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第五話 兵士は不運に見舞われる


 女子寮の目の前まで来た要。

 一先ず、女子寮内に行くために窓口で軽い手続きを済ませた。


 基本的に軍に所属している人は軍施設の寮に住みこむ。部隊での行動が基本なため同じ部隊の人と二人一部屋が普通であり、種崎は花宮と同じ部屋である。当然、異性での同じ部屋になることはない。


 女子寮と男子寮で一応は分けられているが、男子禁制になっているわけではなく、女子寮に入る際、入り口の窓口で許可をもらえれば誰でも入れる。当たり前だが女子寮の中にはいたるところに監視カメラがあるため悪さはできない。


 要も男であるため女子の部屋へお邪魔するのに多少なりと思うことはあるが、行く相手が種崎である。出会ってすぐ犬猿の仲になってしまったため、その気持ちも苛立ちにすぐ変わってしまうかもしれない。

 さらに種崎と同じ部屋の花宮は黛と食堂へ向かったため今部屋にいるのは種崎一人だけだ。まだ花宮がいれば仲を取り繕ってくれた可能性もあったのだが。


 しかし、今はいがみ合いに来たわけではない。

 部屋の前まで来た要は目的を思い出す。最初に訓練のことで謝らなければならない。とりあえずはそれからだ。


 扉の前で要は一つ間をおきノックする。


「種崎、ちょっと話があるんだが……」


 少し周りを気にしながら小さく発した要。


 だが返事が一切ない。


 聞こえなかったのかと、要は少し不審に思いもう一度ノックする。


「聞こえているのか」


 先程より大きく言うが、またしても返事がなかった。


 紫木は部屋にいると言っていたがどこかに行っているのか。


 要は一応ドアノブに手をかけると、ガチャと回り開いていることに気がつく。


「鍵を開けっぱなしでどっか行っているのか……」


 いや、もしかしたら部屋にいるかもしれない。ただ聞こえなかっただけだと。

 そう思い要はドアを開ける。


「種崎、いるのか?」


 すると入ったと同時に、

「はー、いい湯だったわ」


 浴室から髪を拭きながら裸の種崎が出てきた。


「え」


 要は予期せぬ事態に思わず固まってしまう。


「え」


 気配を察してなのか種崎も要に気づき髪を拭く手を止め固まってしまう。

 

 当然、要の視界に種崎の無垢な身体が映ってしまっている。

 要は膨らみかけた胸から腰にかけて視線を移動し、そして再度種崎を見る。


 視線が交わり固まる二人の間に一瞬の沈黙が流れた。


 それは一瞬の沈黙であったがお互いが思案するのには十分な時間であった。


「な、なんで…………」

 

 最初に口を開いたのは種崎であり、言葉を震わせながら一歩後ずさる。


 要は分かっている。このままでは種崎が叫んでしまい、人が来てしまっては要が犯罪者になってしまうことを。第三者がこの状況を見たら言い逃れや、弁解の余地など皆無である。

 それだけは何としても防がねばならない。


「た、種崎!」


 要は決心し大きな声で呼んだ。それに驚いてか種崎は体を強張らせる。


「な、なに……?」


「種崎、俺はお前に謝らなければならない。勝手に扉を開けてしまったけど…………」


 いける、この流れで謝れば事は解決するはずだ。


 要は意思を固め謝罪するべきことを言葉にのせる。


「悪かった。訓練の時お前の視線に気づかず一人でやって、申し訳ない」


 頭を深々と下げ精一杯の誠意を込めた。


 だが一つ、要は気になった。


(………………ん? いや、待てよ。俺が今謝るべきことはこのことだったのか……)


「ねぇ」


 頭を下げる要に種崎の冷たい声が聞こえた。そして要は顔を上げると、

「なんでそれを今言うのよ!」


 顔を上げた要に強烈なビンタがくらわされた。





 要は左頬を赤く染めて軍施設に設置されているテラスの椅子に座っていた。そして机を挟んで要の向かい側にはイチゴパフェをおいしそうに頬張る種崎が座っている。


「んー、おいしい。一度食べてみたかったのよねこのパフェ。ねえ、これ食べ終わったらもう一個頼んでもいいでしょ?」


 種崎の言葉は質問に聞こえるが、断るなと目で訴えている。

 要は机に右肘をつき一つため息をする。


「はぁ、俺が悪かったからもういいだろ。それにそのパフェ三個目だぞ、俺の財布も気にしてくれよ」


 要はチラッとカフェのメニューに目をやると、そこには今種崎が食べているパフェの値段が三千円と書かれていた。パフェでここまで高いのはいささかおかしい気がするが、種崎がここまでおいしいと言うのだからとてもいい食材を使っているのだろう。


「あんたの財布なんて知らないわよ。そもそも勝手に私の部屋に入ってきたのが悪いんでしょ」


「けどお前も鍵してなかっただろ」


「何よ、私のせいだって言うの? そっちがそう言うなら、このこと広めてあんたを犯罪者にしてもいいのよ」


「うっ……」


 意地悪そうに言う種崎に要は言葉を詰まらせ先程の出来事を後悔する。


 要は種崎の裸を見てしまい、そしてビンタをくらわされた。そのあと暴走しかけた種崎が助けを呼ぼうとしたが要は必死に説得しなんとか止めることができた。

 

 だが種崎は黙っている代わりにここのパフェを要求してきたのだ。


 初めはパフェ一つで済むと安心していたが、誤算が二つあった。

 一つはパフェの値段だ。なぜ軍施設のカフェでここまで高いパフェが売られているのか、要は驚愕した。それと同時に変なところに金をかけているこの軍施設が大丈夫なのかと気がかりになる。


 そしてもう一つは種崎が大食漢だったということだ。パフェなんて一つでお腹いっぱいになるのに種崎は軽々と三つを平らげ、さらにもう一個食べようとしている。その栄養は一体どこにいっているのか。背は小さいし胸にいっているとも思えない、身体の中身が不思議だ。


「なに私を見てるのよ」


 要の視線に気づいたのか種崎はパフェを食べる手を止めた。


「別に、意味があって見てたわけじゃないけど」


「まさか、あの時のことを思い出して…………」


 種崎は要が欲情していると思ってか手で胸を隠す、が要は目を細めた。


「安心しろ。そんな貧相な身体を思い出しても意味ないだろ」


「だ、誰が貧相よ!」


 種崎は手に持っているスプーンを勢いよく要に向け、その声はテラスに響いた。


「あれ、要と種崎じゃないか」


 すると種崎の声に反応してか声が聞こえた。


 声のする方へ要と種崎は視線を移すと、黛が歩いてきていた。

 だが何故か黛はニヤニヤしながら近づいてくる。


「おやおや、二人でカフェデートだなんて隅に置けないね」


「な、なな、なんで私がこいつとデートしなきゃいけないのよ! こんなやつとするぐらいだったら部屋で引きこもっている方がマシよ」


「おい、それはこっちの台詞だ。ここにいるのはお前のわがままだろ」


 と、要が反論するとすぐさま種崎は睨みつけた。

 この目が言わんとすることは分かっている。要はこれ以上言ってはいけないことを悟り、話題を変えるため黛の方へ向く。


「えーと……、でも一也こそ何してたんだ?」


「僕かい? 僕は食堂行ってた帰りだよ。あ、そういえば要に伝言があるんだった」


「伝言?」


「そうそう。部屋に戻った時に言おうと思ってたけど、今言った方がいいと思うから」


「誰からの伝言なんだ?」


「紫木少佐だよ。訓練の時に言い忘れてたみたい。なんか部屋に来いって言ってたけど」


「そうか。わざわざありがとな」


 礼を言う要に対して黛はまたニヤニヤしている。


「なんだよ」


「噂は本当だったんだね」


「噂?」


 要は眉をひそめる。


「食堂行った時に聞いたことなんだけど、紫木少佐が新人の子と付き合っているってね。まさか部屋に呼ぶほどの仲になっているなんて」


 要は再備装衣の部屋で受け付けの人に聞かれてしまったことを思い出す。


 朝の出来事がここまで広がっているとは。要にとっては別にどうでもいいことだが、紫木のためにここは否定したほうがいいだろうと考える。


「それは嘘の噂だよ。俺と渚さんが付き合うなんてありえない」


「渚さん?」


「あ」


 失言してしまった。これでは余計に付き合っているように思われてしまう。


「下の名前で呼び合うほどとは……。種崎も残念だったね。君とは遊びだったらしい」


「だ、だからデートじゃないわよ! それにこいつが誰と付き合おうが関係ないわよ」


「またまたー。ツンデレなくてもいいんだよ」


「ツンデレじゃない!」


 二人のやり取りに要はため息をつく。

 このままここにいてもめんどくさいことに巻き込まれるだけだ。紫木には悪いが早々に立ち去って部屋に向かった方がいい。


 要は机に手をつきながら立ち上がる。


「んじゃ、俺は紫木少佐の部屋に行くから」


「ちょっと、勝手にどこ行くのよ」


 なぜか種崎は要を呼び止めた。


「なんだよ。別にいいだろ」


「よくないわよ。もう一個のパフェはどうするのよ」


 要は視線をパフェに移すと綺麗になくなっていた。

 それのためにわざわざ止めたのかと要は肩を落とす。


「そんなことかよ。それはまた今度だ、金も無くなったからな」


 種崎のおかげで要の財布の中身は空っぽになってしまった。できればもう使いたくはないが、種崎が裸を見たことを言いふらす可能性があるため要はまた今度と言った。


 そして要は後ろに振り向きその場から逃げるように離れた。


 その背中を見ながら黛がポツリと、

「振られちゃったね、種崎」


「ふ、振られてないわよ! い、いや、そもそも告ってないし!」


 種崎は全力の否定をした。



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