225 負の感情
エナハイ侯爵本人が武術に長けていたり魔法が得意等と云う話は聴いた事が無い。何故普通の中年男性だったエナハイ侯爵が偽核の力であんなに強化されたか不思議に思っていた。
「偽核によって力を得る為に大切なのは負の感情よ、怨み妬み僻み、それに怒りなんかの事ね」
「負の感情だって?確かにあの時エナハイ侯爵は息子のブーチを殺した俺に対して激しい怨みを抱いていた…それが力の源だったのか」
「アンタ達人間の筋力や魔力の個人差なんて偽神様から見たら誤差でしか無いわ。考えてもみなさい?肉体の強さや魔力の高さを求めるなら偽核を人間に使うなんて勿体ない事する筈ないじゃない」
「ふむ…確かに単純な力比べじゃ人間がどれだけ鍛えたってオークやトロルには敵わねぇ。嬢ちゃんの言ってる事も納得できるな」
「魔力だって人間なんか比べ物にならない程高い魔力を持っているモンスターは幾らでもいる。つまり元々の個体が持つスペックは全く重要ではないと云う事かい?」
同じ人間でもその戦闘力の個人差は天と地程もある、しかし偽神の前ではその差さえ誤差と捉えられてしまうのか。
「元々の個体の力も強いに越したことは無いわ、ただモンスターは知能が低い種族が殆どだから偽核を使っても効果が薄いの。人間に怨みを持っているモンスターに偽核を試した事もあったらしいけど微妙な成果しか出なかったらしいわ」
「人間に怨みを持ったモンスターか…まさかな」
ふと頭の中に昔戦ったドラゴニュートの事がよぎった。ヤツはアルフさんのお母さん、シータさんを殺した際に自分の身体を傷つけられた事で人間を逆怨みしていた様だった。
「どうしたのよユイト、ボーっとしちゃってさ」
「いや、ちょっと引っかかる事があっただけだ。気にしないでくれ」
ドラゴンの胆汁をしまって戻ってきたレイが不思議そうに俺の顔を覗き込んできた。一体あの危険物はどこに保管されているのだろう、出来れば2度とあの悪臭を嗅ぎたくない。
「つまり感情を持つ程高い知能を持ち強い力を持つ生物が偽神の器として最適だって事だね…ちょっと待ってくれ、君達がドラゴンロックまでやって来た目的はまさか!?」
珍しくオウルさんが驚いた表情になる、何か思い当たる節があるのだろうか。驚いたオウルさんを見てアンがドヤ顔を決める、なんだかコイツのドヤ顔は腹が立ってくるな。
「みんな!近くに敵の反応よ!仕掛けてくるわ!」
テミスの叫び声と同時に狩猟神の耳飾りからも警報が鳴らされた。近くの茂みから魔力の高まりを感じる。
「俺の近くに集まって下さい!早く!」