4 少年は憧れる
『少年』
名をソール=フェアラァト。
橙色の髪に茶色の瞳。右目を通る大きな縦線の傷がある。
年齢は自称18前後。
今日もインベルは雨模様。
月に一度の晴れの日が終わり、人々はまた騒がしく日常を生きていた。
けれど、一人の少年だけは違った。
肩を落としてとぼとぼ寂しく歩いていた。
「ソールちゃん、どうしたんだい?」
市場のおばさんが、しょんぼりとして元気のない少年に真っ赤なリンゴを手渡した。
少年──ソールと呼ばれた──はそれに気づくとリンゴを受け取り、控えめに噛り付いた。
「何でもないよ……あ、これありがとう……」
一口だけ齧り取られたリンゴを持ったまま彼はため息をつく。
どこか遠いところを見つめてため息をつく、まるで恋に落ちた乙女のような?
おばさんは何となく察してしまったらしい。
きっとこの子は恋をしている、と。
「ソールちゃん。悩むくらいならやっちゃいな! あんたはあのフェアラァト家の一人息子なんだからね! 胸張って生きなきゃ!」
おばさんの豪快な笑い声が市場に響き渡る。
隣で魚をさばいていたおじいさんが驚いておばさんの方を振り返った。
「ちょっと静かにしてくれんかねぇ……ワシ、びっくりしたわぁ」
「おほほ、失礼。ソールちゃんの事になるとつい気合が入っちゃってねェ」
誤魔化すように微笑んで仕事に戻っていく。
ソールはおばさんの言葉で少し元気が出たのか、思い立ったように走り出した。
その後ろ姿を見ていたおばさんとおじいさんは顔を見合わせて、ニコリと笑った。
質素な家に、荒れた庭、ところどころ穴の開いた屋根。
ソールの家は由緒正しきフェアラァトの名を継いでいるのだが、随分前に没落してしまってそれっきり。
両親はいなくなった、使用人はほぼ逃げ出していった。
「ただいまー! シャリテ! シャリテー!」
バタバタと騒々しく帰還したソールは、唯一彼に仕えてくれている使用人を呼んだ。
シャリテ、と呼ばれた使用人はボロボロの箒を持ったまま大急ぎで走ってきた。
「ソール様、どこへ行っていたんですか? いえ、それよりもソール様にお客様ですよ!」
シャリテは箒を玄関の棚に立て掛けると、すぐにキッチンへ行ってしまった。
自分よりお客様の方が優先なのはわかるけど、少しくらい構ってくれてもいいじゃないか。
「はぁ……僕にお客さん? 誰だろう…………」
乱雑に脱ぎ捨てた靴を綺麗に並べなおした後、彼は首をかしげながらリビングへと向かった。