291 分身
憎しみと悲しみの混ざった瞳で俺を睨みつけるゲルト。これ以上話しても無駄だろう。きっとコイツは生きている限り俺の命を狙い続ける、この場で決着をつけなければいけない。
「お前と話す事はもうこれ以上無い。どの様な手品で私の槍から逃れたか知らないが次はないぞ」
「お前の流星撃は見事なモンだよ。その槍の使い手とは何度も戦った事があるけどお前程流星の槍を使いこなしているヤツは初めてだ。素直に尊敬する」
「貴様に尊敬されても嬉しくも何ともない。私が貴様に望むものはただ一つ…貴様の死だ!」
流星の槍を構え直すゲルト。良く見ればあちこちに浅くは無い傷を負っている。ムリな流星撃の連発はゲルト自身の身体にも相当な負担をかけている様だ。
「ツッ!?予備動作まで省略できるのか。今のは少しひやっとしたぞ」
「しっかりと躱したクセに良く言う!先程はどの様な手品を使ったか分からないがもう油断はせんぞ。貴様の身体がバラバラになるまで私が止まる事は無い!」
先程よりも速度を増し流星撃を乱れ撃つゲルト。攻撃を躱す度に俺の鼻腔を血の臭いがくすぐる。俺の血では無い、限界を超えたゲルトの身体から血が噴き出ているのだ。
「例え…例えこの身体が滅びようとも貴様を道連れに出来れば本望!今度こそもらったぞ!」
「しまった!?いつの間にこんな端へ!?」
速度を増すゲルトの攻撃に追い詰められてしまった。ヤツは流星撃を繰り返しながら俺を大空洞の壁際へと誘導していた。このままでは流星撃を回避する事ができない。
「なんてな、俺はさっきから一歩も動いていない。お前が追い詰めていたのは俺じゃない、お前自身の身体だったんだよ」
俺の言葉はゲルトの耳に入らなかった様だ。大空洞の壁へと激突するゲルト。幾ら流星撃の発動中は防御力に補正が掛かると言っても今の激突は相当なダメージを負った筈だ。
「な…何故だ?貴様は確かに壁際へと追い詰められた筈…」
槍を杖の様にしてゲルトが立ち上がる。あの激突でもまだ立ち上がれるとはヤツの執念のなせる業だろうか。
「さっきからお前が攻撃していたのは月下の外套が作り出した俺の分身だ。この力を使うのは少し悪いと思ったんだがこれは命の奪い合いだからな。許せ」
月下の外套はルナと同じく幻惑の力を持つ。MMORPGでも1対1の戦いでは余りに強力過ぎる為運営が使用自粛を呼び掛けた程の強力な効果だ。突撃技を使う者にとってこれ程相性の悪い敵もいないだろう。
「つまり…私は死に物狂いになって貴様の掌で踊らされていたのか…?」