一の矢二の矢3つの矢
7月21日 金曜日 2時07分
深夜2時
雨上がりの道
疲れた身体に鞭打ち
前カゴに夏用布団が入った銀色のママチャリを漕ぐ
警官に見つかれば間違いなく職務質問コース
自身も学生カバンを背負っている為
怪しさは満点を通り越しての120点だ
あの後父親とエリカに
自分は出て行く代わりに
エリカのアパートに1人で住む
既に週の半分以上は泊まりに来て
生活用品も殆ど家に運び込んでいるのだから
同棲でも問題ないハズだ
アパートに残った荷物はまとめて後日
元自分の部屋兼物置に運んでおく等の事を
告げた
それを聞いた父親は当然のごとく激怒
金も稼げない中学生に何が出来る
コチラから金を払う気は一切無い
もし泣きついて来ても助けない
さっさと土下座しろ
と父親失格の台詞オンパレード
エリカもエリカで
自分が住まない家の生活費を払う気は無い
どうせ泣きついてくるのだから
今のうちに土下座しろ
と2人揃って喚いていた
しかし
金は自分で何とかする
出るとこに出たら困るのは2人である
もし泣きついて帰って来たら土下座でも何でもしてやると伝えたところ
父親からは
「エエからサッサと出て行け!!」と言われ
エリカからは
「二度と顔を見せんな!!」と喚かれ
アパートの鍵を投げつけられた
すぐにその鍵を拾い上げ
私服数着に学生服に目覚まし時計と歯ブラシにタオルをカバンに詰め
飲み物7本と共に右手に持ち
丸めた夏用布団を左手に持って
背中には学生カバンを背負い
自転車に乗り込んで
現在に至るというわけだ
家を出るとき何か後ろで喚いていた気がしたが気のせいだろう
(だからアホ2匹を相手にするのは嫌やってん
面倒な事この上ないとはこのことやで……
まぁでも取り敢えずは解決や
これからなるべく関わらんようにせんとな)
S店前の交差点を左に曲がり
左手に見えるスーパーの前通過して
そのまま直進
暫く行けば右手に床屋が見えてくる
そしてその隣にある
古い土壁木造建ての小さなアパート
そしてその一番奥が新しい我が家だ
(おー懐かしい…ここやここや)
お世辞にも綺麗とは言えない古い瓦屋根
風呂無しキッチンありトイレありの
6畳一間で日当たりは最悪
ガスコンロは1つだけの粗末なもの
家賃が安いのだけが唯一の救いの18000円
(まぁ住めば都や…貧乏生活は慣れてるわ)
自転車をドアの横に停め鍵を開けた
当然中は真っ暗…恐る恐る中に入る…
足に当たる何かをそのまま足で退かし
電気の紐を探す
漸く手に当たった紐を捕まえて
カチッと引っ張る
パッと明かりに照らされたそこには……
錯乱するゴミ…ゴミ…ゴミ…
と更には足元から変な匂いが漂う…
思わず声を上げそうになるが夜中なので
グッと飲み込んだ
(うわっ!!!??
昔に荷物運んだ時より遥かに汚いやんけ!!
ビールの空き缶をぐらい捨てろや!!
それから何やこの腐った様な臭いは……
このスーパー袋からや…
何やこれ……食べかけの弁当か!?
あのババア何考えてんねん!!?
より一層嫌いなったわ!!!
とりあえず空き缶と燃えるゴミ燃えないゴミを分けよ……あのババアの荷物は…
多分ゴミ以外はこの布団だけやな
ていうかこんな臭い布団いるんかな……
いや……捨てよう
俺の独断と偏見で要らんと判断した
明日は金曜で丁度粗大ゴミの日やし
何か言われても知らんで通したらエエやろ
片付けて早よ寝よ)
それから約1時間ゴミの分別をして
何とか寝るスペースを確保
目覚ましを8時半にセットし
夏布団の上にゴロリと横になった
(しかし実家の家事は誰がするんやろ……
この部屋の様子やとあのババア掃除洗濯せんでエエから実家に入り浸ってたんやろなぁ…
まぁ…も…う関係…無いわ)
昼間の学校に夜のスロット
深夜の決別に新しい部屋の掃除
疲れ果てたアタルは知らぬ間に意識を失った
8時30分
ジリリリリリリリリリ…ガチャ
懐かしい目覚ましの音に無理矢理目が覚めた
部屋が蒸し風呂の様に暑い……
この夏は最悪でも扇風機が必要になることを実感させられる暑さに嫌気が差す……
(あっついわぁ……)
持ってきた飲み物の袋から1本だけあった
烏龍茶を取り出し一気に飲むと少し気分が
マシになった
顔を洗いタオルで拭いながら
今日の予定を確認する
(さぁグズグズしてられへん
今日はやること多いんや早速出掛けんと)
異常に臭い布団を持ち
シャツだけ着替えて鍵を閉め
そのままアパート横の電信柱下にある
粗大ゴミスペースに布団を放り投げる
(オルァ!!悪臭退散じゃい!成仏せえよ!)
朝からそんな心の叫びをしたとは思えない程
何事も無かった様な清々しい顔で
隣の床屋へ向かう
丁度サインポールを準備していた
床屋の店主らしき男性に挨拶する
「おはようございます、もういけますか?」
「あぁおはよう早いなぁもうやってるで
8時半からや、どうぞ」
カラーンとドアを押し中へ
「座ってやどうするか決まってるか?」
座りながら注文を告げる
「はいシャンプー無しの丸刈り6ミリでお願いします」
クロスを掛けながら尋ねる店主
「そうかシャンプー無しは痒なるで
エエんか?」
「この後に銭湯行くから大丈夫です」
「おっ朝風呂か贅沢やなぁ」
そんな会話をしながら
バリカンを使って10分程で丸刈りに
「よっしゃ完成や1000円やで」
鏡を見るとそこにいたのは
27年後には自らの定番となった坊主頭で
顔だけが若い自分の姿が写し出されていた
(ハッハッハ坊主はいつも通りやけど
顔だけ若いから何か変な感じやな)
注文通りの仕上がりに満足し
金を払って席を立つ
「はい コレ 早うからありがとうございます 助かりました」
「いやいやこちらこそおおきに
ホナこれお釣り9000円」
カラーン
「ホナどうもです」
「おおきに また来てや」
続いてはアパートに戻り
新しいパンツとタオルを袋に入れて
自転車に乗り約3キロ先のホームセンターを目指す
アパートを出て右に進み
本屋の手前の交差点を左へ
そのまま真っ直ぐ銭湯前を通過し
そのまま真っ直ぐ突き進み
片側2車線の広い国道に出れば
道の向かいにはホームセンター
9時開店のため3分程待って店に入る
目指すは作業服コーナーだ
店の中程にそれらしきコーナーを見つけ物色する
(うーん結構するなぁ今の時期やから下だけでエエんやけど…
コレは安いけどパッと見ではチノパンにしか見えん却下やな
おっ?コレええやん!サイドにポケットがあってちょい大きめで薄い青の作業用ズボン
1480円!決まりや)
目的にバッチリ合った商品を見つけ
次へ向かう次はレジ横にあるメガネ売り場
(おっ!サングラスどれでも750円か
昨日コンビニで買わんで良かった
さぁどれがエエか…
いやドラマの刑事ちゃうねんから真っ黒のティアドロップは無いわ…
こんなテカテカしたやつもアカンわサーフィンとかスノボ行くんちゃうし…
うーん…まぁこれやな、小さめ縁ナシの黄色
何かVシネの怖い人みたいやけど一番マシや決まり)
作業用ズボンとサングラスの2つを持って
レジへ行き、お会計
お値段ら税込2297円
店を出る際
メガネ売り場にある時計を横目で見ると
時刻は9時8分
自転車に乗り急いで来た道を戻る
わかってはいたがもうあまり時間が無い
銭湯に着き自転車を脇に停め
360円の券を買い
番台のオバちゃんに40円払って
小さな石鹸を買う
急いで服を脱ぎカゴへ入れてロッカーへ
石鹸を包んでいた紙も捨てずに取っておく
朝の銭湯はお年寄りのパラダイスらしく
若いアタルは珍しそうに見られた
すぐにシャワーを浴び
刈りたての頭に残った毛を流す
(うおー!!気持っちええわぁ!!)
2日ぶりのシャワーは最高に気持ち良く……
毛が落ちきったらタオルを使って
全身を石鹸で丸洗い
こういう時も坊主は楽だ
洗い終わったら泡をシャワーで流し
10分程湯船に浸かる最高の瞬間
「ハァーァ」
思わず声が出る
(あんまり風呂好きちゃうけど久しぶりに来るとエエもんやなぁ……)
10分程経った頃
まだ浸かっていたいという欲求に
ボウズの為ない筈の後ろ髪を引かれるが
涙を呑んで絞ったタオルで全身を拭いた
タオルを絞る身体を拭くを3回繰り返し
完全に水気を取ってから上がる
バスタオル無しでも銭湯に行けるのは
貧乏性な40歳の成せる技だろうか……
更に小さくなった石鹸を入っていた紙に包み
新しいパンツを履き白いTシャツを着る
下は当然買いたての作業用ズボンだ
裾を折り長さを調整しながら番台の時計を見ると時刻は9時41分
(あっ!不味い!)
銭湯を飛び出し真新しいサングラスを掛けて
自転車に跨り急いでアパートへ
自転車をアパートのドア前まで乗り付けて
鍵を開け古いパンツと小さい石鹸の袋を置いて飲み物の袋からサイダーを掴み
急いで鍵を閉める
アパートからS店までは直進約2キロ
急げば開店5分前には間に合う計算だ
昔のパチンコ屋は開店5分前に客を入れ
座らせて待つ店がほとんどなので
何とか間に合いたい
S店に向かい自転車を漕ぐ
途中右手にスーパーが見え
今日はまだ何も食べていない事に
気付くがそれを無視
前カゴのサイダーが暴れているが
それも無視してひたすらペダルを漕ぎ続ける
S店に到着した頃には頭に巻いたタオルは少し乾き、銭湯に行ったのに汗ダクだった
店の前には15人程の常連客だろうか
昨日アラⅡで見た顔を2人ほど確認した
その内1人は手前にいた怖すぎる中年男性
常連同士で開店前のこの楽しい時間を喋りながら過ごしている
なるべく顔を見ないように店の端に立ち
店の中にある時計をガラス越しに見ると
時刻は9時54分
ギリギリ間に合ったようだ
(1分前か…何とかいけたな)
ホッとしてガラス越しに映る自分の姿を見る
思わず吹き出しそうになった
タオルの巻かれたボウズ頭に
縁ナシ黄色のサングラス
白いTシャツと
裾を折られた水色の作業用ズボン
少しヤンチャな若い作業員か工員を思わせる
男がサイダーを持ち映っている
問題点を修正したの結果だ
昨日のアタルの格好はやはり幼く見えた
中途半端に長いセンター分けの頭に
英字の書かれた青いTシャツと
黒いジャージにスニーカー
中1にしては大柄とはいえ
164cmの男がこの格好では少し不味い
顔は祖父譲りの鋭く細い目と………
あまり嬉しくはない大きい顔のお陰で問題無いのだが……
(ヨシこんで問題点は一応解決したな
3297円掛かったけど無駄にはならん筈や
坊主は安上がりやし
サングラスは自転車通いやから役立つ
作業用ズボンはこの解決策の要やからな!
見た目は解決した…後はコインを出して
稼ぐんや計画通り行くでぇ!)
これまで培った経験から編み出した作戦
まず1つ目は
昨日のニューパル215番台に座り
据え置きの判別が出来るのかを確認
昨日帰り際に仕込んだ仕込みが気になる
それからモーニングの台数と
モーニング狙いをしている客の数をチェック
後は朝イチに何か店側からのヒントは無いか
裏モノにリセットモーニングは無いか
常連の朝の動きはどうか
知りたい事は山の様に多い
次の2つ目は
この店がダメだった場合
急いで最寄り駅の反対側にある2店を
チェックしに行く予定だ
機種構成や客の感じモーニング等の状況は
知っておきたいが恐らく今日打つ事は
無いだろう
そして3つ目
最後は2店をチェックした後
全く反対側の先程行ったホームセンター近くにある店をチェックしそのまま北上
途中に店があればチェックし
駅2つ離れた急行の止まるあの駅に行く…
理由は勿論……あの日見た
今日15時新装開店のコンドルだ
(これが全部無理やったら明日からモーニング狙いで資金を貯めるしかない
でもモーニング狙いは店によって
常連にも店にも嫌われる可能性高いから
あんまりやりたない……
ヒラの客が出禁になる一番の原因は
常連とのトラブルやからな…)
キィキィキィキィギギー
「よっしゃええでー走らんとってやー」
シャッターが開き、店員が開店の合図を出した
その途端、客が流れ込み一斉に走り出す!
10人程はパチンコのシマへ走り
他の5人は全員スロットのシマへ
アラジンⅡの下皿がタバコやライターで全て埋まる
(やっぱりな まぁ予想通りか)
そんな台の後ろを通りニューパルのシマへ
既に奥から3人程の客が座っている
(何で!?全員アラⅡ行ったハズやのに!?)
奥から次々客が入って来る
(もう1カ所入り口あったんか!しまった
急がんと!)
慌てて狙い台215番に座り
両隣の台下をチェックすると
昨晩仕込んだコインが216番だけ残っていた
(出目は昨日と変わってないけどニューパルはガックンわからんからな)
一応自分の台も確認するがやはりコインは残っていない
頭のタオルを外し汗を拭いながら持っていたサイダーを開け席を立とうか少し迷っていると横から声が聞こえた
「あれ?ひょっとして昨日のニィちゃんか?
どないしたんやボウズなって!?」
「あ、オバちゃんおはようさん!」
温くなった
3ツの矢が目印のサイダーを飲みながら
左手を挙げ元気に挨拶した