第六話 兵士は決意する
種崎達と別れた要は寮とは違う方向へ向かっている。
紫木のいる部屋は要達の寮とは違い本部棟の中にある。この部屋は部隊長専用の部屋であり、全二十部隊の部隊長にそれぞれ与えられる。その使い方は基本自由であり、ほとんどが私物化している。
紫木の部屋は本部棟の四階にあるので要は階段を上り向かう。そして部屋の前まで来た要は部屋を確認しノックした。
「どうぞー」
相変わらずのやる気のなさそうな声が中から聞こえた。
要は失礼しますと言いながら入ると、紫木はテーブルを挟んで向かい合っているソファの一つに座っていた。
質素な感じの部屋で特に物は置いてなく、奥にキッチンがあり冷蔵庫が置いてあるくらいだ。
「お、来たね」
入ってきた要に首を向けた。
「わざわざ呼んで何の用ですか?」
「まあまあ、立ってるのもなんだから座ったら」
紫木が手招きし、要は紫木とは反対のソファに座る。
「何か飲み物でもいる? コーヒーとか紅茶もあるけど」
「じゃあ紅茶でお願いします」
「おっけー」
紫木はソファから立ち上がると奥のキッチンの方へ行った。その間に要は部屋を見渡す。
「それにしても何もない部屋ですね」
「まあね。正直持て余してるのよ。私には部隊長の部屋とは別にもう一個部屋があるから、こっちはほとんど使っていないし」
「他の部隊長もこんな感じなんですか?」
「どうだろ。普通はこんな感じなんじゃない。あまり行かないから分からないけど、使わないのは仕方のないことだと思うけどね。建物のわりには人が少ないんだし、長期の戦争のせいでね」
紫木はキッチンの方から戻ってきてテーブルに紅茶とコーヒーを置く。
「はい、どうぞ」
「どうもです」
要はコップを掴み一口だけ含むとをテーブルに置いた。
「それで、種崎から話は聞けたの?」
要はなぜ呼んだのか聞こうとしたが、先に紫木が切り出してきた。そして要は種崎の部屋での出来事を思い出す。
「その、ちょっと色々あって聞けなかったです」
なぜ聞けなかったのかは当然言わない。
「そうなんだ。ま、種崎もあんまり言いたくはないだろうしね」
紫木は視線を落とす。それはどこか聞いてなくてよかったようである。
「過去にそんな大変なことがあったんですか?」
「あったかな。……まるで、君のようにね」
紫木は視線を要に戻す。そして今度は要が視線を外した。
「まあ君の場合はありすぎたくらいかもだけど。近頃また戦争の話も聞いてるしね」
「また、ですか」
最近までは小さない争いしかなく、これといった戦争は起きていなかった。大きな戦争といえば一年前の戦争くらいだ。だが紫木がこのように言うということはもうすぐ戦争が起きるかもしれない。
「要にとっては東日本軍の部隊に所属してまもないから嫌だろうけど」
「俺はいつでも戦争は嫌ですよ。それに…………」
要はその後の言葉を言いにくそうに切った。
紫木は要の言いかけた言葉を察する。
「そうだね。要は……」
紫木はあえて一つ間を置いて、
「要は元々、西日本軍だったからね」
紫木の言葉に要は何も言わなかった。
「一年前の戦争で私が君を見つけたせいで、君は東日本に所属してしまったから……」
紫木は自らを皮肉る言い方をし、少し哀愁を帯びた表情に要は気づく。
「自分のせいだなんて言わないでくださいよ。俺は渚さんに感謝しているんですから。あの時、渚さんじゃない人に会っていたら俺は今頃どうなっていたか……」
要は一年前の戦争を思い出す。
一年前、要が所属していた西日本軍はある地方の制圧をしていた。日が経つにつれ優勢になっていき五日目には勝利目前であった。
要は勝てると思っていた、いや要だけではない、ほとんどの西日本軍は勝てると思っていただろう。そして最後に要の所属する部隊が奇襲をし戦争が終わると思っていた。
しかし、ある時を境に形勢が逆転する。
奇襲をしに行った要達だが、何故か要達の居場所がばれていたのだ。
当然、奇襲は失敗。さらには逆に待ち伏せされており要の部隊は崩壊してしまった。
ここから東日本軍の攻めが始まる。奇襲を失敗した西日本軍は統率のとれた東日本軍に押され、最終的には負けてしまった。
要は攻撃をくらって気が失ってしまい、気がつくと周りには味方はいなかった。
そして目の前には紫木が立っていた。捕虜として捕まってしまうのかと、要は諦めたが予想に反して紫木は要の手を取ったのだ。
その行動の意味は分からない、しかし要はそのおかげで今ここにいることができている。要はそのことにとても感謝しており、この恩はいつか返そうとも考えている。
「でもなんであの時、俺を助けたんですか? 渚さんにとっては危険な行為でしたよね」
要の言う通り敵の兵士を捕虜とせず勝手に、かつ秘密裏に保護するということは暗黙でしてはいけないことだと決められている。法律で決められていることではないが、する人などいるわけもない。
「いつも言ってるけど、気まぐれよ」
紫木ははぐらかすように微笑んだ。
要がいつ聞いても同じ答えが返ってき要はなぜ助けてくれたのかは知らない。
だがそれでもいいと考えている。どのような理由があれ要は助けられたのだから。もし捕虜として捕まってしまえば一生の自由が無くなり、要の叶えたい願いも潰えてしまう。
「それよりも今日は用があって呼んだんだから」
そういえばそうである。要がここに来た理由は紫木に呼ばれたからだ。
紫木は真剣な眼差しで要を見た。
「私がここに呼んだのは、君の覚悟の確認と言うのかな。要は今でも東日本軍に所属していたいと思う? 今だったらまだ除隊もできるし戦地から離れた場所で住むこともできるよ」
それは東日本軍として生きていくことに後悔はしないのか、仲間と戦う覚悟はあるのかという意味があった。
「渚さんはほんとに優しいんですね」
紫木の言葉に要は口元を緩めた。
「これは冗談で言ってるわけじゃないんだよ。兵士としているということは元西日本軍だと知られる可能性も高いし、なによりも君はこれまでの仲間と戦うことになる。それは想像するよりもとても、とても辛いことだよ」
紫木の言葉は重く、そして要の脳裏に過去の仲間が思い出される。
「私としてはどこか平和な場所で暮らしてほしいと思っているけど……」
「渚さん」
要の小さく発せられた言葉が紫木の言葉を止めた。
「俺は今も昔もやりたいことは一つだけです。……この戦争を終わらせる、そのためなら西日本軍とか東日本軍とか関係ないですよ。それに俺はあの時、俺の人生は終わったと思いました。けど渚さんが俺を生かしてくれた。あの時も渚さんは遠くの方へ逃がそうとしてくれましたけど……、俺は生かされた事をこの戦争を止めるために使いたい」
要は自分でも分かっている。この戦争を止めることは不可能に近いということを。
だが、それでも終わらせる。今は先が見えないが、そのためには東日本軍に所属するのが最善の策だ。そして幸運なことに要は稀有な憑依文字を持っている。決して可能性はゼロではない。
「じゃあ、もし元仲間が殺しにきたら君はどうするの?」
「もちろん俺は殺しませんよ。それで戦争がなくなるなんて思わないですし、俺は俺のやり方でこの戦争をなくそうと考えてますから」
要の決心は固く決まっており紫木も納得する。
「そう。そこまで言うのならもうこのことは聞かないわ。だけど憑依文字はしっかり隠してね。それと再備装衣を装備しているんだから戦闘の時はちょっとは能力使いなさい。でないと怪しまれるから」
「そうですね。俺も今日の訓練でついていけないことを痛感しましたから」
「あ、そうだ」
紫木は思い出したかのように言った。
「何ですか?」
「いや、大したことじゃないんだけど、黛に明日の訓練は今日と同じ中庭集合って伝えてくれない。同じ部屋でしょ?」
「分かりました」
「種崎達は私から連絡しとくから。んじゃまた明日」
要は軽く礼をした後紫木の部屋から出ると、夕日が廊下の窓から差し込んできた。
要にとっては東日本軍に所属して最初の日が終わり、これからは東日本軍として生きていかなければならない。
だが、後悔はしていない。
紫木の言うとおりに遠く離れて暮らせばそれは幸せだっただろう。
しかし要は茨の道を選んだ。ただこの戦争を止めたい、その思いが要を動かし、だから要は茨の道を選んだのかもしれない。
この先の不安はもちろんある。いつ憑依文字が知られるかわからない、いつ元仲間と戦うことになるか分からない。
だが、それを理由に逃げたくはない。
要は決意を改めて固くし、橙色に染まった廊下を歩いていった。




