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 殿下は殿下と適当に挨拶を交わすとソファに身を沈めた。前者がヨシュア様、後者がレオン様である。どちらも殿下なのでややこしい。ヨシュア様の方は足を組むその仕草ひとつとっても惚れ惚れするくらいに優雅である。我が殿下とはやはり格が違う。


「一度会ってみたかったんだよねー、レオンのお気に入りって噂の子。ほら、レオンって中々難しい性格でしょ? だからまあ知ってると思うけど、付いた侍女ちゃんたち全員すぐ辞めちゃってさ。大変だったんだよ、ほんと。きみは上手くやってるみたいで良かった。ああ、そういえばこの間はお手柄だったね。レオン見つけてくれたの、きみなんだって? オニイチャンとしてお礼を言うよ。ありがとね」


 にこにこぺらぺらと言葉を投げられる。ただただ恐縮していれば、軽い口調で流されたそれがお礼だということに気がつくのに一拍遅れてしまった。慌てて平身低頭ぺこぺこと声を上ずらせる。そんな私を見るに見兼ねたのか、殿下が機嫌悪く鼻を鳴らした。


「ほら、もういいでしょ」


 眉間に深いしわが寄っている。私がいつまでもこの部屋にいることが気に食わないのだろう。私に話しかけているくせ、頬杖をついてこちらを一向に見ようとはしない。綺麗な横顔から苛苛としたオーラが滲み出ている。食い下がる理由も無いのでお望み通り撤退しようとすれば、ヨシュア様から待ったの声がかかった。


「ええー、俺はもっとお話したいのに。なんで追い払おうとするの? もしかしてやきもち? 俺と二人っきりになりたいとか? それともこの侍女ちゃんが俺に取られちゃうって思ってる?」

「そっ、んなんじゃない、から。ていうか、そんなわけないでしょ」

「だったら良いよね、俺がこの子と仲良くしても。一応さあ、この場では俺が一番偉いんだけど?」

「そういう問題じゃ……っ」


 殿下はぎりりと悔しそうにヨシュア様を睨みつけた。一方ヨシュア様は殿下を揶揄(からか)って遊ぶことに成功し、ご満悦の様子だ。殿下の威嚇などどこ吹く風。ふふっと上品に笑みを湛えて足を組み直している。

 この些末な兄弟喧嘩を止めた方が良いのだろうか。きょろきょろと助けを求められる人がいないか部屋を見回せば、ヨシュア様の侍従がにっこりと首を振った。そっとしておいても良いらしい。

 喧嘩とはいえ久々の会話だろう。しばらく生温かく見守っていたが、それでも口論は止まない。ヨシュア様が煽って殿下がそれに噛みついている。殿下は嫌悪感を隠すことなく全面に押し出しているが、ヨシュア様は始終楽しそうだった。

 こそこそとヨシュア様付きの侍従に近づく。ただ呆けて見ているのも居心地が悪くなってきたので、何か仕事はないかと尋ねれば代わりに世間話を振られた。この二人はいつもこんな感じで言い合っているだとか、ヨシュア様は世間での評判がすこぶる良いとか、お互い殿下との生活がどうだとか、噂話を重ねていく。


「いつもそんな態度だと、レオンの大好きな侍女ちゃんにも愛想尽かされちゃうよ。せっかく無理言って引き抜いてきたんでしょ? もっと良いご主人様でいるべきなんじゃないの。俺みたいに。ね、侍女ちゃん」


 不意に話を振られてびくりとした。怠けているように思われたのかと心配したが、どうやら純粋に話を振っただけらしい。極めて答えにくい振りなのでとりあえず曖昧に微笑んでおく。殿下が良いご主人様かどうかはともかく、蔑ろにされているわけではないはずである。それよりも引っかかった単語がひとつ。

引き抜いて、とはどういう意味だろう。一人呟き首を傾げていると、それに気が付いたらしいヨシュア様がぐるりと私の方を向く。


「あれ、知らなかったんだ。いがーい。きみって本当は姉様付きだったんだけど、レオンってば態態姉様に頼み込んできみを」

「ちょっと、余計な事吹き込まないでくれる?」


 説明しようとしてくれたヨシュア様の言葉を殿下が早口に遮った。立腹を隠すことなく指先で机を叩いている。小さな音だがカツカツと煩い。ヨシュア様はそれを全く意に介すことなく続けた。


「てっきり知っているものだと思っていたけど。ま、そっかー、誰も教えてくれるはずないもんね。” 気難しいレオン様” が最初からやけに好意的で、疑問に思わなかった?」


 やれやれと肩を竦めつつ笑いかけられる。言われてみれば、と初日を振り返った。よくよく思い起こせば不気味なくらい優しかった気もする。殿下の方に目を向けると、彼はバツが悪そうに俯いている。

 でも、どうしてだろう。殿下とまともに関わったことなんて、殿下付きになる前はなかったはずなのだけれど。確かに疑問だ。

 ヘラリと降参の意を乗せて眉を下げる。ヨシュア様は面白そうに目を細めて、すくと立ち上がった。そのままおもむろに近づいてくる。


「理由なんて俺にもわかんないよ。きみに覚えがないなら、レオンがまたしょーもない思い込みでもしてるんじゃないの」


 殿下に聞こえないようそっと耳元で囁かれる。離れ際、クスと喉の奥で鳴らされたそれには一種の侮蔑が含まれていた。良い兄なのかと思えば、それだけでもないらしい。なんとなく怖い人だ。

 がしゃり。乱暴にカップの置かれる音がした。見れば殿下が立ち上がって青い顔をしていえる。ゆらりと一歩踏み出す。足取りは覚束ない。


「もう用は済んだでしょ。早く帰れば?」

「つれないなー。ちょっとは歓迎してよ」

「はあ? なんで。あんたが帰らないなら僕が出ていくから。それじゃ、ごゆっくり」


 意地悪に耐えきれなくなったのか、殿下が悲鳴のようにして言葉を紡ぐ。ヨシュア様はきょとんと首を傾げてそれを見ていた。ひくり。殿下の口元が引きつる。つかつかと早足でこちらへ向かってきたかと思えば、ドアノブと私の手を同時に引っ掴んだ。力はそこまで強くはないが、ちょうど骨が当たるところを潰されているようで不快だ。

 痛、と反射的に声を上げてしまう。それに殿下がびくりとこちらを振り返って、ぱっと手が離れた。一瞬の戸惑いを見せたのち、殿下は青白い顔のまま走り去ってしまった。何だというのだ。呆気にとられ、室内に残された私たちはお互いに顔を見合わせる。

 はっとして殿下の無礼を詫びたが、ヨシュア様は特に気に留めていないようだった。弟のヒステリーに慣れているのは当たり前かと納得する。


 ところで、殿下を連れ戻してくるのは私の役目なのだろうか。痛めた手を擦りつつさりげなく臨時でやってきた侍女に目配せをすれば、行ってくれと無言で懇願された。面倒なのでそっとしておきませんか、なんて言ってみても無駄だよね。観念してドアノブに手をかけ、殿下の後を追おうとする。


「えー、行っちゃうの? いじけたレオンなんか構っても面倒くさいだけだよ? 放っておけばいいのに」


 すかさずヨシュア様から不満そうな声があがる。この頃退出を妨げられることが多いな、なんてどうでもいいことを思った。ヨシュア様に至っては今日だけで三度目だ。だがしかし、いくら第二王子に茶化されようといじけた殿下だからこそ今放っておくと後が怖いのだ。前科もある。追うなという強いご意向でも示されない限りは殿下を追った方が吉だろう。


「へえ」


 やんわりとその旨を伝えれば、ヨシュア様は驚いたように息を吐いた。それからソファに戻って無邪気にティースプーンを弄ぶ。すかさず側にいた侍従が紅茶を淹れなおした。


「なるほど。意外と冷めてるんだ」


 須臾、そう呟いたヨシュア様の目がギラついたように思えた。何に納得したのかは分からないが、揶揄の標的にされないうちに出ていった方が得策かもしれない。他の侍女にあとを任せて私は殿下を探しに向かった。


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