プロローグ
空を雲が覆い月明りさえも照らさない真夜中。
遠くの方から人と人が叫ぶ声や銃声、爆発音が聞こえる。辺りには無骨に転がっている瓦礫と少しの人の死体。昔の人が見たら戦場だと思うだろう。
血混じりの匂いが鼻をかすめ、俺はぼんやりと空を見上げる。
どれくらいの人が傷ついてしまったのだろうか、一体どれだけの人が死んでしまったのだろうか。
ふと、そんなことを考えるが今の俺には余計なことだ。今は戦争中でその中に俺はいる。自分のやるべきことをやるだけだ。
「なにをしてるの?」
背後から声が聞こえ振り向くと、
「ボーっと空を眺めているけど、まさかまだビビってるの?」
冷やかすように話しかけてきたのは訓練施設から一緒にいる志波茜という人物だ。年は俺と一緒で十六歳、ミディアムに切り揃えらえた茶色い髪を後ろに軽くまとめており、見た目は凛としている。
「ちげえよ。ただ、こんなこといつまでやるんだろうって思ってただけだ」
俺は目を細めながら茜に向き直る。
「まあ、あなたはビビらなくても早々死にはしないから安心しなさい」
「だからビビってねえって。……ったく、相変わらずの神経の太さだな。戦場でそんな悠長にしてられるのもお前ぐらいじゃないのか」
「あら、褒めてくれるの。ありがと」
「別に褒めてねえよ」
いつも通りの茜に、いつも通り調子が狂う。
まあこいつがこんな感じでいてくれるからこそ、自分の役目を気負わずにいられるわけだが。
「ほら私たちの任務をこなすわよ」
茜の声で俺たちは動き出す。
夜道を移動していると、暗くてよく見えないが人の死体のようなものも横目に映る。おそらくここも戦場だったのだろう。つまり味方が前線を押し上げ優位に立てているということだ。
この地域の戦闘ももうすぐ終わる。終始味方の軍が圧倒し質と量で言ったら質が明らかに違う。そのような理由もあって特に苦戦をすることもなくここまで来ることができた。
あとは最後の任務を終えこの戦いに勝利するだけだ。
長期間の戦闘に終わりが見えやっと終わると思っていると、
「止まって」
突如、茜が声を出し俺も足を止める。
なぜ止まったのか、疑問に思ったがすぐに分かった。
微かではあるが前方から呼吸する音が聞こえる。今にも消えそうなほど小さく、だが荒く息をしている音に俺は聞き覚えがあった。
この息遣いは人が死に瀕している時のものだ。
しかし味方か敵か分からない状況なのでもしかしたら敵の罠かもしれない。
周囲を警戒しつつ近づくと、そこには人が仰向けになって横たわっていた。よく見えないがシルエット的には女性のようであり瀕死の状態に思える。
俺は女性の横に屈みこむと、よりこの人物が死にそうであるか分かってしまった。
敵か味方を判断する軍服はズタボロに破れ、手で触れたシャツは血で染まってしまっており数分も経てば出血多量で死んでしまう。
「おい、大丈夫か」
軽くさすりながら聞くが答えはない。
「この様子だと助けも来ないだろうし死んじゃうかな」
茜の言う通り助けは来ないだろう。近くに戦闘の音は聞こえず敵は引いた後だ。仮にこの人物が敵なら死んでいるのも同然だ。
しかし、もし味方であるならば助けなければならない。いや、たとえ敵であっても俺の信条から見過ごすことなんかできない。
「茜、俺はこいつを助ける」
「そうなの。けど大丈夫? 敵だったらやばいんじゃない」
「だからって見過ごせないだろ。それに今助けれるもんは助ける」
「ま、あなたらしいけど」
茜は特に反論することはなく素直に俺の言うことを受け入れてくれた。
俺は向き直り急いで瀕死の人物を助け、そしてすぐさま任務に向かった。
助けた人物の顔は暗くてよく見えず、怪我を無くしたあと急いで行動開始したため言葉も交わさなかった。
だが別にかまわない。助けることができたのだから。
あとは任務を完遂し、無事にこの戦いに勝つだけだ。こちらのほうが優位に立っており、不安要素はない。
だから誰一人死なず勝てると思っていた。
しかし、俺達はこの戦いに負けてしまった。




