第二十一話 兵士は過去に縛られる
すると痺れを切らした種崎が茜に鎌を向けた。
「ちょっとあんた、こいつとどういう関係なのよ。親しげに下の名前で呼んでるけどあんた誰?」
種崎らしく取り繕うことも臆することもなく単刀直入に聞いた。
「私は西日本軍の志波茜よ。要とは訓練施設の頃から一緒にいるけど」
茜も茜らしく落ち着きながら淡々と話し出す。
「こいつは東日本軍に所属しているんだから西日本にいたなんてありえないでしょ」
「それは私も疑問なんだけど、なんで東日本軍の軍服を身にまとっているの? それに私たちには不要な再備装衣もぶら下げているし」
茜は要の持っている刀に視線を向ける。
再備装衣は憑依文字所持者にとってはただの武器であり必要のないものだ。茜のように火を操り攻撃するには邪魔なものでしかない。
「あ、でも要の憑依文字だったら武器としてあった方がいいのかな」
「だから、あんたはさっきから何を言ってるのよ! こいつに憑依文字なんてあるわけないでしょ」
茜は種崎が嘘をついているようには見えず眉をひそめる。
「……本当に、要のこと知らないの?」
ならばどうして要は東日本軍にいるのかと、茜はより一層疑問に思ってしまう。
「ねえ要、これはどういうことなの? あなた無理やり東日本軍としているんじゃないの?」
要を信頼しているからこそ茜は純粋に疑問に思い、それが要の心を痛みつける。
だから言えない。
一年前の原因が自分にあり西日本軍が負けてしまったのだから何を言っても許してくれるはずがない。それなのに報いようとせず、逆に敵に寝返るなど茜から見れば憎むはずだ。
「なんで何も言わないの?」
頭の中でどれだけ言葉を探しても茜を納得させる言葉が見つからない。
「……ごめん」
要は視線を地面に向け、一言だけ発した。それしか思いつかず要には他に言うことができない。
当然、理由を話さない要に茜は腑に落ちるわけもない。
「ごめんって……、それだけで納得できるわけないでしょ。一年前から一体何があったのよ?」
少しの苛立ちを含みながら話す茜に要はゆっくりと顔を上げる。
「……茜」
その声は小さく、そして悲歎を帯びていた。
「何?」
「この戦い…………、退いてくれないか?」
「え……?」
唐突に切り出した要に茜は呆気をとられてしまう。
「急に何言っているのよ……。意味がわかって話してる?」
「……ああ」
「だったら、それができないことも分かっているでしょ」
茜の言いたいことは分かっている。今ここで退いてしまえば任務を放棄したとみなされ監獄行きか、最悪処刑されてしまうのが西日本軍だ。
茜からしたら無茶苦茶なことを言っているようにしか聞こえないだろう。
「……俺だって西日本軍の規則は知ってる。だから今回は東日本軍に敵わなかったのを理由にしてここから退いてくれないか。茜は今回の作戦の隊長なんだろ? それだったら……」
「冗談はやめて」
茜が冷たく言い放ち、要は思わず言葉を切ってしまう。
「昔の要だったら絶対にそんなこと言わないのに……、ふざけているの?」
「ち、違う……!」
「じゃあ西日本軍に戻ってくればいいじゃない」
さも当然のように茜は提案した。予期していなかった言葉に要は目を開け驚いてしまう。
「戻るって……」
「そもそもあなたは西日本軍にいたんだからおかしな話じゃないと思うけど。それにあなたが生きてるって知ったらみんな喜ぶわよ。私もあなたにまた会えて、本当に嬉しかったから……」
茜は要の手を取るように右手を要に向けた。
「こっちに戻ってきてよ」
茜の優しい声に思わず要は手を差し出しそうになる。
が、拳を握りしめ留めた。
その手を握れたらどれだけ楽になれるか、今の自分を解放してくれるか、まさしく救いの手のように思える。
だが、自分は一年前に罪を犯してしまっている。今更どんな顔して西日本軍に戻ればいいのか。それに西日本軍に行くということは東日本軍を裏切ることになる。また同じような罪を重ねるわけにはいかない。
「……悪い、茜。俺は……俺には、その手を握ることは、できない」
「な、なんでよ? もしかして東日本軍にいたから罰せられると思っているの? それは私がどうにかするから」
「違うんだ……!」
「えっ」
要の言葉に茜は戸惑いを見せてしまう。
茜は要を信頼していた、だから要も茜を信頼していると思っていた。しかし、先の要の言葉で裏切られたように茜は感じてしまった。
「どうして…………」
茜の哀しみを纏った視線が要に突き刺さり、要は耐えきれず視線を横に向けてしまう。
心の中では茜を傷つけてしまったことは分かっており、罪悪感が要を襲う。
それでも茜の誘いを受け入れるわけにはいかない。もし戻ってしまえばそれこそ一生、後ろめたさや罪の意識が付きまとい生きていくことなんてできない。
「ねえ」
ふと向いた先にいた種崎が要に声をかけてきた。
「たね、さき……」
これまでの話を聞いて種崎は何を考えているのか、視線を合わせる要は不安に駆られる。
「あんた、西日本軍にいたの?」
それは要が予期していた言葉であった。
そして、もう要を信用してはいないだろう。西日本軍にいた人間など仲間や家族を殺された敵であり憎むべき対象だ。そんな奴と共闘するなど到底無理な話だということは要も分かっている。
「俺は…………」
要の心の中に諦めも生まれてきていた。もうここまで聞かれてしまえば嘘をつくことはできない。ごまかすのにも限界があり正直に全てを話す他ない。
非難される覚悟を決めた要は重く口を開く。
「俺は……、聞いてた通り昔…………、西日本軍にいた」
種崎がどんな言葉を使って非難してくるのか、憎しみを帯びた視線を向けてくるのか、要は怖くて顔を合わせることができない。
「そう」
種崎の言葉は乾いた声のように聞こえ、要はゆっくりと種崎の顔に視線を移すと、
「それよりもずっと気になってたんだけど、なんでさっきからウジウジしてんの。いつもと違って気持ち悪いんだけど」
見当違いの非難をされ要は固まってしまう。
「え……」
「え、じゃないわよ。もっとウザい感じのくせになんで今だけそんな低姿勢なのよ」
なぜ西日本軍出身である要を憎まないのか。種崎の仲間や種崎自身を傷つけた敵であるはずなのに、まるで関係ないように話す種崎が分からない。
「お、お前は……、気にしないのかよ。俺が、西日本軍にいたこと……」
「そんなことどうでもいいわよ」
種崎の口からありえない言葉が聞こえ、耳を疑ってしまった。
それは要を気遣っている言葉でもなく、同情しているわけでもない。ただ純粋に種崎は思っていることを述べ、嘘偽りがないからこそ余計に要を混乱させる。
「ど、どうでもいいって……」
「あんたは過去に西日本軍にいたのかもしれないけど、今は東日本軍にいて私たちの仲間なんじゃないの? それにさっき敵の誘いも断ってたし、何を気にする必要があるのよ」
「俺はお前らの敵だった西日本軍にいたんだぞ。もしかしたらお前の知り合いや仲間も傷つけているかもしれないのに、なんでそんな言葉が言えるんだよ」
「あんたはやっぱり馬鹿ね」
いつもの言葉が要に向けられ、呆気にとられる。
「じゃあ逆に聞くけど、あんたは私や第八部隊のみんなを憎んでるの?」
「……そんなわけ、ないだろ」
「ならそれが答えでしょ。自分でも分かってるくせにいちいち聞かないでくれる」
種崎の答えは簡単であった。要が種崎たちを憎んでいないのと同じように種崎も要が西日本にいたからといって憎むわけではない。要が西日本軍にいたことを知ってもいつも通りの種崎に要はほんの少しだけ心の中の黒い部分がなくなった気がした。
そして種崎の言葉はまるで東日本に居てもいいと言っているようにも聞こえ、自分の居場所があるようにも思えた。
しかし、これは種崎一人の言葉だ。この言葉にすがって期待を寄せてはいけない。実際は東日本軍に知られたら戻ることなんてできはしない。




