第二十二話 兵士は過去に囚われる
種崎と要の言葉に茜はじっと見る。
「なるほど。要が東日本にいるのはあなたのせいね」
茜の声とともに要は殺意を感じ取り茜の方へ首を向ける。
「あなたが要を変えたのね。昔の……、西日本にいた頃の要を無くしたのは」
ジリジリと茜の身体から熱が発せられ、茜の近くの雑草が黒く枯れていっていく。
「茜……」
「あなたにとって彼女が東日本に縛り付ける足枷なら、私が壊してあげるから」
茜の狙いが種崎だということは一目瞭然だ。茜の殺意が種崎に向けられ、要の位置まで熱を肌で感じる。
「待ってくれ、茜。俺は俺の意志で東日本にいたんだ、だからこいつは関係ない」
「たとえそうだとしても、ここは戦場よ。あなたにとって彼女がどういう人なのかは知らないけど、私にとっては敵でしかないから。殺すのに躊躇はしないわ」
茜は本気で種崎を殺しにくる、そう思ったと同時に茜の右足に炎が集まっていることに気がついた。
「あれは……」
一瞬要は何をしているのか分からなかった、がすぐに茜の攻撃を思い出す。
「種崎!」
声に反応して種崎は要を見るが、要は無視するように慌てて右手を種崎に伸ばしその場から押しのける。
「きゃっ!」
すると種崎が飛ばされた瞬間、種崎のいた位置に大きく火柱が舞い上がった。
「ぐっ」
種崎を押しのけた要の右腕は炎に包まれ顔を歪める。
飛ばされた種崎は尻餅をつきながら驚いた表情で要を見る。
「な、何してんのよ!」
舞い上がった火柱は空へ登るように消え去り、そこには痛みにこらえる要が立っていた。
「何って……、お前を助けただけだろ」
肩から焼け爛れた右腕を抑え、要は苦悶の表情を浮かべる。右腕を覆っていた服は完全になくなっており、痛みからか力が入らず右手は無骨にぶら下がっている。
「そういうことじゃないでしょ!」
種崎はなぜ怪我をしてまで自分を助けたのか分からず、さらに敵の攻撃に気がつかなかった自分の不甲斐なさに苛立ちながら要に詰め寄った。
「私を助けたせいであんたは……」
「そんな心配することないよ」
唐突に、要の代わりに答えるように茜が口を開き、種崎は人ごとのように言い放った茜を鋭く睨む。
「あんたがやったことでしょ」
「そうだけど要はそれだけじゃ死なないよ」
対して茜は落ち着きながら種崎の視線を受け止めるように答えた。
「あんたこいつと知り合いなんでしょ! なんで自分で傷つけておいて冷静でいられるのよ!」
「私の攻撃に要が自分で当たりにきただけよ」
「だからって」
不意に、言いかけた種崎は言葉を切ってしまった。
それは茜が攻撃してきたからではない。目の端にぼんやりと光が映ったからだ。
反射的に種崎は光の方へ視線を移すと、驚愕してしまった。
「え……、どういう……」
視線の先には要の右腕を中心に光の粒子のようなものが集まっていた。要の体に何が起きているのかわからない種崎だが、茜は見知っているように眺める。
そして光の粒子が消え去ると、種崎は息を止めたように固まってしまった。
「う、そ…………」
種崎は声を出すが喉が遮ってしまう。
種崎の視線の先にさっきまでひどく傷ついていたはずの要だったが、それはまるで元から怪我が無かったように立っている姿が映る。
種崎は要の体の変化に驚いているが、もう一つ種崎に衝撃を与えた。
要の右腕の服は茜の炎によって燃えてなくなり、無傷の右腕が肩から露出してしまっている。
そこには西日本軍に所属していれば持っているであろう代物、憑依文字が右肩に刻まれていた。
刻まれている文字は『無』。
「その文字は……」
種崎は『無』という憑依文字に見覚えがあった。いや、種崎からしたら忘れるはずもない文字である。その文字は一年前、種崎を助けた西日本軍の兵士に刻まれていた文字と同じであるからだ。
「……種崎」
何を言えばいいかわからず要は言い淀んでしまった。
一年前、種崎を助けたのが自分であると分かっている。種崎が一年前助けた兵士の憑依文字を知っていることも分かっている。それでも憑依文字を纏っているため嫌でも能力が発動してしまう。
種崎からしたら命の恩人である人物が急に目の前に現れたのに等しい。
「一年前助けてくれたのはあんた……、なの?」
自分の記憶を確かめるように種崎は問いかけ、要は沈痛な面持ちになる。
東日本軍に所属して最初の戦争でここまで知られてしまうなど思いもしなかった。茜に出会うことも、種崎に西日本軍にいたことを知られることも。
自分のやろうとしていたことはやはり無理なことだったのか、今の自分に戦争をなくすなんて夢物語だったのか……。
要の中の諦めは次第に肥大化し、一つの結論に至った。
「種崎……、茜……」
低く、そして重い言葉に種崎と茜は要を見る。
要は一つ息を吸い込み顔を上げた。その表情は先ほどまでの悩み苦しんでいる表情ではない。
決意を固め全てを受け止める覚悟を持って要は口を開く。
「……一年前、奇襲を任されていた俺は独断で瀕死の種崎を助けた。そしてそのせいで西日本軍は負けてしまった。奇襲を任されていたのに敵を勝手に助けたんだから東日本軍に場所がバレるのは当然だ。すべては……、一年前の戦争は俺のせいなんだ……」
種崎と茜に一年前の真実が突きつけられ二人は何も言わず要を見る。
「茜、だから俺はもう西日本には戻れないんだ。俺のせいで……、俺の身勝手な行動で一体どれだけの仲間が傷ついた? 一体どれだけの仲間が死んでしまった? 今更どんな顔して西日本に戻れっていうんだ」
「要……」
「俺は茜が優しいことは知っている。茜はそんなことって言って気にしないのも分かっている。でも他の奴らはどうだ、事実が知れ渡れば恨む奴らがほとんどだろ。……そして何よりも、罪悪感が俺をつきまとって戦うことなんてできないんだ」
ここまで言えば西日本には戻れないことを茜は理解してくれるはずだ。
そして、同時に東日本にも戻れない。
西日本軍にいたことのある人物、さらに憑依文字を持っている人物を東日本軍に置いておくなど不可能だ。
自分に残された道は一つしかない。
罪滅ぼしになるかどうかは分からない、それでも自分にできる唯一な選択だ。
「だから茜、もう一度お願いする。この戦い、俺を裏切り者として連れて退いてくれないか?」
「どういうこと?」
茜は表情を変えないまま聞き返した。
「このまま西日本軍が退いたらそれこそ任務を放棄したと判断されるのは分かっている。だから俺を西日本軍を裏切った兵士として連れて帰れば裏切りを見つけたとして咎められることはないだろ。それに俺は一年前、故意でないにしろ裏切ったんだ。嘘をついて騙すわけじゃない」
要の説明になぜか茜は何も言わない。それどころか表情一つすら変えないでいる。
「これだったら西日本軍は戦果を得られるし、東日本軍は任務を達成できる。どうせ俺に戻る場所はないんだ。だったら俺を使ってこの戦いを終わらしてくれ」
せめて自分の命が種崎と茜の役に立てるなら、一年前から今日まで生きてきたことに意味がある。罪を犯したのだから何も報いずのうのうと生きていくほうが間違っている。
後悔はしていない。
あとはもうこの場から裏切り者として西日本に向かうだけだ。
「茜、俺を西日本に連れて行け。それでこの戦いは終わりだ」
今度は要が茜に向かって手を差し出した。




