2 少年と少女
『黒い怪物』
インベルに突如現れた謎の青年。
その正体は一切不明。
人の姿をしているが、人ではなさそうだ。
「なんで……もうここまで……」
僕は少女を背に庇い、黒い怪物と対峙する。
怪物の口元から赤い液体が垂れて、地面にぼとぼとと落ちていく。
もしかして僕と少女のどっちがおいしいか選んでいるのだろうか。
「あぁ……なんて……」
僕がくだらないことを考えてる最中、少女が突然涙を流した。
黒い怪物を見つめながら、感動に満ちたような表情で。
「な、なに……? どうしたの?」
少女のフードが外れ、彼女の顔が露わとなる。
艶やかな桃色の長い髪に薄い赤色の瞳。
寂しそうに伏せられた表情には、僅かに狂気を滲ませていて。
「会いたかった……会いたかったわ……」
僕の背に隠れていた少女は、赤茶けたローブを脱ぎ捨てて怪物へ歩み寄る。
「危険だ! そいつに近づいてはいけない……っ!」
彼女を止めようと手を伸ばしたが、怪物の黒い触手に阻まれる。
喰われる、さっきの女のように。
そう思って彼女を見つめていると、怪物は何もせず少女を受け入れた。
少女は怪物の細い腰にゆっくりと抱き着いたのだ。
「……ギギッ」
怪物の呻き声が、静かな路地裏に響く。
少女は優しく怪物の頬に触れ、愛し気に撫でた。
まるで恋人に接するかのように愛し気に。
なんだ、これは。
僕は知らないうちにそう口走っていた。
怪物が、人を殺して喰う怪物が、たった一人の少女に心を許している?
まさかそんなことがあり得るのだろうか。
「あんたは一体……」
呆然と二人を眺めていると、少女の方がこちらを振り返って悲しそうに微笑んだ。