219 無防備
テミスの見つけた反応へ近づくにつれ湯気が濃くなっていく。生い茂る木々と合わさり殆ど視界が確保できない。
「大勢で近づけば相手に感づかれるかもしれない。みんな依代に憑依してくれ、この先は俺1人で行く」
皆が無言で頷くのを確認し全員を依代に憑依させる、この先にいるのが探している魔族でなかった場合無駄な戦闘は避けたい。
『気をつけてユイト、反応はもう間近よ』
『わかった、これは…?何か聴こえてくるぞ…』
静かなドラゴンロックの山に響く調子外れの鼻唄。間違いなく反応の方から聴こえてくる。
「はぁ~極楽極楽、姉さん達には悪いけど私1人でドラゴンの相手なんて無理だっつーの。私はしばらくこの暖かい泉を満喫させてもらうとしますか」
茂みに身を隠し声のした方を見ると1人の魔族が温泉に浸かり独り言を呟いていた、間違いない。シグマさん達が追っていた3人の魔族の内の1人だ。
『1発目から本命を当てるなんてツイてるな。早速捕まえるとするか』
『なんだか隙だらけで拍子抜けしちゃったよ。全く辺りを警戒してる様子もないし本当にアレが魔族なのかな?』
『怪しい、この危険地帯であれだけ無防備になっているのは不自然。主さま、罠かもしれないから気をつけるべき』
言われてみれば確かに不自然だ。強力なドラゴンがウロつくこのドラゴンロックでたった1人見張りも立てずに辺りを警戒する様子もない。アイギスの言う通りコレは追手をおびき寄せ為の罠なんじゃないだろうか。
『テミス、もう1度周囲の気配を念入りに探ってくれないか?アイツの仲間が周囲にいるかも知れない』
『…近くには何の反応も感じないわ。もしかしたら私の気配感知に引っかからない程気配の消し方に長けている可能性もあるけど』
『不気味ですね、どうみても油断しきっている様にしか見えませんが相手は何度もシグマさん達から逃げ切っている魔族です。どうしましょうかユイトさん?』
様子を見るべきか突っ込むべきか…相手の力量が未知数なだけに悩ましい。
『よし、突っ込むぞ。罠だったらそれはその時だ、千載一遇のチャンスを逃す訳にはいかない』
決心した俺は茂みから飛び出し温泉へと駆け出した。こちらの存在に気づいたのか女魔族は慌ててバチャバチャと水飛沫を立てながら湯の中から立ち上がった。
「なっ!何よアンタ!ってか誰!?ちょっと待って私今何も着てないの!タイム!タイムってば!」
「問答無用!話は後で聴かせてもらう!逃げ切れると思うなよ!」