2 曇り空
雲の街『ウォルク』
常に曇り空の街の名前。
太陽が出なければ、雨も雪も降る事はない。
「お客さん、着きましたぜ」
御者の声で、ルーナは目が覚めた。
インベルとは違う空気を肌で感じつつ、隣で眠りこけているレインを揺り起こす。
「ギ……? ギィ、ギギ……」
起こされた彼は少し機嫌悪そうに目を擦り、呑気に大あくびを一つ。
「おはよう、レイン。雲の街に着いたみたいですよ。早速行きましょう」
借りていた毛布二人分を綺麗にたたんで御者に返し、ルーナは荷物をレインに手渡して馬車を降りていく。
御者は何も言わず二人の後ろ姿を眺めていたが、暫くすると元来た道を引き返していった。
雲の街ウォルクは、常に曇り空の街。
太陽が出ることはほとんどなく、雨が降ることもない。
インベルほどではないが大きな街らしく、多くの旅人や商人、果てには盗賊たちがやってくるという。
「さて……今日の宿と食べるものを探さなくてはいけませんね。レインは何か食べたいものはありますか?」
少し寂れた市場を歩き、新鮮な野菜やまだ生きている鳥などを見ては悩んだそぶりを見せる。
レインは生きた鳥や黒魔術にでも使いそうな謎の生物を見る度にダラダラと涎を垂らす。
普通の料理では満足しないとでも言いたげに、生きた動物を眺めている。
「ギ……ギィ」
ルーナの肩をとんとんと叩き、レインは怪しい魔術の店を指差す。
そこには色々な小鳥や魔物、人間の子供らしきものも並べられていた。
小鳥たちはレインに見つめられると悲鳴のような囀り声をたてて暴れまわった。
「……レインは鳥が食べたいのですか? それとも……やはり人間……?」
レインにだけ聞こえるように耳打ちすると、彼は言葉にならない呻き声をあげた。
どうやらほしいと言っているようだ。
「ごめんなさい、レイン。さすがに人間はお金が足りなくて買えないです。代わりに鳥を買ってあげますので許してください、ね?」
ルーナは黄色い小鳥の入ったかごを手に取ると、店の中に入っていく。勿論レインもついていく。
「お、客か。らっしゃい」
うっすらと暗闇に包まれた店内は酷く獣臭く、何か嫌な気配が感じられた。
濃厚な獣臭にまぎれて、血のようなにおいが鼻をつく。
その血のようなにおいを感じ取ったのか、レインは僅かに息を荒げた。
「あの……この小鳥を頂きたいのですが……いくらでしょうか?」
息を荒げるレインを何とか宥めながら、彼女は持っていたかごを店員の男に手渡す。
男は小さめのかごを棚から取り出し、そこに小鳥を入れてルーナに返した。
「銅貨3枚だ。それと、おまけにこのイモリの黒焼きもつけておいてやるよ」
ルーナが銅貨を渡そうとすると、お釣りの代わりのつもりかイモリの黒焼きを手に乗せられる。
「そ、そんなのいらな……きゃあ!」
驚いてイモリの黒焼きを放り投げてしまう。
ぽーんと宙を舞ったイモリは床に落ちることなくレインの触手にキャッチされ、彼の口の中に消えた。
あまりの速さにルーナと男はイモリが一瞬で消えた事しか理解できなかった。
「あ……えっと、その……すみません。お気持ちだけ受け取っておきます」
「あ、あぁ……まぁ気にすんな。悪かったな」
ぽしぽしとイモリの黒焼きを咀嚼するレインを引きずり、ルーナは急いで店を出ていった。
「……今の女の子、すごい可愛かったねお頭」
「俺の言いたいことはわかるな?」
先ほどルーナの相手をしていた男は、ちらと後ろの青年を一瞥する。
「勿論。あんなかわいい子売ったら、すごい高いだろうなぁ」
青年はいくつかの薬瓶やロープを鞄に詰め込み、店を出ていった。