第十七話 兵士は覚悟を決めた
「なーにイチャついてんだよ」
男の声が冷たく響いた。
「まったく舐められたもんだな。ガキ二人で俺をやろうってんだからよ。どうせ俺の憑依文字も分かってねえくせに、どうやって倒すのか教えて欲しいくらいだ。それにてめえの銃は俺には効かねえんだぞ」
男の言葉に黛はクスッと笑った。
「なにがおかしいんだよ」
「いやー、僕の銃が効かないなんて嘘ばっか言ってるから面白くって」
「さっきまでのことを忘れたのか? 何発も撃って効かなかっただろ」
「僕からも言わしてもらうけど、さっきまでのことを忘れたのかい? 君の頬の傷は誰がつけたのか覚えてないのかな。人のことを聞く前に自分の記憶を確かめるべきだね」
黛の挑発的な言葉に男の額には力が入り血管が浮かび上がる。
「てめぇ、ぶっ殺してやるよ……」
「またおかしなことを言うんだね。戦争でわざわざ殺しを宣言するなんて、そんなことは言わなくてもわかることなのに。それとも西日本では武士の心得でもあるのかな」
黛はわざと男を挑発する。そのせいもあり完全に男は切れており、いつ襲いかかってきてもおかしくないぐらいいきり立っている。
「クソ野郎が……!」
「ま、黛くん」
すると花宮が黛の裾を軽く引っ張る。
黛は花宮の顔を見ると何を言いたいのか分かった。
「大丈夫だよ、僕だって馬鹿じゃない。無意味に挑発なんてしないから、僕を信じて」
黛には考えがあるのだとわかり、花宮は黛の裾から手を離し納得する。
「でも一つ問題なのはあいつも言っていた通り、憑依文字が何なのかが分かってないことだね。予想はできてるけど確信には至ってないし。花宮は極力あいつの手に触れないように攻撃するようにね」
「わ、分かった」
黛と花宮は構え男を見据えると、男は右腕を伸ばし手のひらを黛たちに向けていた。
それに黛はまた瞬間移動するのかと予測する。
が、その予想は外れてしまう。
「ぐはっ」
急に黛は何かにぶつかったかのような衝撃を受け後ろに飛んでしまった。花宮も何が起きたか分からず飛ばされた黛に何もできないでいた。
そこに黛がいた位置に男が現れる。
「!」
「よう、何ぼーっとしてんだ」
花宮は反射的に斧を振りにいくが男との距離が近く素早く振ることができず、花宮が斧を振る前に黛同様飛ばされてしまう。
「きゃっ」
「そのまま寝とけ」
男は花宮を無視しすぐに黛の元に飛ぶ。
黛は右足を地面に踏み込み迎え撃つ。男が花宮に少しだけ時間を割いたため黛は体勢を整える時間ができていた。
だが男は関係ないように右手を伸ばしにいき、対して黛は銃剣で突き刺しにいく。
そして男の手のひらと黛の銃剣がぶつかった瞬間、銃剣が弾かれてしまった。いや、弾かれたというよりも押し返されたように近い。
「おらぁ!」
男の右手はそのまま黛の腹に当たり、反発するように勢いよく地面に衝突する。
「がはっ」
「死にやがれ!」
土煙が舞う中、地面に横たわっている黛にもう一度触れにいく。
しかし男の右手が触れようとすると、駆けつけた花宮が黛を掴みそのまま素早く離れ右手は空を切った。
「ちっ、クソが……」
男はまだ激昂にかられ仕留め損ねた黛を睨む。
一旦距離を開けた花宮は黛を抱えるように支える。
「ま、黛くん……、だ……、大丈、夫?」
心配そうな顔をする花宮を見て黛は強がるように立ち上がった。それは不安にさせたくない気持ちと敵に弱さを見せないように。
「まあ……、大丈夫、かな」
黛は笑顔を花宮に向けた。しかしいつもの笑顔と違い、顔は痛みに我慢しており口からは少し血が流れている。
「で、でも……」
「そりゃ痛みもあるけど、得るものもあったからね。あいつの憑依文字がなんなのか分かったし」
「え……」
自信があるように言う黛に花宮は驚いた。
「あいつの能力は触れたものを飛ばす、っていうよりまるで磁石のN極とN極のようにする能力なんだよ。なんていえばいいのかな……」
「せき……りょく……?」
「そうそれだ、斥力。……だよね?」
黛は男に向かって投げかけた。
「あぁ? だったらどうなるんだよ」
「いやいや、能力が分かるだけで全然違うからね。それに能力が発動できるのは手のひらだけ。僕は最初は移動系かと思ってたけど、あんなに素早く移動できたのも能力を空気に対して使っていたからだよね。種崎が消えたようにいなくなったのも、ただもの凄い勢いで飛ばしただけ」
「だから、それがどうしたっていうんだよ。ネタが分かったからって勝てるわけじゃないだろ。お前の銃も俺の空気を飛ばすだけの壁に阻まれるのによ」
「ふふーん、甘いね。僕の全力をあれだけだと思われたら心外だよ」
傷を負い虚勢のようにも聞こえるが、黛は事実のように述べる。相手にもしかしたらという気持ちが芽生えれば黛の思惑通りだ。それに嘘は言っていない。ただ全力の銃弾を飛ばすには時間がかかってしまう。多対一においては使えるがこの状況では使えないだけだ。
「てめぇは人をおちょくるのが好きなんだな」
「そうかい? そう思われるのも心外だけど」
「けどよ、俺の能力が分かるのと対処できるのは……別だよな」
男は言い終わると、瞬時に黛と花宮の間に移動した。
そして両手を黛と花宮にそれぞれ向けまたしても二人は勢いよく飛ばされた。
「ぐっ」
花宮は地面を転がり、黛は大木に背中をぶつける。男は花宮には目もくれず黛だけを狙いに行く。
「俺を挑発したことを後悔させてやるよ!」
苦悶の表情を浮かべる黛の前に移動すると右手を伸ばしにいく。
黛は痛みに我慢し左へ転がるようにどうにか避け、男の右手が大木に触れると根から無理やり剥ぎ取るようにその大木は飛ばされる。
木々がなぎ倒され鈍い音が聞こえるが黛は体勢を素早く整え銃口を男に向ける。しかし男の手のひらも黛に向いていた。
黛が引き金を引くと同時にまたしても黛の体は後ろに飛ばされてしまう。
「ぐはっ」
「だからてめえの銃は効かねえんだよ」
男が追い打ちをかけようと黛に向いた時、背後から花宮が斧をなぎ払いにいっていた。
「っ!」
男は気づくのに遅れてしまい避けながらも左手で斧を防ぎにいく。反応が遅れ花宮の斧がもう少しで男の体に触れそうになるも左手で防がれてしまった。
だがなぜか花宮の斧はすぐには弾かれず男は歯を食いしばり耐え拮抗する。
「クッソ野郎が……」
初めて男が顔を歪ませた。花宮は押し切ろうと両手に力をさらに加えると、男は右手を伸ばしその場から消えるように離れた。
男は二人から離れた位置まで下がり左肩の服には斧によって切り傷ができ『斥』という文字が刻まれていた。そして男は痛がるように右手で左腕をさする。
「馬鹿力女が……」
黛は立ち上がりながらその行動を見逃さなかった。どうして花宮の攻撃だけ弾けないのか、これまでの行動を思い出し推測する。
「ま、黛くん」
花宮の声がし黛は首を向けると花宮が心配そうに近づいてきていた。
「死んでないんだから僕がやられる度にそんな顔しなくてもいいよ、能力も合ってたみたいだし。それとナイス攻撃だね。おかげで勝てる術が見えたよ」
その表情は慢心しているわけでもなく、奢っているわけでもなく、確信していた。
「そ、それって……?」
「これから言う僕の作戦をよく聞いてね」
黛は声を小さくし花宮の耳元で話す。
そして作戦の内容を伝え黛が耳元から離れると花宮は不満げな表情を浮かべた。
「わ、私は……はん、たい……」
「花宮ならそう言うと思ったよ。……でも大丈夫。僕は花宮を信じてるし、花宮も僕を信じてくれてるんだよね」
笑顔の黛に小さく花宮は頷く。
「だったら何も不安になることはない。僕たちならやれるよ」
優しく声をかけた黛に花宮は顔を上げ覚悟を決めた。




