167 失敗作
エナハイ侯爵が手に持った偽核を自らの胸へ近づけると偽核は吸い込まれる様に体内へと吸収されていった。
「いい判断です、これで悲しみと云う感情のデータを採取できます、あの感情も負の感情に分類されますからね」
「ブーチ…ブーチ…何故私を置いて先に逝った?何故お前が死ななければならなかった?私を一人にしないでくれ」
エナハイ侯爵の身体から赤黒い光が放たれる、魔人や魔族の放つ特有の光だ。
「ふむ…あまり良い反応では有りませんね、偽核自体に問題は無い…とすれば問題が有るのは素体の方ですか、悲しみと云う感情には愛や思いやりといった不純物が混じっていた様ですね」
「お前が魔人を造りだした魔族か!?エナハイ侯爵を元に戻せ!」
「おや?貴方も薄々は分かっているでしょう?魔人と化した人間を元に戻す事は不可能…と言っても今目の前で変化している素体は魔人になれない失敗作である可能性が非常に高いですがね」
やれやれと芝居がかった仕草でフードの男が語り掛けてくる、まるで人の命を何とも思ってない様な言い草だ。
「お前には聞きたい事が山ほどある、偽神に魔族、それに偽核についてもだ、大人しく話すつもりは…無い様だな」
「今はまだその時ではありません、さて、サンプルのデータも取り終わったので私はそろそろ失礼します、それではまたどこかでお会いしましょう、御機嫌よう」
「逃がすかよ!真空波ッ!!」
男の身体が宙に浮く、逃す訳にはいかない、俺は咄嗟に真空波を放つ。
「クソっ…逃したか、鬼神化している俺の攻撃から逃れるとはやはり只者では無いな」
放たれた真空波が命中する刹那男の姿が消えた、瞬間移動でもしたのだろうか、獲物を見失った真空波はそのまま天蓋の屋根を貫通し空の彼方へと消えて行った。
『ユイトさん!エナハイ侯爵の様子が!気をつけて下さい!』
「オォォォォォッ!!返せぇぇぇぇ!!我が息子を!!ブーチを返せぇぇ!!」
「変化が終わったのか!?違う…何だよあの姿は!?」
エナハイ侯爵の身体が膨張する、全身を赤黒い体毛に覆われた四足歩行の獣、口には牙が生え肉食獣の様な顔になっている。
『何なんですかこれは…まるで獣…偽核を埋め込まれた人は魔人になるんじゃ無かったんですか?』
「わからない、あの男は失敗作って言ってたけどな…」
「おおっ!!エナハイ殿!我々の勝利の為に自ら偽核を取り込むとは…素晴らしい!まさに貴方こそ貴族の鑑!同胞として誇りに思いますぞ」
呼吸を整えたトーラがエナハイ侯爵だったモノへと駆け寄る、この状況で自分が助かる方法を瞬時に考えついたようだ、聡いヤツめ。
「トーラ殿…元はと言えばお前がこんな馬鹿な戦を起こさなければブーチが死ぬ事は無かった…許さぬ、ブーチが死ぬ原因を作った者は全て殺してやる!勇者もお前も国王も!皆殺しだ!あの世で息子に詫びるが良い!」