3 怪物と少女
『少女』
インベルへやってきた旅人。
口数が少なく、常に不思議な雰囲気を放っている。
どうやら彼女は何かを求めているらしい。
「ギィ……?」
怪物は少女に撫でてほしそうに頬を摺り寄せる。
まるでネコか犬のようだ、人間の姿をした化け物に変わりはないのだけれど。
少女の前では従順で大人しい、人を喰う化け物。
「私はルーナ……そして、彼は……」
少女はそこまで呟いて口をつぐんだ。
それ以上は言えないと、首を横に振る。
「あんたは……どうして怪物を懐柔できるんだ。だったら最初からそうやってすれば……!」
僕はいつの間にかそう叫んでいた。
彼女がすぐに街へ来ていれば、誰も死ななかったんじゃないのか。
誰かが悲しい思いをすることもなかったんじゃないか。
「……私は、見捨てたの。彼を、この怪物を」
悲しそうに微笑む少女は、怪物の頭を静かに撫でる。
そして何も言わずに、僕へ再度微笑みかけた。
少女は踵を返す。
僕に背を向けて、街を出ていこうとする。
「待てよ。あんたと怪物、どういう関係なんだ。それだけは教え……」
ゆらり、と少女の影が揺れる。
怪物の真っ黒な瞳が、僕に向けられた。
「……あなたに、何がわかるの」
掠れた寂しそうな声が響く。
聞いてはいけない、一番聞かれたくないことに踏み込んでしまった。
彼女の声が全てを物語っていた、酷く冷え切った声が全てを。
とても恐ろしかった。
「貴方は何も知らなくていい。この街から怪物が消えた……その事実があるだけでいいの」
彼女と怪物の姿が見えなくなった後、暫くして雨が降り出してきた。
月に一度の晴れの日は終わった。
だけど僕の心は逆に雨雲に覆われたような気がする。
あの二人の間には、一体どんなことがあったのだろうか。
それを知るのは、まだもう少し先の事になる。