
現在アレプデスに最も近くに設けられたこの港では多くの船が足止めを喰らっている。一刻もはやく救援へ向かいたいが海が荒れていてはどうしようも無い。しかし俺にはこの歯痒い状況を打破出来る存在に心当たりが有った。創造神様の眷属であり海を司る人知を超えた存在、海竜様だ。
「それは楽しみだね、ウチのバカ旦那の事だから今度私と会ったらきっと嬉しそうな顔で海竜様と会えた事を自慢してくると思ってたんだ。それが私も海竜様と会えた事を知ったら…ククク」
「奥様、今はその様に惚気話をしている場合ではありませんぞ。ユイト様、それで海竜様はなんと仰っていたのでしょうか?」
「荒れている海を鎮める事は簡単に出来るそうです。それと海竜様もアレプデスに良くない気配を感じていた様で街を救う事にも力を貸してくれる事になりました」
昨晩俺は以前海竜様から貰った鱗を使い荒れている海を鎮める方法はないか相談をした。海竜様は二つ返事で力になると言ってくれ今はきっとこの港へと向かっている事だろう。
「おい聞いたか?海竜様ってザラキマクを救ったあの海竜様の事だよな?本当に存在するのか?」
「あぁ、俺の弟がザラキマクに住んでるんだがこの前会った時海竜様を見たってエラく興奮して話をしてたぜ」
「すげぇな、海竜様が俺達の味方になってくれるなんて百人力…いや千人力だ!絶対にアレプデスをドラゴン共の好き勝手になんてさせるものか!」
俺達の話を聴いていた周りの兵士や義勇軍として駆けつけた冒険者達が声をあげる。強力な助っ人の登場を知り彼らの士気も上がった様だ。
「さて、俺はそろそろ行くとします。では皆さんも船旅気をつけて下さいね」
サクヤ達は先に依代に憑依して貰っている。神靴ヘルメスの力を使い宙に浮かぶと集まった人達が歓声を上げ手を振ってくれる。
「必ず皆さんが来るまでアレプデスは守り通しで見せます!では!」
眼下に小さく見える皆へ軽く手を振り北へと踵を返す。ここからはノンストップで海上を飛ぶ事になる、パンと自分の両頬を叩き気合いを入れ直した俺は名も無い港を後にした。




