下り松に上がり関
7月20日 木曜日 11時47分
体育館で教頭の話を聞き流しながら
明日からの夏休みが待ち遠しくて堪らない
そんな表情をする生徒達
そんな中……
手を前で組み沈んだ顔の生徒が1人
1年4組11番 神崎 中 その人だ
中1になり小さくなったとはいえ
元々大柄のアタルは男子26名の中でも後ろから2番目の位置にいた
(ハァ……アカンかったか
そんな気はしとったけど………
実際なったらヘコむなぁ…)
昨日実家に着いた後
自分の部屋兼物置にサッサと入りすぐに寝た
しかし結果はご覧の通り
中学1年生お決まりの大きめのに作られた学生服に袖を通し、今現在体育館の後ろに立たされているのだった
(25年振りに学生服着るとはなぁ…やっぱり神様はおらんか…これから先どないしよ…)
先の事を考えるとどうしても気が滅入ってしまう…朝から続く雨模様もそれに拍車を掛ける
(今日こそオトンに会うやろうし…
気重いなぁ…
それにこの身体は燃費悪過ぎるわ
まさか腹減って目ぇ覚めるとは思わんかった
朝パン3枚も食ったのにもう腹減ってきたし
ジィちゃんゴメン…あの3千円食費で無くなるかもしれんわ許してやダブルアール)
キーンコーンカーンコーン
憂鬱な気分のままお昼休みの鐘が鳴った
壇上の教頭がそれを合図に終わりの礼をする
「えーそれでは終業式を終わります
全員前を向いて!一同!気を付け!礼!
ありがとうございました!」
それまでの沈黙が爆発するかの様に
一気に騒がしくなる体育館
各クラスの担任が声を上げ注意する
アタルのクラスでも同様に
4組担任の松谷
通称 松センが声を荒げた
「オラ!静かにせぇ!後ろから順番に教室帰れ、まだ終わってないぞ!」
その声を聞き
続々と教室に戻って行く4組の生徒達
アタルもそれに習い教室へと向かう
しかし
「オイ神崎!オマエは職員室行け!」
一瞬驚いたが理由が分からず尋ねる
「あのー…何でですか?」
(ハァ?何もしてへんぞ?)
「プリントと宿題や!夏休みの宿題配らなアカンからオマエ教室まで運ぶの手伝え!
デカイ身体しとるんやからクラスの役に立て!」
実は当時
アタルは松センに目を付けられていた
バレー部の顧問も務めていた松センは
大柄なアタルを事あるごとに勧誘
しかし実家の掃除や洗濯を全てやらされていたアタルにそんな暇は無く
事情を説明し全て断っていた
ところがそれが気に入らなかったのか
それ以来元々気弱な性格のアタルは色々な雑用を押し付けられていたのだ
チッ
思わず舌打ちが出てしまう
が…この場では仕方がないと思い
嫌々ながらも了解を伝える
「わかりましたぁ…」
(イライラすんなぁ…何でこんなヤツに…)
渋々職員室に向かうアタル…しかし
「オイ神崎!オマエ今舌打ちしたやろ!?
何やその態度は!えぇ!?」
(うわバレてるやん)
咄嗟に惚けるアタル
「いや、してませんけど…聞き間違いちゃいます?」
しかし
「いや確かに聞いたぞ!指導室来い!
許さんぞ!」
そう怒鳴りながらアタルの腕をグッと掴む松セン
しつこい松センの態度と中学時代の記憶
昨日から自身に起こっているあり得ない現象
これから先の不安
様々な要因が重なりアタルの精神状態は限界に来ていた
(元には戻らんし
オトンと会わなアカンし
腹は減ったし
新装のコンドルは打たれへんし
タバコも吸えん…
その上に雑用押し付けられて…
それに元々はコイツの逆恨みやんけ!!
大体コイツ20代後半やろ?こっちは40やぞ…
何でこんな目上への礼儀も知らんヤツに
指導室で説教されなアカンねん………)
今の自分は13歳の見た目であるということも
逆恨みと雑用以外は松センに関係ナイということも忘れてしまったアタルは遂に…
危険な思想に辿り着いてしまう
(ヨシ……わかった …
…もうわかった
…殴ろ…一言いうてから1発だけ殴ろ
それでチャラにしよ)
そんなことには気付かず、生徒に舌打ちされたことに怒りが収まらない松セン
「何しとる!!はよ来い!!」
そう怒鳴った瞬間
アタルは掴まれた腕をバッ!!と振り払い
松センの顔をギロッと睨みつけた
大きく息を吸い込み…
そして吹っ切れた様に口を開いた
「エエ加減にせぇよコラァ!!!!!
バレー部勧誘蹴られたからって逆恨みして
毎回毎回雑用押し付けやがって!!
普通は日直の役目やろが!!
身体がデカイから役に立てやと!?
ほんなら俺の後ろにおる西岡に頼めや!!
どう見ても俺よりデカイやろうが!!
それとも何かコラ?バレー部期待の西岡は
お気に入りやから雑用の押し付けは免除してんのか?何が指導室じゃボケ!!!
今すぐオドレ殴って指導室でも何処でも行ったらぁ!!!! 」
普段から気弱でウドの大木だと思われていた
アタルの豹変っぷりに先程まで騒がしかった体育館は静まり返り
残っていた生徒達もアタルから目が離せなくなっていた
そしてあまりの豹変に我を失い
呆然となる松センにアタルの拳が振るわれようとした
その時
「神崎!やめとけ!!」
ガッと力強い手がアタルの右腕を掴み
その拳を止めた
「関口センセ…」
その顔を見た途端、力が抜けるアタル
それを確認した後そっとアタルの腕を離し
松センとアタルの間に入る関口
背は小さいながらガッシリとした身体つきをしたジャージ姿の教師の優しい声が聞こえた
「おっワシのこと知ってんのか?嬉しいなぁ
1年やから技術工作の時間ないやろ?てっきり知らん思っとったわ」
技術工作の担当兼2年2組の担任 関口
通称 関ぐっさん はアタルが学生時代に唯一尊敬する教師だ
厳つい顔をしているが
言うことにはいつもちゃんと納得出来るだけの理由があり気弱なアタルをいつも助けてくれた
関ぐっさんが松センに言う
「松谷先生殴ろうとした神崎が悪いのは分かってます、でもさっき神崎が叫んだ事はホンマですか?逆恨みに雑用押し付け、それからバレー部生徒の依怙贔屓でしたっけ?
ホンマならエラい事ですよ」
慌てて松センが答える
「そんなわけ無いでしょう!?私は生徒に平等ですよ!!」
「そうですか?でも確かに何時も神崎ばかりがプリント取りに職員室来てた様に見えましたが?私はてっきり神崎がプリント取りに来る係やと思ってましたよ?」
「偶々ですよ!!偶然です!!」
「そうですか とりあえず神崎からも事情聞かなアカンし、今回は私に任せて貰えますか?殴り掛かったことはキッチリ反省させますんで」
迫力ある顔をした関ぐっさんに睨まれ
松センは渋々答える
「……わかりました…今回は関口先生にお任せしますわ」
それを聞き
ホッとした表情で答える関ぐっさん
「ありがとうございますホナ神崎、行こか
付いて来てくれ」
関ぐっさんに連れられ皆が注目する中
体育館を後にするアタル
そのまま2年の校舎に入ると
ある部屋の前で関ぐっさんの足が止まった
ガラガラ
「神崎 まぁ入って座り」
「はい」
着いたのは技術工作準備室
2人とも座ったところで
関ぐっさんが話し始める
「神崎……スマンかった 申し訳無い」
急に頭を下げる関ぐっさん
「えぇ 何で先生が謝るんですか?ちょっと意味が分からないんですが…」
「いや さっきも言うたやろ?ワシなぁ
神崎がプリント取りに来る係やと思っとったんや 入学してからすぐ委員とは別に色んな係決めるやろ?黒板消す係とか鍵開ける係とかな、あれ実は担任によって色んな係があんねん…だからてっきりな…ホンマにスマン」
「いやいや なら仕方ないですから 頭下げるのやめて下さいよ 分かりましたから」
「…そうか?何やエラい素直やなぁ…あんだけ派手に啖呵きっとったから滅茶苦茶暴れるのも覚悟しとってんけど…言葉遣いも丁寧やし………ひょっとしてワシの顔怖いか?」
「違いますよ!バレー部の勧誘断ったのとクラスの係決めるタイミング一緒ぐらいやったから 今の話聞いて納得しただけです」
「そうか それやったらエエんや………
でもな神崎…暴力はアカンぞ」
「はい…」
「勿論殴るのも
言葉や行動を強制するのも
アカンことに変わりは無い
暴力は直接的に命を奪うが
言葉だって間接的には命を奪う
ワシは言葉も暴力やと思ってる
だからワシからはこれしか言えん
ええか神崎…
暴力はホンマに最後の手段なんや
理不尽に抗う為の最後の手段や
取れる手段を全て取った後にしか使ったら
アカン諸刃の剣なんや
暴力を使うとな、力の強い方が勝つやろ?
するとな?
どっちが正しいかとか
どっちが間違ってるとか
関係なくなってまうんや
力が強かったらそんでエエってなるのは
おかしいって思うやろ?
ワシから見ても今回は松谷先生が悪いと思う
でもな神崎が取れる手段を全て取った後やとは思えんぞ?
神崎はまだ13歳やから、その取れる手段の使い方が分からんかったんやろうけどな…
それはこれから学んだらエエんや
わかるか?」
「はい すいませんでした…」
(アカン……
関ぐっさんゴメン!
俺ホンマは40歳なんや…
たぶん今の関ぐっさんより2〜3歳若いだけなんや!
手段の使い方もバッチリ分かってんねん
それやのに……それやのに……
殴ろうとするなんて……あぁぁあ恥ずかしいぃぃぃぃ
今や神様!
時間巻き戻すんは今やでぇぇ!!)
その後 しっかりと事情を話し
松センに厳重注意を約束した関ぐっさん
そこからアタルが教室にあった夏休みの宿題を鞄に詰め込み学校を出たのは
13時を少し過ぎた頃だった