第八話 兵士は気づかされる
要達の向かいにいる紫木は左手に付けている腕時計に触れると、身の丈より少し長細い棍棒が現れた。
「ほら、いつでもかかってきていいよ」
紫木は特に構えることのなく、棍棒を地面に突き立てる。
「種崎、お前も昨日みたいに一人で突っ込んでいくなよ」
「うるさい。私に指示しないで」
すると種崎はまたしても地面を蹴り紫木に一人で向かっていった。
要はまたかと、ため息を吐く。
が、今は好都合かもしれない。
要は目を瞑り左手で右肩に触れると小さく口を開く。
「……我、文字を司りし者。文字を纏いて此処に体現する」
すると右肩が薄く光った。服と手で覆っているおかげで近づいてよく見ないと分からないぐらいであり、周りはその光に気づかない。
そして言い終わると目を開き要も紫木に向かっていく。
すでに種崎と紫木は刃を交えており種崎の鎌は素早く振られ手数で押していこうとしているが、紫木の方は簡単にいなしている。
さすが部隊長と言うべきか、その姿は少し余裕があるように見える。
要は種崎の背後から高く飛び上がり紫木の頭上から刀を振り下ろしに行く。
「はあぁ!」
しかし要に気づいた紫木はすぐさま後ろに下がり要の刀は空を切る。
「まったく、あぶないね」
紫木は言葉を漏らすが心では思っていないようである。
「やっぱりうまくはいかないか。……てか種崎、お前一人でやろうとするなよ。これだと昨日と同じになるぞ」
要は後ろの種崎に向いた。
「あんたとやるより一人でやった方がいいでしょ。あんた全然連携も取れないし、動きもさっぱりなんだから足手まといにしかならないのよ」
種崎は吐き捨てるように言う。要も昨日の自分を見れば確かにそう思うが、今は違う。連携の取り方も理解した、動きも憑依文字を発動しているので再備装衣を装備している人にも引けを取らない。
「昨日の俺じゃないから安心しろ」
「何かっこつけたこと言ってんのよ。一日で変わるわけないでしょ。いいからあんたは後ろにいなさい」
「だから大丈夫だって。今の俺なら……」
「⁉︎ ま、前見なさい!」
突然、種崎は慌てて声を出した。種崎の視界に要の背後から紫木が棍棒で一撃を加えようとしているのが入ったからだ。
しかし、要は分かっているかのように素早く振り向き、そして冷静に刀で防ぎにいく。刀と棍棒が勢いよくぶつかり合い甲高い金属音が響いた。
「今の俺なら渚さんにも負けないから」
紫木の棍棒を刀で抑えながら要は自信があるように言う。
そして要は棍棒を押し返し、後ろに下がった紫木に刀を薙ぎ払いにいく。紫木は両手で棍棒を持ち受け止める。
しかし要の力が上回り飛ばされてしまう。紫木は右手を地面につけ一回転しながら態勢を整える。
「やれやれ、こんなにも強くなるんだね」
要を見ながら紫木は呟く。そして種崎も昨日と違う要を見て驚いている。たった一度の動きだがそれだけで十分なほど一目で分かった。
「紫木少佐を、押し返した……?」
「だから言っただろ、昨日の俺じゃないって」
「そ、それでもおかしいわよ! 昨日はそんな力なかったじゃない! なんで急にそんな動きも力も強くなるのよ」
「え、えーと、それは……」
憑依文字を使っているから、とは言えるわけもない。
「昨日は緊張してたんだよ。初めての訓練だったし、うまく動けなかったというか」
「嘘つかないで、緊張なんて一つもしていなかったじゃない」
種崎は納得するわけもなく一歩近づいてきた。
種崎が深く追求してき要はどうやってかわすか悩む。こんなことになるのであれば昨日から憑依文字を使用しておけばと後悔する。
要が言葉に詰まっていると、
「ちょっといいかな?」
紫木が二人に声をかけた。
「これは提案なんだけど私の方に黛と花宮を入れてもいいかな。私一人だとどうやらしんどそうだから」
紫木は要の力が予想以上だったのか一人では対処できないと判断する。
「俺は別に構いませんけど」
「わ、私も大丈夫です」
要は問題なく答えたが、種崎は強がるよう答えた。それは内心できるかどうか難しいと思っているからだろう。
「じゃあ黛と花宮、悪いんだけど手伝ってくれるかな」
紫木は距離をとって離れている黛達に首を向けた。
「分かりました」
黛、花宮は紫木の元へ行くと再備装衣を展開しそれぞれマスケット銃と血塗られたような色をした斧を持つ。
「けど僕も驚きだな、要が急に強くなるんだから。花宮はどう思う?」
「え……、わ、私は昨日は初めてだったから…………かな」
「なるほどね、可能性としてはそれが一番高そうだけど」
黛はジッと要を見つめ、紫木は横目に黛が怪しんでいることを察する。
「黛はどう思うの?」
「僕も花宮と同意見ですよ。……ただ、別の理由もありそうですけど。何かは分かりませんけどね」
黛は紫木にいつもの食えない表情を向けた。
この部隊で一番鋭いのは黛だということを紫木は知っている。もしかしたらすでに感づいているかもしれない。
「黛が何を考えているか分からないけど、千歳は人を騙すような奴じゃないよ」
「そうですね、僕も要が悪い人には思えないですから」
黛の言葉に嘘はない。まだ知り合って間もないが要が人を欺いてまで悪事を働く人には見えない。
「ならよかった。それじゃ、いつも通りにやろうかな」
紫木の合図で紫木、花宮は要達に走り出し黛は後方で銃を構える。
対して要と種崎も身構える。
「俺が紫木さんと花宮を抑える。お前は後ろの黛に向かっていけ」
「また私に命令して……。それにあんた一人で二人を抑えられるわけないでしょ」
「いいから、俺に任しとけ」
要は前方の紫木に向かって力強く一歩踏み込む。すると一瞬で間合いを詰め、刀を右から振り払う。
「速いね、ほんとに」
紫木は力では勝てないと先程の交戦で分かっているため後ろに飛び要の刀を避ける。そして紫木が避けたと同時に紫木の背後から花宮が現れ、大きく振りかぶり斧を振り下ろしてきた。
「ご、ごめんなさい……」
要は刀を頭上に持ち上げ花宮の一撃を防ぎに行く。憑依文字を発動しているため軽くはじけるだろうと要は思った。
だが刀が斧と接触した瞬間、要の体に腕から凄まじい衝撃が走った。
「ぐっ!」
両足が地面に軽くのめりこみ刀を持つ手が震える。最大限の力を込め、要は態勢を崩さないので精一杯になった。
「ま、マジかよ……」
憑依文字を発動している要の力よりも花宮の力の方が勝っていると感じ取り、要の頬にひとすじの汗が流れる。
ここまでの力があるとは、要にとっては大きな誤算であった。もし事前に知っていれば受け止めるなどしなかっただろう。
その押さえつけている花宮の表情は力を込めているようには見えない。
「花宮を甘く見すぎだよ」
隙だらけの要に紫木が棍棒を突き刺しにいく。
「ったく」
要は顔を歪ませながら無理やり抑えている斧を左にいなす、が花宮の力のせいで態勢が不十分の状態になった。
このままでは紫木の棍棒を食らってしまう。紫木もとらえたと思った。
だが、要は刀を地面に突き刺し、それを支えに逆立ちし紫木の突きを避けた。
「俺を甘く見すぎですよ」
要は逆立ちの状態から身体を捻り紫木と花宮、二人まとめて薙ぎ払う。
「っ!」
「きゃっ!」
要のアクロバットな動きに二人はついていけず再備装衣で防ぐも後ろに飛ばされた。
要は左手を地面につけうまく着地する。
「ふぅ、危なかった」
「一息つくのは早いよ」
突如、黛の声がし視線を前に向けると、なぜか後方にいた黛が目の前に迫っている。
「やばっ」
完全に油断していた。二人をひとまず対処し、黛は後方で待機していると勝手に思い込んでいた。この近さだと防御も間に合わない。
やられる、そう思った瞬間、
「何一人でやってんのよ!」
要と黛の間に頭上から種崎が現れ黛の攻撃を防いだ。
要に不満をぶつけながら種崎は黛に向かって鎌を左から薙ぎ払いに行く。黛はここで無理に粘る必要もないと判断し、紫木と花宮がいるところまで後ろに飛び下がった。
種崎のおかげで要は助かり、横に並び立つ。
「助かったよ、あのままだとやられてた」
要は珍しく種崎に感謝を述べるが、種崎には聞こえていないのか眉間を寄せながら首を要に向ける。
「あんた馬鹿なの! なんで何もかも一人でやろうとするのよ。これは連携のための演習よ」
昨日、要が種崎に言った言葉をそのまま返された。
「分かってるよ。だからお前に指示だしただろ」
「それ私が昨日したことと同じじゃない。猿じゃあるまいし、あんたマネしかできないの?」
種崎の言葉で要の苛立ちゲージが徐々に上がっていく。
「それで昨日うまくいきそうだったから今回もしたんだろ。それに、お前も昨日は一人でやろうとしてただろ」
「それはあんたが動けてなかったし連携もとれなかったからでしょ。自分の不甲斐なさを私に押し付けないで」
二人は喋る言葉に徐々に熱が入っていく。
「だったらさっきはどうするつもりだったんだよ。前衛が二人、後方に一人に対してどっちかが前衛を抑えるしか方法はないだろ。お前が不甲斐ないから俺が前衛に向かって行ったけど、お前一人で抑えれたのか?」
「あんたの思考回路はどこかでショートしてるのかしら。それだけしか方法がないと考えるのがまずおかしいのよ。二人で前衛を抑えるとか思い浮かばないの?」
「それだとこっちのジリ貧だろ。向こうには後方からの援護射撃もあるんだぞ。こっちの方が不利なんだから早期決着をつけるのが妥当だろ」
「だから、距離も離れないし連携も取れる二人で前衛を倒した方が早いでしょ。東日本軍の戦術でもそうあるのよ。早期決着をつけるんだったらこっちの方がいいに決まってるわよ」
「お前は規則に縛られすぎだ。俺の方が正しい」
「いいえ、私の方が正しいわよ」
二人はどちらも譲らず、次第に向かい合って言い争っていた。そして二人がいがみ合っていると、
「えーと、二人ともいいかな」
紫木の声で要と種崎は我に返りあたりを見渡す。
周りには紫木、黛、花宮と三人に囲まれていた。
「意見をぶつけ合うのはいいんだけど……、今は演習中だよ」
要と種崎は同時にあっ、と声を出し自分達の立場を再確認した。
「まったく、君たちは夫婦漫才でもしたいの? 実際にやりながら戦術理解を深めていってほしいのになんで言い争うかな」
「わ、私は悪くありません。こいつが連携を取ろうとしないのが」
「そういう種崎は連携を取ろうとしてたの?」
紫木の言葉で種崎は言葉を詰まらせる。
「君は昨日よりも連携を取ろうとしてなかったよ。千歳が一人でしてるって言ってたけど君の方が一人でしてるように私は見えたけど。最初は一人で突っ込んで来るし、後に二人で前衛を倒すって案出してたのも早く千歳に言うべきかな。もっと千歳を頼らないと、部隊が崩れてしまうよ」
「す、すみません……」
種崎は視線を落とし反省する。
「だから言っただろ、俺が正しいって」
「千歳、君の方が酷いからね」
調子に乗った要にすかさず紫木が注意する。
「え……」
「え、じゃないよ。動きがよくなったからか知らないけど、雑な連携しかしようとしてなかったよ。おそらく多少動きが合わなくても力技でなんとかできるって思ってたんじゃないの?」
「そ、それは……」
「君が一人で二人を相手しようとするのは百歩譲っていいとしても、そのあとのことは考えてた? 種崎を黛の方に向かわせたとして、もし種崎がやられたらどうしたの。距離があって助けることはできないと思うけど」
「じ、じゃあ、あの時はどうすればよかったんですか?」
「それは種崎が言ったようなことかな。お互いの距離が離れないようにある程度近くで行動する。で、前衛を倒しに行ってもいいし、後衛を素早く倒してもいいと思うよ。けど連携はお互いを守るためにあるからね」
要は紫木の言葉であることに気づかされた。
要が昔いた西日本軍はすべて一人でどうにかするのが基本であった。自分の身は自分で守る、それが普通だった。そして東日本軍にきて、昨日の訓練で東日本軍では連携をとることを学んだ。だが要はここで勘違いをしていた。要は連携というのは敵を倒すためにするためのものだと思っていた。
しかし本当は味方を守るための連携である。お互いの位置を確認し、状況を把握し、守り合う。それが東日本軍の戦い方だ。
「そういうことですか」
昨日と今日の訓練で要は理解する。
「その様子だと分かってくれたみたいだね。早く終わってしまったこの訓練にも意味があったかな」
早々に終わった訓練は二人のせいでもあるが、昨日の訓練もある。紫木はきりがいいので今日はこれで解散してもいいと考えた。
「じゃあ早く終わってしまったけど今日はこれで終わりにしようか。みんな疲れていると思うから明日は休みにしようかな」
要は刀を鞘にしまい種崎達も再備装衣を元の形に戻した。




