4 冒険者ロイ
王女達との邂逅からしばらく北へ歩き続け、ついにナボリス王都についた。
「なんて大きな街だ・・・」
つい口から零れてしまうほど、ナボリス王都は大きな都市だった。
町全体がなだらかな山の様な形状になっており、中心の頂上部分に王城があり、その周りの一等地が貴族たちの住む貴族街。さらにその周りが市民街だ。
王都に住む国民の数は200万人、広大な街の外側を、高さ20mにも及ぶ石壁がぐるりと囲み、その石壁の上に配備された、竜騎士とワイバーンが敵の侵入を拒む。
ちなみにロイの住んでいた街の人口は1000人程だ。
街の門は4つあるのだが、とりあえず目に見える門に並ぶ行列を見て、ロイもそこに並ぶ。
行列には冒険者風の男や行商人、大道芸人の姿もあったが、行商人がやはり一番多かった。
門兵の人捌きがよほど優秀なのか、そう時間はかからずにロイの番が回ってきた。
遠くから見るとわからなかったが、門は両開きで、かなり大きく、頑丈そうだ。
「冒険者証か通行許可書はお持ちですか?」
いかにも怪しい格好のロイにも、門兵はにこやかな対応をする。
「すまない、どちらも持ち合わせていなくて・・・テレンシア王女とヴォルフォードさんから王城に来るように言われているんだけど。」
田舎で育ったロイは、礼儀作法には疎い。さすがに王女には敬語を使ったが、それ以外の人物には普段の口調だ。
もっとも、神に会う前までのロイであれば、初対面の人物にも丁寧な言葉を使っていたが、地獄を味わい、”復讐の一滴“を獲得してから、ロイは少し荒んだ性格になっていた。
ロイ自身もそのことを自覚していたが、特に直す必要もないと思い、気にしないことにした。
王女の名前を出すと、門兵は一瞬怪訝な顔をしたが、ハッとすると「少々お待ちください!」と門の奥に走っていった。
少しすると、上司であろう年配の兵を連れて戻ってきた。
「む、確かに王女殿下の言っていた風貌と一致しますな。ようこそ王都ナボリスへ、城で王女殿下がお待ちです・・・・が、謁見の前にその服装を直されたほうがよいかと。後に褒賞も出るはずですから、服の代金はお気になさらなくともよいと思いますので。」
テレンシア王女はロイのことを門兵にまで話し、来たらすぐ通すように指示していた。
年配の兵は、ロイのボロボロの黒衣をみて苦笑いし、謁見する前に服を新調するように伝えた。
「そうだよな・・・そうしよう。ちなみに冒険者ギルドの場所はどこになるかな。」
「ギルドであれば、この門からの道をまっすぐに行けばたどり着きます。」
「ありがとう。」
ロイは軽い会釈をして門を通る。
街の中は多くの人で賑わっていた。
見渡す限りの人、人、人・・・
きっちりと区画整理されたきれいな家やお店が立ち並び、地面にも石やレンガのタイルが敷かれている。
店は、肉屋や装備品、薬屋に、魔物の素材を卸しているものもあった。どの店も他店に負けまいと大声を出しながら客の呼び込みをしている。
ロイが住んでいた街では、祭りの時ですらここまでの賑わいは見せなかったが、王都ナボリスにとっては、この風景が日常であった。
歩いていると、自分をチラチラとみる視線に気づく。
一般街にも関わらず、市民たちは皆裕福なようで、質のいい服を着ている。
(さすがにこの服装は駄目だよな。下は全裸だし。もし誰かに見られた変態確定だ。)
服をまず買おう!と思ったが、金がない。A級冒険者のバナードが言っていたように、まずは冒険者ギルドでストームドラゴンの素材を換金することにした。
鍛冶師の血が騒ぎ、武器屋にフラフラと寄り道しかけたが、何とか通りをまっすぐ進み、“冒険者ギルド ナボリス支部”と書かれた建物にたどり着く。
教会と城を足して二で割ったような形状の木造りの建物で、周りの民家に比べると二回りほど大きい。
カランコロンと、扉につけられた鈴を鳴らしながら中に入ると、すぐ周りに休憩スペースとして机と椅子が雑多に置かれていた。奥には依頼の貼られたクエストボードがあり、その隣に依頼や素材換金の受付がある。
鍛冶につかう鉱石の採取依頼などを昔ギルドに出したことがあるが、ギルドの中のつくりはどの街もそこまで変わらないようで、ロイは何となく懐かしい気持ちになる。
そんな気持ちを振り払い、ロイはまっすぐに受付へ進む。
「いらっしゃいませ、どのようなご用件でしょうか?」
「冒険者登録と、魔物素材の換金をお願いしたい。」
たまたま話しかけたのが、美人でギルドで一番人気のある受付嬢であったが、ロイは特に興味なく、ぶっきらぼうに話す。
休憩スペースの幾人かが、そんなロイの背中を睨むが、本人はまったく気づいていない。
「かしこまりました。冒険者証をお持ちですと、換金した際に少しの割り増しが得られますので、先に冒険者登録をさせていただきますね。こちらの用紙に必要事項をご記入ください。」
名前、年齢、職業など、必要事項を書いていく。
そして『家族の有無』という欄でロイのペンが止まる。
これは、その冒険者が依頼などで命を落とした場合、その家族に知らせるための措置であった。
「ひっ・・・・」
ロイの顔を見た受付嬢がおびえた声を出す。
ロイは鬼のような、それでいて泣きそうな顔で『無し』と記入する。
「すまない、驚かせた。」
怯えさせたことに気づき、ロイは謝罪する。
震えた筆跡で”無し”と書かれた文字を見て、受付嬢は察し、同情を顔に浮かべるが、すぐに仕事の顔に切り替える。
「はい、ありがとうございます。ではこちらが冒険者証になります。最初はFランクからのスタートになりますが、飛び級試験を受けることもできますので、その際は申し付けください。試験には銀貨5枚がかかりますので、実力に自信のある方のみ推奨しております。」
手渡された冒険者証は鉄のような金属でできたカードで、端のほうにチェーンがついており、首などからかけられるようにしてある。
「じゃあ、素材の換金を頼む。」
ロイは冒険者証を首にかけると一番の目的を伝える。
「かしこまりました。では素材を出していただけますか?」
ストームドラゴンの鱗を懐から取り出す。
といっても実際は黒衣の中で《無限収納》から取り出しただけだ。
異空間収納系のスキルは希少なため、悪人の的になることが多いことを知っていたロイは、極力《無限収納》を隠すことに決めていた。
一枚の大きさが20cmほどもある黒光りした鱗を三枚、机の上にゴトッと置く。
「すみません・・・なんの素材かわからないので上の者を呼んでまいります。」
しばらくいろいろな角度から鱗を眺めた受付嬢は、奥の階段を上る。
何年も受付業務をこなし、何万という素材を見てきた受付嬢だったが、ロイの出した鱗がどんな魔物の物だったかまったくわからなかった。
少し悔しそうな顔をしながらも、受付嬢は二階から、40代くらいの男を連れてくる。
逞しい体をした男で、ギルドの職員というよりは、冒険者のような見た目だ。
「珍しいな、エイリーンでも見たことのない素材なんて。どれどれ・・・」
男はそう言って机の上の鱗を手に取り、まじまじと観察する。
「これは!!ドラゴンの鱗!しかも、もしかしてストームドラゴンか!?」
「本当ですかギルドマスター!」
どうやらギルドマスターらしい男と、受付嬢は、興奮した様子で大声を出す。
後ろの休憩スペースにいる冒険者もどよめく。
ギルドマスターはスッと目を細めると、ロイの目をまっすぐに見る。
「あんた、これをどこで?」
「ここに来る途中で、王女を助けた時に倒した物だ。」
「ええ!王女もが!?」
ロイの答えに、受付嬢は驚いて大声をだすが、ギルドマスターが慌ててその口を手で塞ぐ。ギルドマスターは事情を知っていたようで、特に驚いた様子はなかった。
「なるほど。じゃああんたが、バナードから報告のあったロイ・オルレアンか・・・。悪いけど二階の俺の部屋まで来てもらえるか?」
「すまないけど、王城に来るように言われているんだ。換金がすんだらすぐに行きたい。」
「そうか、では手間をかけるが、王城での用が済んだらもう一度ギルドに顔を出してくれ。」
「わかった。」
とりあえずロイが了承すると、未だに事情を呑み込めない受付嬢をギルドマスターが促し、素材の換金に移る。
「えーそうしましたら、ストームドラゴンの鱗三枚で、金貨50枚になります・・・。」
ずっしりと重い革袋を受け取る。
(50枚!何日もかけて作った武器がやっとこ銀貨10枚くらいだったってのに、こんな一瞬で・・・)
この世界の通貨はどの国も統一されており、基本的には、白金貨・金貨・銀貨・銅貨の4種類に分けられる。
その貨幣100枚につき、一つ上の価値の貨幣1枚と同じ値段、つまり銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚・・・といった形だ。
1人がひと月にかかる生活費は、一般市民で平均金貨1枚と言われている。
ストームドラゴンの鱗を3枚渡しただけで、ロイは数年暮らせるほどの大金を手に入れてしまった。
しかも《無限収納》の中にはまだストームドラゴンの本体が残っている。鱗1000枚は確実に取れるだろう。
「とりあえず神を探すための路銀には困らなそうだな・・・」
「え?今何か?」
「いや、なんでもない。それより、この辺に服屋はあるかな。こんな格好で王女様に謁見するわけにはいかないから。」
ロイは金貨の入った革袋を懐(無限収納)の中に入れると、服屋の場所を受付嬢に聞く。
受付嬢とギルドマスターは、ロイの格好を見て「あぁ」納得する。
「ナボリスは広いから服屋はたくさんあるが、最低限のものでよければ銀貨3枚でギルドで販売することもできるぜ。“冒険者”としてであれば、その服装でも失礼には当たらないはずだ。」
事実、ギルドマスターは他の冒険者を連れて今のような格好で王に謁見したことがあるが、特に何か言われたことはなかった。
「わかった。じゃあそれを頼む。」
金貨1枚を渡し、銀貨97枚を受け取ると、受付嬢が奥から服一式を持ってくる。
厚手の長袖シャツに革のズボンと靴という、装飾もないシンプルな装備だった。
これは、駆け出しの冒険者向けに販売している所謂初期装備というものだ。
「一応大量生産品の剣や槍の販売もしていますが必要ですか?」
「いや、武器はいらない。」
大抵の魔物は素手で倒せそうなので、今のところ武器の必要性は感じられなかった。
そもそも自分の力に普及品の武器は耐えられないだろうとロイは考えていた。
ストームドラゴンを斬り伏せた時にバナードから拝借した剣は、鍛冶師であるロイの目から見ても“業物”といえる立派なものだったため、ロイの力に耐えられたのだ。
(もし必要になれば自分で作るか一流のドワーフにでもオーダーメイドしよう。)
「では。」とロイは出口に向かおうとすると、ギルドマスターが一つ提案をする。
「そうだ、あんた先に飛び級試験を受けないか?試験に受かれば最高で一気にBランクになれる。Bランクの冒険者ともあれば身元保証もしっかりされるし、王城で受け取る褒賞も弾むと思うぜ?」
褒賞には興味がなかったが、身元保証は欲しいなとロイは思う。
ギルドに代替的に認められた人物であれば、持たれる警戒心は薄くなり、情報も聞きやすくなるのではないかと考えた。実力者を求める貴族とも思わぬコネを作れるかもしれない。
受ける、とロイが口を開こうとしたとき、休憩スペースにいた一人の男が立ち上がる。
「おいおいギルドマスター!エイリーンちゃん!あんたら騙されてるぜ!こんなヒョロヒョロ男がストームドラゴンを倒しただあ?ケッ!ありえないね。どうせさっきの鱗もガラス細工かなんかなんだろう?」
縦にも横にも大きな体をした豚のような男は、口から大量に唾を飛ばしながら一気に捲し立てる。
下種な笑みを浮かべるこの男は、B級冒険者のグルトという問題児だった。なまじ実力があるだけにB級に登りつめた男で、しかも腕っぷしだけで言えばB級でも上位に入る。しかし、その素行の悪さから降格が検討されているほどだ。
「しかも飛び級試験だ?調子に乗るにもほどがあるぜ!なんなら俺様が試験してやるよ。」
「おいおいグルト、調子に乗っているのはお前だ。ギルド内での揉め事は許さないぜ。」
ギルドマスターがギロリと豚男グルトを睨むが、グルトはどこ吹く風だ。
「しかもさっきから聞いてりゃエイリーンちゃんに向かってその態度!俺様がぶち殺して化けの皮を剥いでやる!」
グルトがロイに絡んだ一番の理由は、ロイが人気受付嬢のエイリーンにぶっきらぼうな態度で話していたからであった。
これにはなぜが他の冒険者たちも、後ろでうんうんと頷いて賛同していた。
ギルドマスターの静止も無視し、ロイの顔ほどもありそうな大きなこぶしをグルトは振りかぶるが、拳が前に出る前に、ロイはその贅肉たっぷりの頬に軽く張り手をした。
ッッバッチィィン!!!
と耳をつんざくような音をあげて、200kgはありそうなグルトの巨体が4回転くらいしながらギルドの壁にめり込む。
「きゅう。」
とかわいい声を出してグルトは気絶した。
「えぇ・・・」
呆れたような声を出したのはギルドマスターだ。
他の冒険者たちも、自分たちより強者であるグルトが瞬殺されたことで、ロイの実力が確かなものだと確信し、冷や汗をかいている。
何事もなかったかのようにロイは受付嬢とギルドマスターに向きなおる。
「それで、飛び級試験の内容は?」
「・・・・いや、いい。あのグルトって男は素行は悪いが一応B級冒険者でな。そのグルトを倒したんだからアンタは少なくともB級の実力を持ってるってことだ。本当は素性の検査とかもあるんだが、検査自体グルトが通るくらい緩いし、バナードからあんたのことは報告を受けているから省略しよう。冒険者証を渡してくれ。」
首に下げた冒険者証をギルドマスターに渡し、新しくB級と書かれた冒険者証を受け取る。
F級のものと違ってちょっと純度が高い気がする。綺麗な光沢のある銀色のカードだ。
「じゃあ、俺は王城に急ぐから。世話になった。」
ロイは短くそう言ってギルドの出口に向かう。
ギルドに入ってきた時とは打って変わって、休憩スペースにいる冒険者達の視線は、みなロイに注がれていた。
ロイが目を向けると、ササっと焦ったように目をそらす。
どうやら恐怖の対象として認識されてしまったようだ。
カランコロンと鈴を鳴らしながらロイが出ていくと、冒険者たちは一斉に安堵したようにため息をついた。
「はぁ、また厄介なのが来たな。」
ギルドマスターも一際大きなため息を漏らすのだった。