第九話 兵士はめんどくさい出来事に巻き込まれる
疲れからか要は一つ深く息をつく。慣れていない環境や戦闘で体の疲労は西日本軍にいた頃よりも多く感じる。
と、要の視界にある人物が入る。
そこには花宮が恐る恐る手を挙げていた。
自分から目立とうとするのは珍しい。何か意見でもあるのか。
紫木も花宮に気づいた。
「どうしたの、花宮?」
「あ、あの……、気になること……、があるのです、けど」
花宮は相変わらず気弱く発した。
花宮が気になるということはよほどのことなのか。自らそれを述べ意見するほどなのだから重要なことかもしれない。
「何が気になるの?」
「き、昨日の訓練なんですけど…………、わ、忘れていることが……」
昨日の訓練で忘れていることなどあったのか。少なくとも要の記憶にはない。
もしかしたら要の動きが急に良くなっているため憑依文字に気づいたのか。そうであるのならば要にとっては最悪の事態である。
「昨日、四季ちゃんたちが……、ま、負けたから、その……、約束が…………」
約束という言葉で要は花宮が憑依文字に気づいていないとわかり安堵する。
だが、何か胸に引っかかる。
すると一番に気づいたのは黛であった。
「あ! 確かにあったね。僕も忘れていたよ。ナイス花宮」
黛は上機嫌に親指を立てながら花宮にグーサインを向けた。それに花宮は顔を赤らめる。
黛がこのようになるということは要にとってはよからぬことだと、第六感が感じ取る。
そしてそれは的中した。
「そういえば昨日の訓練で、負けた方が何でも言うことを一つ聞かせることができるっていう約束をしたね。僕としたことがこんな面白いことを忘れるなんて一生の不覚だよ」
わざとらしく黛は頭を抱えた。
黛の言葉で要は思い出す。確かに昨日、訓練の前に紫木が要と種崎のやる気を出すために提案したことだ。要は一つも乗り気ではなかったが黛が乗り気だったのもありなぜか成立した。昨日の訓練終わりは色々ありみんなが忘れていたのだろう。
しかしなによりも、何故花宮はそのことを今このタイミングで言ったのか。花宮が言わなければ誰も思い出すこともなく忘れ去られていたのに。
さらにそのおかげで黛は水を得た魚のようになった。昨日もそうであったが黛は要と種崎でいじるのが大好きである。
「さて、何をさせようかな。あ、この訓練でも負けたから二つにするっていうのはありかな?」
「ダメに決まってるだろ」
「ダメに決まってるでしょ」
要と種崎の声が重なり二人は黛を睨んだ。
「冗談だよ。そんな剣幕を向けないでくれよ。……ねぇ花宮、何かいい案でもある?」
「わ、私……?」
「できればお願いしたいかな、僕が決めてしまうと後で殴られるかもしれないから。花宮が決めてくれるとありがたいんだけど」
黛は要と種崎に視線を向けられているも気にしていないかのように花宮に笑顔を向けた。それに対し花宮は悩み顔をうつむける。
だが、すぐに顔をあげた。
「わ、私は……、四季ちゃんと、千歳くんに……、…………ト……て……かな」
要は何を言うか気になり注意深く聞くが、その声はいつも以上に小さく発せられ後半は何を言っているか分からなかった。
「花宮、もう少し大きく言ってくれないかい」
「その、四季ちゃんと……、千歳くんが、で、……デートし、して欲しい……かな」
花宮の言葉で要は唖然とする。
一体何を言っているんだ。これは要の耳が間違っているのか。
そしてそれは種崎も同様であった。ついでに種崎は驚きのあまり口をポカーンと開けている。
そんな二人を置いて黛は一人で舞い上がる。
「とてもいい案だよ、花宮! 僕が考えてたよりも百倍いい!」
「え、ちょっとよく分からなかったんだけど、俺と種崎がデート?」
「う、うん」
花宮はまごうことなき頷きをした。
「で、デートの意味分かってる?」
「男女が日時を決めて会うこと」
「何でそこだけ流暢なんだよ」
何故か花宮は饒舌になった。
「種崎、お前も何か言わなくていいのかよ」
首を種崎に向けるが、先ほどから種崎は会話に入ってきておらず固まっている。まさか花宮がデートしてくれと言うとは思わなかったからだろう。
「おい種崎、聞いてるのか」
「え、あ、うん」
要の声で我に返るが、まだ完全に把握しきれていないようだ。
「だから、俺とお前がデートすることになるんだぞ。それでもいいのか」
「はっ! そ、そうだった。…………ま、舞花、急に何を言ってるの。なんで私がこんな男とデートしなくちゃならないのよ。舞花だって嫌でしょ?」
「こんな呼ばわりするなよ」
要の言葉に種崎は見向きもしない。
「だから、もう一度考え直してくれない、ね?」
「だ、だめ」
花宮がきっぱりと否定し種崎はショックを受ける。
「な、なんで?」
「……だって、四季ちゃんと……、ち、千歳くん、仲がわるいから。それは……部隊にとってもよ、よくない。それに……私は仲良く……、し、して欲しいから」
「舞花……」
花宮にも花宮なりに考えていることがあるようだ。
これ以上言っても花宮は意見を変えないと種崎は悟る。
「待て待て。なに納得したような表情してんだよ。ほんとにしないといけないのか?」
「要、ここは潔く諦めた方が男らしいよ」
要の肩に黛はポンと手を置く。
「そら第三者の視点からだと見ていて面白いだろうな」
「そんな目で僕を見ないでくれよ。実際、部隊にとっては仲が悪いよりかはいい方がいいからさ」
と、黛は述べるが、黛にとっては理由はどうでもいいことだろう。先ほどの言葉も要を納得させるためにとってつけただけだ。黛はただ面白いことが起きればいいと考えている。
「はぁー、しないといけないのか……」
これも訓練なのだと、自分に言い聞かせ要も渋々受け入れる。
「じゃあ決まりだね。要と種崎がデートをするってことで。そういえばちょうど明日休みなんだから、明日にすれば?」
「勘弁してくれ。昨日、今日で疲労がいっぱいなんだから別の日にさしてくれよ」
「まあ確かにそうだね」
要の体は訓練の疲労もあるのだが、さっきのせいで精神的にも疲れた。この状態で明日にデートするというのは体がもたない。
「紫木さん、俺は部屋に戻ってもいいですか?」
「いいよ。明後日の訓練についてはまた連絡するから」
「分かりました」
要は重い足取りで自分の部屋に向かって歩き出した。来たるべきデートの日が憂鬱で仕方がない。
すると要の横に黛が並んできた。
「一緒に戻っていいかい?」
「いいけど」
上機嫌な黛に対して要のテンションは最悪だ。
二人は中庭から出て自分たちの寮へ向かう。
「でも僕にはわからないな」
歩いていると黛が疑問を口にした。
「なにがわからないんだ?」
「種崎とデートできるんだよ。そこまで嫌なことじゃないと思うけどな」
急に要にとっては意味のわからないことを述べ驚いてしまう。
「か、一也、お前大丈夫か……?」
「そこまで驚かなくても。だってさ冷静になってほしいんだけど、種崎って客観的に見てかわいい方じゃない? その種崎と一日デートできるなんて逆にうれしいと思うんだけど」
要は黛の言葉を否定はしなかった。
確かに客観的に見ればかわいい方だ。いや、確実にかわいいだろう。十人いれば十人振り向いてもおかしくないレベルだ。
しかし問題はそこではない。
「一也、想像してほしいんだが、あの種崎が一日中一緒にいるんだぞ」
「そうだね」
「そうなったら何言われるかわからないだろ。あいつは人を苛立たせる天才だからな。一日で一年分のイライラが溜まることになる」
「そうかな。噂で聞いたことあるけど、ここの軍事施設にはその種崎の性格が好きで隠れファンがいるみたいだよ」
「そいつらはあいつの本性を知らないだけだ。もしくはただのドエムかだ」
あの種崎の性格が好きなど馬鹿以外の何者でもない。出会ってまだ二日であるがそれほどにまで要は種崎の性格の面倒くささを知っている。
「一也、そんなに羨ましいんだったら俺の代わりにしてくれてもいいんだぞ」
「僕は遠慮しとくよ。これは部隊のためでもあるからね」
「どうせ思ってないだろ。……まあでも、一也には花宮がいるか」
「ん? なんでそこに花宮が出てくるんだい?」
黛は本心からそう思っているのか、その表情に嘘が見えない。
「いや、だってお前花宮のこと好きなんじゃないのか?」
「僕がかい? 要に言われるなんて驚きだね」
「よく花宮を誘ったり話しかけてるからそうなのかと思ったんだけど」
「僕たちはただ付き合いが長いだけだよ。あ、ここでの付き合いは彼氏彼女じゃないからね。小さい頃から一緒にいるから何かと気が合うというか、話しやすいんだよ」
黛は手を頭の後ろに組み斜め上の天井を見ながら歩く。
「でもこのことを花宮に話したらダメだよ」
「なんでだ?」
「昔、僕が花宮に冗談で僕と付き合ってみるって言ったらビンタされてね」
冗談でもそのようなことが言える黛はさすがと言うべきか。要はあえて触れはしない。
「よかったんじゃないのか、ビンタで済んだんだから」
「それがただのビンタだったらね」
黛は昔を思い出し左頬をさする。
「要も気づいてると思うけど、花宮はああ見えてものすごい力があるんだよ。あの時は再備装衣をつけていなかったのに十メートルほど飛ばされたからね。おかげで全治一週間の怪我を負ってしまったよ」
苦笑いしながら喋る姿を見て要は飛ばされる黛が容易に想像できた。要も先ほどの訓練で花宮の力は分かっている。おそらく憑依文字を発動した全力の要よりも力だけでいえば優っているだろう。
それと黛の怪我に関していえば自業自得である。
「確かに花宮の力は強かったな。俺も驚いたよ」
「そういえば要も花宮と交えていたね。あの要でも厳しそうだったように見えたけど」
なぜかあの要と言った黛。
「あの?」
「あー、特に意味はないよ。気にしないで」
笑いながら黛は流す。
これまでにも何回か黛は意味深な発言をしている。そのことは気になるのだが、変に聞いてしまい感づかれる可能性もある。ここは追求しないほうがいいだろう。
黛のことは心の中に留めておき、そのあと二人は適当な雑談をしながら部屋に戻った。
そして要にとってはいつ種崎とデートすることになってしまうのか、気がかりで仕方がない。黛は嬉しいことだと言っていたが、そう思えるのが不思議だ。
これは要がまだ二日しか会ってないからなのか。いや、二日という短い期間で印象が最悪になったからこそ分かる。
もちろん月日が経ち印象は変わるかもしれない。要にとってもデートの日までにそうなってくれれば嬉しいと思うがおそらくそうならないだろう。




