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「何って……求婚?」


 こてんと首を傾げるついでに私を振り返るのはやめてほしい。辛い静寂の中で、キッと殿下の視線が突き刺さる。


「ばかじゃないの」


 殿下は忌々しげにそう吐き捨てた。ヨシュア様の方を露も見ようともしない。彼はずかずかと大股で私の前まで来ると、剣呑な目で見下ろし黙り込む。少しの間じっとそうしていたかと思えば、眉間にシワを寄せて鼻を鳴らした。


「で? おまえは? ああ、いいよ。口を開かなくても。分かってる。聞きたくない。俺なんかよりそこにいる王太子の方が良いんでしょ。分かってるから。この間は俺に首締められて、無理矢理言わされたんだもんね。おまえは嫌々俺を選んだ。だから訂正するチャンスをあげるね。おまえのためにもう一回聞いてあげるから、今度は正直に言いなよ。ね、俺もちゃんと優しいでしょ」


 またこの話か。呪いでもかけているかのように、ゆっくりと低い声で殿下は語りかけてくる。しかし口を開くなと言ったそばから選べと迫られても、どうすればよいのか打開策が思いつかない。

 ヨシュア様に助けを求めるようにして彼の方を見たが、肩をすくめて笑っていらっしゃるばかりだ。自身が元凶だという自覚があるのだろうか。


「ねえ、黙らないで。なんとか言いなよ!」


 あたふたと困る私にしびれを切らしたのか、殿下が高く声を張った。理不尽だ。

 仕方がないのでそろりと息を吸い込む。


 そもそも私にどちらかを選ぶ権利など無いのだ。私は殿下の側付きであるので、私の処遇は殿下が決めることになっている。殿下が暇を出せば解雇になるし、出さなければそのままだ。

とはいえしかし、私は彼個人に仕えているわけではなく、言うなれば王族を主としているのである。当然地位が高いのは殿下よりもヨシュア様の方で、彼が私を妾妃にと宣言すれば私など容易く手に入ってしまうだろう。

 しどろもどろにそう説明すれば、両殿下が目を伏せて溜め息を吐いた。ヨシュア様の方はそれから拗ねたように唇を尖らせる。


「そういうことじゃないんだけどなー。俺はあくまで、きみの意志で俺のお嫁さんになってほし」

「許可しない。絶対に渡さないから」


 いまいち納得しない様子でヨシュア様が口をとがらせ、それを殿下が遮った。いつもよりはっきりとした物言いである。殿下はそう言ったきり口を閉じると、これでもう良いだろうとばかりに踵を返す。ギリリとわたしの腕をつかんで引っ張っていくのも忘れない。


「えー、ちょっと。つれないな、二人とも。まーいいや。すぐに俺のお嫁さんになりたいって思わせてあげる。俺も頑張るから!」


 遠ざかる私たちに向かって、ヨシュア様が声を張り上げた。何を頑張ることがあるのだろう。外堀の埋め立てだろうか。だとすると遠慮していただきたいことこの上ない。

 殿下は聞こえない振りをしているようで、動きを止めることなく前だけを向いている。くるりとヨシュア様を肩越しに見掠めようとすれば、すかさず殿下に叱責された。下手な舌打ち付きである。


「絶対に許可なんてしないから」


 吐き出されるようにして零れ、やっとのことで耳に届いた音は小さく、震えていた。それがあまりにも気の毒な響きだったので、同情のひとつでもしてみようという気になってしまう。

 ゆっくりと歩く速度を落としていく。私の腕を掴んでいた殿下の足も当然鈍くなる。それが煩わしくなったようで、殿下が口をへの字にしてこちらを振り返った。


「そんなことしても、腕、離さないけど」


 みしりと鳴りそうなほどに骨が悲鳴をあげた。痛いからやめてくれと振り払いたくなるのを我慢して首を振る。心配しなくても、勝手に辞めたりしないのに。呆れ気味にそう零したが殿下の表情は変わらない。


「は、心配? そんなのしてない。おまえはずっと俺の侍女でいるんだから。そうでしょ、ね」


 ならばその態度は何だというのだ。殿下の情緒が扱いづらいのはいつものことだが、見え透いた虚勢ともとれるその言葉に辟易してしまう。

 するりと手首の拘束が解かれた。

 返事を期待されていない呼びかけには口を開かずじっと見つめ返すだけにとどめる。殿下は緩慢に数度瞬きをすると、そのまま踵を返して廊下を進んでいった。ついていこうとすれば必要ないから自室で待機しろと一蹴されたので、大人しくそうすることにした。





 そんな事件からしばらく、ヨシュア様はことある毎にこの邸へいらっしゃるようになった。時間に余裕のある御身でもないだろうに。

 やれ綺麗な花を見かけたので買ってきただとか、やれ異国の菓子が手に入ったので一緒に食べようだとか、暇なのかと思わす半眼になってしまうような理由ばかりだ。花や菓子など、従者に持たせて贈り物だと簡単な言伝を添えれば済むだろうに。いや、王太子からの贈り物など、それはそれで胃が痛くなる気がしてくる。私も贅沢になったものだと一人笑ってみたが、一向に気は晴れない。

 何にせよこれ以上軽々しく王太子に赴かれては心労がたたってしまう。日に日に殿下が暴力的になっているのは、きっとヨシュア様のせいもあるのだろう。理解できない情緒の不安定さにも磨きがかかっている気がする。


「それでねー、きみを妾妃に迎えたとき嫌な思いをさせないために、きみを快く思わなさそうな人たちをひっそり粛清してるんだけど」


 目の前でにこにこと菓子を頬張っているのは何を隠そう王太子、ヨシュア様である。

 殿下の部屋へ向かっていたところを捕まり、あれよあれよと応接間に案内させられてしまった。兄弟揃って強引だ。

 相変わらず不穏な台詞に私のポーカーフェイスも強張っていくのがわかる。周囲に人が居ないとはいえ、聞かれたら拙いとは思わないのだろうか。聞かれる以前の問題な気もするけれど。


「あんまり減らしすぎても色々と不都合がでてくるんだよね。だからきみの意見を聞きたくて」


 ふんわりと端正な顔に笑みが咲く。一瞬見惚れたが、すぐにはっとして首を振った。

 これ以上誰も消さないでほしい。人命の尊さがどうとかいう話ではなく、単純に私のせいで他人の未来がめちゃくちゃになるのは気分の良いものではない。そんなことをやんわり伝えれば彼はつまらなさそうに腕を組む。


「喜んでくれると思ったのに。きみのそういうところ、面白くないからあんま好きじゃないなー」


 不服だったようだ。見るからにヨシュア様の表情が暗くなる。彼はきゅっと唇を閉じると不意に立ち上がった。長い足を洗練された動きで操って、私の横に腰を下ろす。彼の腕が私の背に回る。これはまずいと勢いよく立ち上がった。そろそろ殿下のところへ行かなければならない。


「えー。俺も殿下だよ? 冷たいなぁ」


 悲しそうに眉を下げるヨシュア様だが、実際は微塵もダメージなど受けていないのだろう。その証拠に口角が上がっている。

 これ以上ヨシュア様に翻弄されてはいけない。殿下の呼び出しを無視してここに居る手前、彼がここへやってきてしまうのも時間の問題なのだ。とにかく部屋を出なければとドアへ駆け寄りノブに手をかければ、ぬっと影が差し軽い衝撃に襲われた。


「きみも慣れたもんだよね。この俺を蔑ろにして、他の男のところへ行こうなんて」


 これでもかというほど耳元へ寄せられた唇がくすぐったい。身をよじって拒もうにも、ドアとヨシュア様に挟まれた状態では身動きが取れなかった。


「俺がこんなに尽くしてるんだからさ、ちょっとくらい靡いてくれても良いと思うんだよね」


 甘い息が切なげに髪を揺らす。控えめに衣擦れの音がして、ヨシュア様の腕が腹をさすった。ひ、と声が高く掠れる。驚いて息を吸いそびれた。完全に体を抱きかかえられ、退路がない。勘弁してくれ。


「いっそお手付きにしちゃおっかな」


 クツクツとヨシュア様が背後で揺れる気配に、背筋が凍る。そんなことをされてはたまったものではない。嫁入り前に傷物にされては貰い手がなくなってしまう。

 ヨシュア様はやすやすと私を持ち上げるとソファへと移動させる。眩暈にも似た慣れない浮遊感の中、全力で腕を突っ張り抵抗をしたがびくともしなかった。大声を出そうと口を開けば間髪入れずに塞がれる。がむしゃらに暴れてもすべて抑えられた。


 もはや打つ手なしと敗北を覚悟したところで、かちゃりと予想していなかった音が室内に響く。天の助けか。部屋の入り口へなんとか顔を向ければ、ステラさんが私達を見て目を見開いていた。どうか助けてください。


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