6 答え
『フェアラァト』
かつて雨の街を治めていた貴族。
理由は不明だが、没落してしまったという。
「もう一度聞こう、ソール君。君に少女と怪物を追いかける覚悟はあるかい? そして、彼女に拒絶されてもなお二人について行こうという意思はあるかい?」
マリスの金色の瞳がソールを真剣に見つめる。
彼からすれば、二人を追いかけたい気持ちはわかる。
この少年が二人の話を聞いているときの表情が、あまりにも哀れに見えたから。
けれどそれが本当に正しいことかわからない。
追いかけてどうすると問われれば、きっとソールは答えられない。
気になったから、それだけじゃ足りない。
でも、それ以上の答えを彼は持っていない。
今はまだ、持っていない。
「……僕は追いかける。あの二人を追いかける。真相を知りたいとか、正体を知りたいってのもあるけど、僕はあの人の助けになりたい。何ができるか、僕にはわからないけど」
ソールは僅かに迷いを含んだ声音で、そう語った。
完璧に覚悟が決まったわけではないのだろう。
それは否定できない、得体のしれない怪物を連れた少女についていくなんて生半可な覚悟では出来ないだろうから。
ただその言葉が聞けただけでよかった、マリスからしたらそれだけで十分だ。
「うん、うん。君の事はよぉく、わかったよ。それならきっと大丈夫だ」
マリスは感慨深げにこくりと頷くと、足元に置いてあった鞄を机に乗せる。
少しくたびれた革の鞄を押し付ける様にソールへと渡した。
「君なら必ず追いかけると思っていたから、旅支度は既にしてあるんだ。ね、すごいでしょう?」
あまりの用意周到さに、唖然とするソール。
渡されるがままに鞄を受け取って、中身を確認する。
小さな巾着袋には金貨が数十枚、鞄の奥底には携帯食料、小さくたたまれた毛布にマッチまで。
金貨がこれだけあれば宿どころか数年は遊んで暮らせるだろう、ぜいたくな暮らしだってできる。
出会ってからまだ数時間、赤の他人にここまでしてくれる彼の正体は一体何なのだろうか。
「なぁ、あんたはなんでここまでしてくれるんだ。僕とあんたはまだ……」
「そういう野暮なことは言わないでほしいかな。君というか、君の両親にお世話になったことがあってね、その恩返しとでも言っておこう」
かなり昔の事だから誰も覚えてないだろうけどね、と彼は付け加えた。
昔の事、と言われても正直マリスなんて知らないしそんな話を両親から聞いたこともない。
わざわざ彼に根掘り葉掘り聞く必要はないだろうけど、隠されていたなんて複雑だ。
別に、もういない両親の事など聞いたってなにも面白くはないんだろうけど。
「それじゃ、俺は行くね。またどこかで会ったら、お話してほしいな」
がたりと椅子から立ち上がると、彼は片手で皿の上のクッキーを数枚掴んでリビングを出ていった。
「あ……お礼言うの忘れた……けど、またどっかで会った時に言えばいいか……。しっかし、何だったんだアイツ……」
突然押しかけてきてあの二人の事を知ってるだのなんだの言って、いいように乗せられたみたいだ。
その行為を否定するわけではないのだけど、ちょっとよくわからない。
「……そのうちわかるかな。いや、それよりも折角もらったこれ、使わなきゃ損だよな!」
ソールはマリスが置いて行った鞄をひっつかみ、バタバタとリビングを出ていく。
本当はマリスからこのかばんを貰った瞬間、すぐにでもあの二人を追いかけたくてたまらなかったのだ。
顔に出さないように隠していたのだが、マリスがいなくなった今隠す必要もない。
「シャリテー! 暫く旅に出るから留守番よろしく!」
鞄は持った、靴紐も結びなおした、シャリテに留守番も頼んだ。
ならば、もう彼を止める者はいない。
いざ出て行こうとすると、キッチンの方からシャリテが何か持ったままこちらへ向かって走ってきた。
「ちょっとソール様!? そんな急に……!」
「僕は結構我慢した! 僕は行くって決めたからシャリテに止められても行く」
「……そう、ですかぁ。では、私は止めません……だけど、ソール様。必ず無事に帰ってきてくださいね」
シャリテはやれやれと呆れたように微笑み、手に持っていた紙袋をソールに差し出した。
においからして、クッキーだろうか。しかも焼きたてだ。
差し出されたそれを受けとり、カバンの中に押し込む。よし、準備万端だな。
「うん、勿論。それじゃあ、僕が帰ってくるまでよろしくな!」
錆付いた扉を開いて、一歩足を踏み出せば僕だけの旅の始まり。
あの二人を追いかける旅の始まり。
追いつくかな、あの子は信じてくれるかな。
怪物は、僕を殺さないかな。
「それで、どうだった? ライア」
「問題ないよ。計画は順調さ」
「そうか。じゃあ、あっちは?」
「見失っちゃった。でも大丈夫、ソール君がどうにかしてくれるはずさ」
「ほう。なら大丈夫か。引き続き、監視はお前に頼んでおこうか。ライア?」
「りょーかいっと。いやぁ、キミたちも大変だねぇ」
赤毛の男は、ひらひらと手を振ってどこかへと歩いて行った。