第一話 兵士は新たな始まりを歩む
「千歳要軍曹、貴官を東日本帝国軍第八部隊に任命する」
無精髭を生やし軍服を身にまとった中年の男がいかにも高そうな椅子に深々と座っている。
男の前の机には千歳要についての資料が広がっており、当の本人は部屋の真ん中で真っ直ぐ前を見て後ろで手を組み立っていた。
「貴官はあまり戦争の経験はしていないらしいが……、まあ紫木少佐の言葉もある。そこは目を瞑ろう。貴官のこれからの功績に期待する」
「はっ!」
「いい返事だ。下がっていいぞ」
要は礼儀正しく敬礼し、発した言葉には軍に対する責任と気合が込められていた。
そして後ろに向き直り仰々しく作られた重い扉を開け廊下に出ると、
「任命お疲れさん。どうだった?」
女性にしては少し低めの声で喋る女性士官が立っていた。
その女性士官は要より少しだけ背が低く二十歳前半くらいの風貌で軍服を着ている。黒髪が腰辺りまで伸びどこか覇気を感じられない目つきをした女性は要を待っていたようだ。
「普通でしたよ。どうしたんですか、渚さん」
要は先程までの礼儀正しさとは打って変わってその女性に気楽に話しだす。
「こらこら、ここでは紫木少佐と呼びなさい。君は私の部隊に所属したんだから」
「あー、そうでしたね紫木少佐。で、何か用があるんですか?」
「正式に軍に入ったからちょっと色々案内しないといけなくて。まあついてきて」
紫木は要に背を向け廊下を歩きだし、要もついていく。
要は歩きながら廊下の窓の外を見ると、そこには開けた場所で二人の士官が武器を持って戦闘訓練をしていた。
なぜか、その風景を見て要は今この国に起きている事についてぼんやりと考えてしまう。
(あいつらも戦争のために訓練をしているのか。いつまで続くか分からない戦争のために……)
戦争、もう三十年も続いている戦争である。そしてこの戦争で争っている二つの国は今は別々の国になってしまったが、元は同じ日本であった。
なぜこのようなことが起きてしまったのか、すべての事の発端は『憑依文字』の存在である。
憑依文字というのは日本が開発をした軍事目的の代物だ。人の身体に漢字一字を刻み、その漢字に見合った能力を得る。そして人一人に刻める漢字は一字だけであり、能力も一個だけというもの。
これだけであれば他の国と戦争を起こしても、自国内で戦争が起きることはなかった。
だが、問題は設計者と開発者が別々だったということだ。
設計者は理論が組み立てれても、それを創り上げることができなかった。
開発者は天才的な技術を持っていても、自分で設計図を考えれなかった。
初めは協力していたが、いざ完成すると憑依文字を我のものにしようと争い合い、それぞれ設計者出身の東日本と、開発者出身の西日本で対立するようになった。
結果、憑依文字は西日本のものとなり東日本は憑依文字を奪い返そうと戦っている。しかし、憑依文字を手に入れた西日本に勝てるわけもなく、現在まで要が所属する東日本は劣勢である。
訓練している二人を心配するわけではないが、見た目は要と同じくらいの歳に見える。若者が戦争に駆り出されるほどこの国は疲弊してしまっているのだろう。
「どうしたの、外なんか見て。要も訓練したいの?」
紫木は外を眺める要を不思議に思ったのか首を後ろに向ける。
「違いますよ。ただ、あいつらも俺と歳が変わらないように見えて……。それよりも、要じゃなくて千歳軍曹って呼ばないといけないんじゃないですか」
「あ、えーと……、まあ私は君の上官だし、私は許されるのよ」
「それ他の人がいる前で言ったら絶対怒られますよ」
要が目を細めると紫木はわざとらしく前に向きなおる。自分で言ったことが自分に返ってきたのでおそらく白を切りたいのだろう。
しばらく歩き一つの扉の前まで来ると紫木は足を止めた。
「さ、着いたよ」
「ここですか。一体何のために……」
他の部屋の扉と何も変わったところはなく、要はここが何の部屋なのか分からない。
「入ったら分かるよ」
あえて要の質問には答えようとはせず紫木は扉を開け要と一緒に入る。
するとそこには壁に剣や槍、斧といった様々な武器がいたるところに飾られており、要はこの部屋がどういったものなのかある程度理解する。
要が壁に飾ってある武器を観察していると、紫木は正面にあるカウンターへ歩き出した。
そして紫木はカウンターの向かい側に座っている女性に小さな紙を渡す。女性はその紙を見ると席を立ち、要達が入ってきた扉とは反対側に存在する扉から出た。
「そんなに珍しいものじゃないでしょ」
首を回しあたりを見る要に紫木は声をかける。
確かに要にとっては見慣れたものではある。だがここまで大量にあるのは見たことがない。
少しばかり驚きながら紫木の元へ行く。
「でもどうしてここに来たんですか?」
「どうしてって、武器もなしに戦えるわけないでしょ。だから君の武器を取りに来たの。すでに注文済みだからあとは持ってきてもらうだけ」
「武器ってもしかして……」
「そう、『再備装衣』よ」
『再備装衣』、これは東日本が西日本の『憑依文字』に対抗するために東の設計者が作った武器である。
この武器の特徴は三つあり、一つは武器を分子レベルに分解し再構築することができるというものだ。
例えば、普段はブレスレットとして体に身に着けておき、戦闘のときは剣に変化させ戦える。これにより何時如何なる時でも戦闘態勢に入れ、敵の攻撃に素早く対処することができる。
そして二つ目は、再備装衣を身に着けていると身体能力が向上するという特徴だ。
憑依文字というのは魔法みたいなもので火や水を操ったり、空を飛んだりする者もいる。武器を持っているからといって勝てるわけがない。なので身体能力を向上し少しでも勝率を上げようという考えだ。そして身体能力の向上は元々の身体能力に比例する。
最後の三つ目の特徴は、再備装衣は憑依文字を体に刻んでいる者にはただの武器になってしまうというものだ。
もしこの特徴が無かったら、西の軍が再備装衣を手に入れた場合、東の軍の勝ち目がゼロになってしまう。だから三つの特徴の中で一番重要ともいえる。
ちなみに、普段の再備装衣は訓練用のため見た目や重さなどは一緒であるが剣のような刃物でも人を切ることはできない。ただ食らうと打撲のような痛みが走る。そして本物の再備装衣は戦争開始前に配られる。
「でも渚さ……じゃなくて紫木少佐、俺に再備装衣なんて……」
「君の言いたいことは分かっているよ。でも君には必要なものだから、受け取ってもらわないと困る」
少し要はためらうが上官の言うことである、聞かないわけにはいかない。紫木の言葉に押されるよう納得する。
しばらくして奥の扉から女性が戻ってきた。
「お待たせしました。頼まれていた品はこちらになります」
女性は木製のカウンターの上に布で包まれた長細い物を置いた。
「ほら、これが君の再備装衣だよ。開けてごらん」
要は紫木に言われるように布に手をかけほどいていく。
すると布の中から黒い鞘の刀が現れた。
「これが俺の……」
「そ、変わった武器よりも君にはこういうシンプルなやつがいいでしょ。ちなみにデザインは私が決めたから」
要は刀を手に取り右手で柄を掴む。そしてゆっくりと鞘から引き抜くと刀身が蒼く光っていた。
「紫木少佐にしてはいいセンスしてますね」
「ちょっとそれどういう意味かな。不満だったら返品してもいいのよ」
「まさか、気に入りましたよ」
要は刀を鞘にしまいこみ腰に差し込む。
「これで君も晴れて軍人の仲間入りだね。でだ、これから私の部隊に所属する人達に会ってもらうよ」
「今からですか?」
「今からよ。東日本の戦術では部隊での行動が基本だからね。顔合わせは早いに越したことはない。もしかして要は人見知りなのかな」
冷やかすように聞いてくる紫木に要は再度目を細める。
「紫木少佐、また要って言っていますよ」
あ、と紫木は声を出し固まる。
さらに二人の目の前には女性が座っている。ゆっくりと紫木は女性に視線を向けると、女性はぎこちない笑顔を作っていた。
おそらく、いや確実に誤解を生んでしまっており、不自然な笑顔がそれを物語っている。だが誤解を解くのは難しいだろう。
なんせ要よりも上官が言ってしまったのだ。潔くこの場を去るしかない。
「紫木少佐、行きますよ」
ため息一つ吐きたくなるような気持ちのまま要は扉の方に歩き出した。
「え、あ、でも……」
上官らしからぬうろたえを見せるが、要は気にしない。自分で蒔いた種だ。
要と紫木の間に変な噂が流れようが要は関係ないし問題はない。例え紫木の方に問題はあったとしても。
要が廊下に出ると紫木は頭を悩ましているのか顔が少し曇っている。
「少佐、自分で言ったことなんですから仕方ないですよ。それよりも他の隊員に会うんですよね? 早く案内してください」
「君が思っているよりもめんどくさいことになっているからね。新入隊員に手を出した噂が流れ、しかも年下。あー、上官からいじられるのが目に見えて分かる。…………まあ、自分のせいなんだけど」
「時間が経てば噂なんてすぐ無くなりますよ」
「そうだといいんだけど……」
その様子から上官から言われるのが余程嫌なのか、普段は見れない紫木に口元が緩んでしまった。
重い足取りで歩き出す紫木に要はついていく。




