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第二十九話 兵士達は帰路につく


「はぁ……、はぁ……」


 土煙が舞う中、光の粒子が要を覆い、じっと茜を見つめる。次第に集まっていた光の粒子も消えていき上半身がほぼ露出している要が現れる。


 全ての決着がついたように要は動かなくなった茜にゆっくりと近づいていき、茜の顔が見える位置まで来た。


「……初めて、あなたに負けたね」


 目線を空に向けたまま掠れた声で茜は言い、その様子から戦う意思はないのだろう。仮に見せたとしても全快の要には勝つことが難しいと分かっているのかもしれない。


「俺だけじゃないだろ」


「ああ、そうだったわね……。私の能力では傷を無くすことはできないから、痛みを我慢するのもしんどいのよ」


 ゆっくりと茜は右手を自分の胸に当てる。軍服は赤色に染まってはいるものの、種崎の一撃は炎によって焼いて塞がれていた。

 しかし、要とは違い治すことも無くすこともできているわけではない。ただの応急処置に過ぎず戦闘中も常に痛みが生じていた。それは左腕も同じである。

 なのでどのみち長期の戦闘になっていれば茜は負けていただろう。


「この傷がなかったらまだ戦えたのに……。なんで彼女、まだ動けてたの?」


「あいつと目が合った時に訴えられたんだよ、まだ戦えるってな。だから俺はあいつの体力がほんの少しでも回復するようできるだけ時間を稼いだ。お前と戦っている時も逐一確認してたしな」


「何よ、それ。東日本軍が板についているじゃない」


 茜にとっては要が西日本軍に戻ってこないことを思い知らされるようで、どこか寂しさを感じてしまう。


「それで、私をどうするの? この場で殺すか、捕虜として捕まえる? それとも一緒に東日本軍で戦おうなんてでも言うのかしら?」


 戦争に負けてしまい諦めたように言った茜。


 だが要は首を横に振った。


「そのどれも俺はするつもりはない」


「じゃあどうするの?」


「茜には西日本軍に帰ってもらうよ」


 要の言葉に茜は驚き目だけを要に向ける。しかし、要の表情を見て考えていることが分かったのか、また目線を空へ向けた。


「……なるほど。私は西日本軍で頑張れってことね」


「俺の考えていることが分かるなんて流石だな」


「何年あなたと一緒にいたと思ってるの。……ほんと、相変わらずよ」


 要のことが分かっているから、考えていることが分かっているからこそ呆れた茜は空へ向かって言葉を投げた。


「まあその……、なんだ。東日本からじゃ見えないことも西日本から見えてくることもあるだろうし、茜には西日本から戦争を無くして欲しいんだよ」


「私をここで逃したらあなたの仲間やあなたを殺してしまうかもしれないのよ?」


「大丈夫だよ」


 茜の質問に疑いを一つも持つことはなく要はすぐに答える。


「だって茜はもうそんなことはしないって分かってるから」


 茜は要を見なくても微笑みながら言っていることが分かってしまう。敵になっても信頼を置いてくれており、信じてくれている。


「これだから、要はずるいのよ……」


 ポツリと茜は言うと、おもむろに右手を空へ向け要はその行為を訝る。


 すると手の平から一つの火の玉が放たれ、天高く舞い上がっていく。


 要は天に昇っていく火の玉を眺めていると、ドンと花火のような重低音が一帯に広がり急な音に肩が上がってしまう。


「な、何をしたんだよ?」


「安心して、今のは撤退の合図だから」


「撤退?」


「そうよ。これで私たちは作戦失敗。ま、放棄したわけじゃないから咎められることはないでしょ」


 どこか吹っ切れた表情の茜は右手を地面につけフラフラと力なく立ち上がる。


「……さてと、私も西日本に戻らないとね。また要と戦場で会うことを楽しみにしてるわ」


 それだけ言うと茜は要に背を向け歩き出す。


「茜」


 だが要は呼び止め、茜は首だけを後ろに向ける。


「なに?」


「……俺を、一年前の戦争から救ってくれてありがとな」


 突然の言葉に茜は要に顔を隠すよう首をすぐに前に向ける。要からは見えないが茜は口角を上げ嬉しそうな表情のまま、

「……ほんと、あなたって馬鹿ね。そんなことは言わなくていいのよ」


 右手を軽く振り歩き出し、要はその背中を眺める。


 茜とは次にいつ出会うかは分からない。もしかしたら会うことはないかもしれない。


 だがそれは東日本と西日本であるうちだ。戦争がなくなれば関係ない。

 そのためにも東日本軍としてできることをするだけだ。何よりも茜はできないなんて言わなかったのだから。


 要は踵を返し種崎の元へ行く。


「終わったぞ、種崎」


 仰向けになっている種崎に要は手を差し伸べた。


「来るのが遅いのよ」


 いつものように文句を言いながらも種崎は要の手を取り立ち上がる。


 種崎の手は要が握力を感じないほど弱く握られ、とうの昔に限界を迎えていたと感じる。

 その姿から本当によく戦えたと思ってしまう。要が来るまで一人で憑依文字と戦い、どれだけ傷つこうが諦めない、そして要を助けてくれた。


「……種崎も、ありがとな」


 要の口から無意識に出てしまった。


「き、急に何言ってるのよ」


 種崎もまさか感謝されるとは思っておらず顔を赤くしてしまう。


「あ、いや……、一応助かったからさ」


「一応ってなによ。私がいなかったら勝てなかったくせに」


 要の眉がピクリと上がる。


 外見は動くこともままらないくらい傷ついているのに口だけはよく動く。


「お前だって俺がいなかったら死んでいただろ」


「あんたがいなくても大丈夫だったわよ」


「嘘つけ、立っているのもやっとなくらいふらふらだぞ」


「う、うるさいわね。あんただって憑依文字が無かったら何十回も死んでるでしょ。上半身裸の変態」


「なっ、仕方ないだろ。こうでもしなかったら勝てなかったんだからよ」


 いつものように二人はいがみ合う。それは戦いから解放された安堵からきている証拠かもしれない。


 すると、

「あー、やっと見つけた」


 突然の声に二人は首を向ける。


 そこには花宮と支えられながら黛が歩いてきていた。おそらく先ほどの音で要たちの居場所が分かったのだろう。


「いやー、二人とも生きててよかったよ。無線機で連絡しても繋がらないんだから、もしかしたらって思ったけど杞憂だったね」


 軽口を言いながら要たちに近づいてき、要も黛と花宮が無事であることが分かり胸をなでおろす。


 それと黛の言葉で耳につけていた無線機の存在を思い出すが、茜との戦闘で燃えて無くなってしまっていた。それは種崎も同様である。


「それにしても二人ともひどい格好だね。まあ、僕が言えたことじゃないけど…………ん? あれ、要……、その右肩にあるのって……」


 黛は右肩の憑依文字を注視した。


 要の服は燃えて無くなっており憑依文字が露出してしまっている。なので黛が疑問に思うのは当たり前である。


 しかし要は黛の言葉を真に受け止める。


 茜にもう逃げないと言ったのだからちゃんと向き合う。たとえ非難されようと過去のことも乗り越えなければ戦争を終わらせるなんて不可能だ。

 要は真剣な眼差しで黛の方へ向く。


「……一也、それに花宮、今まで黙ってたけど俺は西日本出身なんだ。それに西日本軍にも所属していた。隠してて悪かったと」


「へぇー、これが憑依文字なんだね。こんなに近くで見たことないや」


 黛は要の話を最後まで聞かず、まるで傷を忘れたかのように要の右肩に近寄る。


「か、一也?」


 種崎とは違った反応に困ってしまう。


 どうして第八部隊の人は変わった態度を示すのか。覚悟を決めて話した自分が馬鹿みたいに思える。


「これって触ってもいいのかい?」


「あ、ああ……」


 完全に黛のペースに押され、黛は花宮の支えをのけ要の憑依文字をなぞる。


「うわ、本当に刻まれているんだね。凹凸も全然ないし刺青みたいだ。けど少し熱を帯びているね。あ、もしかして能力を使ったら熱くなるとかあるのかい?」


 第三者から見たらそっち系にしか見えない絵面だ。黛は気にしていないが要には耐えきれない。


 要は我慢できず黛から一歩離れる。


「そ、そうだよ。けど人体には影響はないくらいだから問題はない」


「なるほど。でも改めて見るとすごいね、たったそれだけで魔法みたいなことができるんだから。で、要の『無』はどんな能力なんだい?」


 一向に黛の興味が薄れず要はめんどくささを感じる。が、説明しないわけにもいかない。


「……俺の能力はあらゆることを無にする能力だよ。これのおかげで怪我も無くすことができるし、応用したら身体能力だってあげることもできる」


「あーだから要は無傷なんだね。最初見たときなんで上半身裸でいるのかと思ったけどそういうことか」


 やはり黛の考えていることは分からない。

 まず憑依文字のことよりも西日本軍にいたこととか、どうして東日本軍にいるのかとか、聞くことは他にもあるはずだ。


「一也は俺が西日本軍にいたと知ってどう思った?」


 要はあえて自ら質問した。


「ん? どう思ったかって言われると、どうも思わなかったけど」


 まるで種崎と同じ答えである。


「だから言ったでしょ。誰もあんたを責めるやつはいないって」


 すると、要の後ろから種崎が投げかけてきた。


「私も、そいつも、もちろん花宮だって気にしないんだから、あんたも気にしなくていいのよ」


 種崎の言葉に黛は微笑み、花宮は小さく頷く。


 東日本で出会えたのが第八部隊で良かったと、心の底から思える。みんなのおかげで過去を乗り越えれることができ、未来へ歩き出すことができたのだから。


 思わず要の口元も緩んでしまう。


「なにニヤけてるのよ。気持ち悪いんだけど」


「うるせえな、お前はいつも一言も二言も多いんだよ」


「まあまあ、それは帰ってからするとして。花宮、紫木少佐と連絡は取れたかい?」


 二人の痴話喧嘩が始まろうとしたが黛が間に入る。


「う、うん。向こうも、無事みたいだった……ここから、そんなに遠くは……ない」


「よし、それじゃあ帰ろうか」


 戦争の終わりが告げ、黛を先頭に四人は歩き出した。



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