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第十三話 兵士は過去を知る

 そして要は種崎がまた頼むのではと心配になる。


「ねえ、もう一個食べていい?」


 予想通りであった。


「いくつ食べるつもりなんだよ」


「別にいいでしょ」


 なにが別にいいのかさっぱり分からないが、このまま種崎の言いなりになるのは癪である。だから要は一つの提案をする。


「じゃあ俺の質問に答えてくれたらいいよ」


「質問ってなによ」


 種崎は怪しむ視線を向ける。


「一年前の戦争で何かあったのか?」


 瞬間、種崎は目を見開き要に詰め寄る。


「あんたどこでそれを知ったの!」


 要としては何気ない質問だったが、突然の気迫に要は後ろに反ってしまう。


「い、いや、一也や渚さん、じゃない。紫木さんが一年前の戦争でなんかあったって言ってたから、関係あるのかと思っただけだ。詳しいことは知らない」


 すると種崎は浮いた腰をベンチに下ろした。


「本当になにも知らないの?」


「だから知らないって言ってるだろ。別に言いたくなかったら言わなくてもいいけど……」


 言いたくないのであれば無理に聞く必要もない。ついでにクレープも買わなくて済むのならそれはそれでこしたことはないと思う。


「……言いたくない、ことじゃないけど……」


 そこまでしてクレープが食べたいのかと思った要だが、種崎の表情からそれとは別の理由があるように思えた。


「…………同じ部隊だから知らないといけないのかもね」


 視線を落とす種崎。

 後悔、憤り、種崎自身の感情が矛盾しているような表情をする。


 そして静かに口を開いた。


「あんた、一年前の戦争についてどれだけ知ってるのよ」


「どのくらいって……、西日本軍が優勢だったけど、何故か東日本軍が勝った戦争だろ。まるで西日本軍の奇襲を知っていたかのような……」


 それは昨日のことのように思い出せる。西日本軍がもう少しで勝てそうだっただが負けてしまった戦い。要の部隊が崩壊した戦い。そのおかげと言うべきか、そのせいと言うべきか、要が東日本軍に所属したきっかけでもある。


「つまり、みんなが知っているようなことしか知らないってことね」


「そうだよ。なんで途中から東日本軍が息を吹き返したのかは知らないけどな」


 もし種崎が何か知っているのなら知りたい気持ちになる。要はこの一年間、原因もわからぬまま負けたことが心のどこかで気になっていた。


「種崎、お前何か知っているのか?」


 要は首を横に向け種崎を見た。


「それは…………」


 目を合わせず、言葉を出そうとするがまるで喉が遮っているように言い止まった。要は種崎に何も言わずただ見るだけだ。その視線に種崎も気づいている。


 視線に耐えきれず意を決したのか顔を上げ、

「あーもう、こんなの私らしくない。言うわよ、話せばいいんでしょ」


 吹っ切れた種崎は立ち上がり一歩踏み出す。


「……全部、私よ」


 その声は静かな海岸沿いに響き要は鮮明に聞こえた。聞こえたのだが、言っていることがわからない。


「どういうことだよ」


 種崎はくるりと要の方へ向きなおる。


「私はあの日、一人の西日本軍兵士に助けられたのよ」


 その言葉で要の心臓がドクンと大きく脈を打つ。


 ここから先を聞いてしまえば要の胸の内にある霧のようなものが晴れる気がした。それと同時に霧の中にあるものがよからぬもののように感じる。


「助けられたって……?」


「一から話した方がいいかもしれないわね。一年前の戦争はあんたが知っての通り東日本は劣勢だったわ。先遣隊は崩壊するし、本隊も崩れかけていた。私もこの戦争に参加してたけど、最初は悲惨だったわ。だから東日本は本隊を一度引くことにしたのよ」


 要の脳裏に過去が思い出される。確かに要が通った道は敵が撤退した跡しかなかった。


「本部は一度引いて敵を誘きだし反撃に出るって考えてたらしいけど、私はその命令がどうしても受け入れられなかったの」


「上からの命令は絶対じゃないのか」


「分かってるわよ、そんなこと。……でも、撤退したら前線にいる味方を見殺しにしてしまうじゃない。私はそんな見捨てるようなことができなかったのよ」


 命令に規則に厳しい今の種崎からは想像できないことだ。


「私は命令を無視して単独で前線に向かったわ。敵の攻撃をかい潜りどうにかたどり着いたんだけど……、最悪なことに味方はすでにやられてたし、私は死にかけたわ」


「お前は死にかけてどうなったんだ?」


「正直言うと意識が朦朧としてたからあんまり覚えてないのよ。でも一つだけ覚えていることは西日本軍の一人の兵士が私を助けたのよ」


 もう一度要の心臓が大きく脈を打ち、あと少しで点と点が繋がりかけそうであった。

 だが霧の中から黒いものが覗きかけている。それは決して明かしてはならないもの、触れてはいけないもののように。


「暗くて顔はよく見えなかったけど憑依文字はしっかりと覚えてるわ。それで、目が覚めたら綺麗に私の傷は無くなっていたのよ。ひとまず部隊に連絡しなくちゃいけないと思って、部隊長に連絡をしたの。現在いる位置と西日本軍の兵士が自分を助けたことをね」


 胸の内の霧が晴れていき、そして徐々に要の動悸が激しくなっていく。脳ではこの先を聞いてはいけないと訴えている。

 しかし体が言うことを聞かない。


「それで部隊長が本部にそのことを伝えたら、私の位置に敵がいたことから奇襲があることを予測したわけ。ここからはあんたの知っている通りよ。奇襲を読んで西日本軍を逆に追い詰めて勝つことができたのよ」


 この瞬間、要の霧が完全に晴れ、心は黒く塗りつぶされてしまった。


 何も言うことができない要を横目に種崎は話を続ける。


「なんで敵が私を助けたのかわからないけど、そのおかげで私は生きることができた。だから西日本にもいいやつはいるって思っているのよ。けど、あの日から規則には従わないといけないし、身勝手な行動はいけないと学んだわ。あんたみたいな規則も礼儀も守らないでいるといずれ死ぬことになるのよ」


 種崎自身の思いの丈を述べる。


 だが途中から種崎の話は聞こえず、要は自問自答していた。己が犯した罪の重さ、仲間を死なせてしまった重圧。それらが一気に要に襲いかかっている。


(俺が、種崎を助けたのか……? 俺が、種崎を助けてしまったせいで……、西日本軍は負けてしまったのか……? 俺のせいで仲間は死んだのか……? 俺のせいで? 俺の、せいで…………)


 要は一年前、奇襲する前に一人の東日本軍の兵士を助けた。暗がりの夜道のため顔や所属している軍すらもわからなかったが要は助けてしまった。種崎の話が真実ならそれが原因で西日本は負けてしまったことになる。

 そして要が助けた人物が今、目の前にいる。


 呆然としている要を不思議に思ってか、種崎は要に顔を近づける。


「ちょっと、あんたが知りたいから話してるのに聞いてるの」


「え、あ、……ああ」


 種崎の声で我に返り、自分のいる場所を思い出した。


「まったく、私はこの話はしたくないのに喋ってあげてるのよ。ちゃんと聞きなさいよ」


 苛立ちを含ませながら種崎は顔を離す。


 聞かれたくないのは種崎にも思うことがあるからだ。敵に助けられたのに、逆に敵を壊滅させるきっかけを作ってしまった。それは恩を仇で返すのと同じだ。敵である以上、仕方のないことではあるが種崎の心境は複雑であった。


「な、なあ、その助けた西日本軍はどんな奴だったんだ?」


 もしかしたら自分以外の人物が助けたのかもしれない。願望も含めて要は質問する。


「あんまり覚えてないって言ったでしょ。……あ、でもなんか『今助けれるもんは助ける』みたいなことは言ってたような……。けどそんなこと聞いてどうするのよ」


 ここまで聞けば嫌でも気づいてしまう。


「私の話を聞いて納得したの?」


「それは……」


 分からない。


 一年前の戦争が自分のせいだなんて突然つきつけられ整理できるわけがない。そして目の前にいる種崎は一年前に自分が助けた東日本軍の兵士だ。それがより一層、要を混乱させる。

 聞かなければよかったと思えるほど知りたくなかった事実だ。


「ねぇ、黙ってないで何か言ったらどうなの。さっきから思いつめた顔してるけど、どうしたのよ」


「な、なんでもない。お前が気にすることじゃないだろ」


 要は顔を種崎と合わせようとしなかった。合わせてしまえば心の中が読まれるような気がしたからだ。


「せっかく私が心配したっていうのに。私だって悩んでいるのよ」


「そんなことなんて……」


 正直、今はそれどころではない。要は無意識にそっけない態度を取ってしまった。


 だが要の態度が種崎の気に触ってしまう。


「そんなことって……。私がどれだけ悩んだか知らないくせに、そんなことで済まさないでよ!」


 種崎は要に詰め寄るが要は何も気にしなかった。いや気にしないと言うよりはそれどころではないと言った方が正しい。罪悪感に苛まれ、後悔の念に駆られ、種崎の心を気遣う余裕がない。


「これだったら話さない方がマシだったわ」


 こっちだって話さないでくれた方がマシだった。


「あんたはなにも知らないだろうけど、私のせいで助けてくれた西日本軍は負けてしまったのよ」


 知っている、俺のせいだ。


「自分のしたことが本当に正しかったのかどうかも分からなくて、一年も悩み続けているのに……」


 やめろ、そんな言葉を向けるな。


「それにあんたが聞いてきたんでしょ、なのに何よその態度。さっきから暗い顔してるけどあんたが悩む必要なんてないじゃない」


 うるさい、それ以上は…………。


「一年前どこで何してたか知らないけど、あの場にいなかったくせに知ったようなこと言わないでよ」


「黙れ!」


 何かが切れた要は立ち上がり怒号を飛ばしてしまった。


 唐突に大声を出した要に驚き種崎は一歩後ずさる。


「き、急になによ……」


 種崎の反応で自分のしてしまったことを認識する。


(なんで俺はあんなことを言った……! 俺が西日本出身で、一年前助けたことなんか種崎は知らないんだぞ。なのに俺は…………俺せいでっ……!)


 要の頭に様々な感情がめぐり俯いてしまう。


「ちょっと、一体どうしたのよ」


 要の変わりように種崎は戸惑ってしまう。だが気を使う余裕などない。


「な、なんでもない……、急に声を荒げて悪かった」


 平静を装うよう声を振り絞るが、要の脳裏に昔の仲間が思い出される。


(茜ももしかしたら……)


 訓練施設から一緒であり、軍に所属しても一緒であった人物。

 その人物も死んでしまっている可能性が高い。

 要は拳を意味もなく力強く握り締める。どこにもぶつけることのできない悔しさと後悔で自分を責めてしまう。


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