295 挑発
カイトがパチンと指を鳴らすとドアサイズの黒い渦が現れた。コイツはいつもそうだ、決して俺と直接戦おうとはしない。
「また逃げるつもりか臆病者!そうはさせないぞ!話を聞いた以上お前を野放しにしておくわけにはいかない!」
「臆病者だって?鬼ぃさん何か勘違いしてないかな?今までも僕が逃げてたんじゃなくて鬼ぃさんを見逃してあげてたんだよ?」
「何…?どう言う意味だ?」
一度は俺に背を向けかけたカイトが振り返りやれやれと肩をすくめる。
「言葉の通りの意味さ。僕は鬼ぃさんよりも強いからね、ゲームが始まる前に敵のボスキャラを倒してしまったらゲームがつまらなくなるから今はまだ戦いたくないんだ。分かってくれたかな?」
「面白い事言ってくれるな。何だかんだ言いながら俺に負けるのが怖くて戦えないんだろ?」
我ながら安っぽい挑発だ。だが効果はあった様だ。カイトは明らかに機嫌が悪くなっている。
「わかったよ。本当はこんな所で鬼ぃさんと戦うつもりなんて無かったけど相手してあげる。あっ、殺しはしないから安心してね」
「1対2か…少し厳しいな」
「そっか、そういえばゲルトの事をすっかり忘れてた。ゲルトは先に帰っといてよ。お前の身体は色々調べたい事があるからね」
「わかりました…カイト様、どうかご武運を」
自らの秘密を知らされ混乱している様子のゲルトが黒い渦へと消えていく。カイトとゲルトを同時に相手する事には不安があったがこれで1対1に持ち込めた。
「さて、鬼ぃさんの武器は鬼神刀咲夜だったね。じゃあ僕は何を使おうかな?生半可な武器じゃ勝負にならないな…」
「咲夜の事を知っているのか?本当にお前は俺と同じ世界から来たんだな…」
「そうだよ、鬼ぃさんと一緒。あのクソみたいな世界から離れる事が出来たんだ。鬼ぃさん、一応聞いておくけどNPCの味方なんか辞めて僕と一緒にゲームを楽しむつもりはない?」
「断る、お前のやろうとしてるのはゲームなんかじゃない。多くの命を弄ぶ最低の行為だ」
「鬼ぃさんならそう言うと思ったよ。それじゃ始めようか?僕の獲物は…コイツだ!」
カイトの手元が黒く輝き次の瞬間には一振りの刀が握られていた。
「じゃじゃーん。やっぱりブッ壊れ装備に対抗するにはブッ壊れ装備しか無いよね」
「まさか…鬼神刀咲夜!?お前も咲夜を持っていたのか!?」
見間違う筈がない。紅と蒼の組紐が巻かれた柄頭、飾り気のない漆黒の鞘。カイトの手に持たれた刀は鬼神刀咲夜だ。