復讐の一滴
俺の名前はロイ・オルレアン。人口数十人程度の田舎の村で育ったどこにでもいる平凡な鍛冶師だ。
勉強が特にできるわけでもなく、戦いのセンスも並、親父が武器を作る姿が好きで、気が付いたら俺もそのあとを継いでいた。
スキルも【鍛冶職】の一つだけだ。
そんな平凡な俺も、幼馴染のメイアという美しい女性と結婚し、メイアとの間に二人の子供を授かった。
兄のレックスはやんちゃ坊主で、あちこちで悪戯をしては俺とメイアを困らせていたが、困っている人を見つけては助けに行く心優しい子に育った。
妹のラミアは人見知りな性格で、いつもレックスの背に隠れいていたが、魔法の才があり、将来はどこかの貴族の専属魔術師になれるのではないかと言われるほどだった。
レックスが近所のいじめっ子と喧嘩をして、傷を作ってはメイアに「危ない真似はしないで」と叱られ、その傷をラミアが魔法で治し、俺が後でこっそりとレックスを褒める。
そんな風にうまく回り、毎日四人で食卓を囲み、今日はどんなことがあっただの話しながら、笑いながら過ごす。
どこにでもある平凡な田舎の光景だが、俺はその生活に満足し、心から幸福を感じていた。
運命という言葉を知っているだろうか。
ときに慈悲深く、時に残酷、そして
ひどく都合のいい言葉だ。
俺の心を満たしていた幸福は、長くは続かなかった。
毎月最初の日に、俺たち家族は全員で少し離れた街まで食料品の買い出しに行く。
しかしある月、買い出しに行く前の晩に、メイアがたまたま足を捻挫してしまい、翌日の買い出しは俺とレックスとラミアの三人だけで行くことになった。
その日の夕方、沢山の食料を抱えて帰ってきたときに見たのは、四肢を捥がれ、我が家の前で木の槍に突き立てられたメイアの姿だった。
俺達三人が買い出しに村を出た数時間後、ゴブリンの群れが突如村を襲い始めたという。
戦える村人などおらず、村は蹂躙された。ラミアの死体には凌辱された跡があり、冷たくなったその顔には、涙の跡が深く残っていた。
ゴブリンは村の食料、家畜を全て奪い、どこかへ去ったという。
悲しみに慟哭した俺だが、レックスとラミアだけは何とか守り抜かねば、と思い二人を何とかなだめ、安全な街に移住することにした。
メイアの遺体は我が家の庭に埋めた。ここに置いていくことを何度も何度も謝った。
街に移住してからは魔物に襲われることもなく、俺もなんとか鍛冶工房を持つことができて、生活は安定していた。
ラミアはメイアのことを思い出しては泣いていたが、そのたびにレックスが慰めていた。
ところがある日、医者から急な呼び出しがあり、急いで医院へ向かった。
辛気臭い病室に横たわっていたのは、顔に布をかけられたレックスだった。
前から走ってきた馬車に押しつぶされて死んだらしい。
レックスとは反対の道を歩いていた少女が、馬車が通りかかる寸前、たまたま突然気を失い、馬車に向かって倒れたという。
それを咄嗟に御者が躱したものの、反対を歩くレックスに気付かず、そのままひき殺したと。
少女は意識を取り戻した後、どこかへ去り、御者はそのまま壁に突っ込んで死んだらしい。
顔にかかる布をめくると、原形もわからないほどグチャグチャになっていた。
息子を殺した相手は既に死に、ぶつけようのない怒りを吐き出せぬまま、俺は酒に溺れた。
毎日酒に酔い、仕事もろくにしなくなった俺を救ったのは、なんとラミアだった。
毎日酔い覚ましの魔法をかけてくれ、時間をかけて慰めてくれた。
自分だって赤く目をはらしているのに、「私がいるから」と微笑みながらやさしくオレの頭を撫でるラミアに、妻メイアの面影を見た。
そんな甲斐あって、俺はなんとか立ち直り、ラミアと二人で工房を切り盛りしていった。
しかしある日、俺とラミアが街の祭りで出た屋台を回っていた時だった。
なんとなく空を見上げると、建物の三階のベランダ部分から、幼い少女が花の植えられた壺を家の中に運んでいる光景が見えた。
小さい体で大きな壺を一生懸命に運ぶ少女の姿を見ながら「平和だな」と思ったとき、たまたま一羽の小鳥が突然ベランダに侵入し、暴れだした。
驚いた少女は思わずツボから手を放してしまい、すっぽ抜けたツボは
俺の隣を歩くラミアの頭に直撃した。
びゅーっと血を噴き出したラミアの頭は変な方向に曲がり、そのまま地面に崩れた。
祭りの中起きた惨劇に周りは騒ぎ、俺は茫然と立ち尽くした。
これは運命なのか。
たまたま足を捻挫して留守番することになった妻はゴブリンに嬲り殺され
たまたま気絶した少女を避けた馬車は息子をひき殺し。
たまたま入ってきた小鳥が原因で娘の頭はかち割れた。
これが運命か。
こんな残酷な運命があってたまるか。
こんなものは夢に違いない。
ラミアの死体も放置し、一人家に帰り
ロイ・オルレアンはそのまま首を吊った。
―――――目が覚めると、そこは辺り一面真っ白な空間だった。
右も左も前も上も下も真っ白、距離感さえつかめない不思議な空間だ。
「神域へようこそ、ロイ・オルレアンさん」
不意に後ろから声がする。
振り向けばそこには、幼い顔をした少年が立っていた。
短く、カールのある金髪に美術品のような綺麗な顔、服は全身を真っ白な布で包んでいる。
「君は・・・」
俺はその美術品のような顔に少し見惚れながらも、声を絞り出す。
「僕?僕は・・・うーん、俗にいう神様って奴?」
神様か、どうやら俺は本当に死んだらしい。
いや、そもそも今までの出来事は全て夢だったのだろう、そうに違いない。
「夢じゃないよ?」
目の前の少年、神が「何を言ってるの?」とでも言いたげに首をかしげる。
というか心を読んだのか?
「そりゃ神様だもの、心くらい読めるよ。そしてロイさん、君は確かにあの絶望だけの世界で首を吊ったんだ、死ぬ一歩手前で僕がここへ連れてきたんだけどね。」
神様に連れていかれるとは光栄だ。でもできればこのまま殺してくれ、そうすればメイアに、レックスにラミアに、またみんなに会えるはずだ。
あの世界で一人で生きていくなんて・・・俺には無理だ。
「大変だったねえ・・たまたま捻挫した奥さんがゴブリンに襲われて、たまたま息子さんが馬車にひかれて、たまたま娘さんが落ちてきた壺にあたって・・・こんな不運な人中々いないよ・・・」
神が家族の死因を述べるたびに、俺の心にドス黒い何かが湧き上がってくる。
「ま、全部僕がやったんだけどね。」
・・・・・・は?
今なんて言ったコイツ
「神様の仕事ってでさあ、天災やら戦争をうまくコントロールして星の安寧を保ったり、人々にスキルを与えて文明を進歩させたりするわけだけど・・・これがすっごく退屈でさあ。」
混乱するロイをよそに、神はベラベラとしゃべり続ける。
「だからたまに幸せそうな人を見つけては悪戯して遊んでるんだよねえ、君みたいに。いやありがとう!何度も何度も何度も何度も絶望を繰り返す君の人生は本当に愉快だった!いい暇つぶしになった。礼を言うよ。」
じゃあ何か?これまでの不幸は全部こいつが仕組んだってのか?
「その通り!飢えたゴブリンの群れを君の村まで転移させたり、馬車の傍を通った少女を気絶させたり、壺を抱えた少女の近くにいた小鳥に混乱魔法をかけたりね。あそこまでうまくいくとは思わなかったけどね!あっはっはっは!いやー三人の死に顔!傑作だったよ!」
妻も息子も娘も・・・全部全部全部全部部全部全部全部部全部全部全部部全部全部全部部全部全部全部部全部全部全部部全部全部全部部全部全部全部部全部全部全部部部ぜんぶゼンブ・・・・
「お前のせいかああああああああああ!!!!!!」
「だから最初からそう言ってるじゃない?」
喉が避けるくらいに叫びながら神に殴りかかるも、突然体が金縛りになったかのように動かなくなる。
「神に攻撃なんて不敬にもほどがあるよ~。なにか罰を与えなきゃね、あ!」
ひらめいたように神は指を鳴らす。
すると俺の足元の白い空間が揺らめき、穴が開く。
見るとそこには暗い森が広がっていた。
「つい最近ベノムアントの巣を見つけてね、丁度いいから君には最後の仕事をしてもらおう。」
神はにっこりと笑って俺の目の前に顔を近づける。
「今から君をベノムアントの巣に落とします。妻を殺された無念を、息子を殺された無念を、娘を殺された無念を、その全ての元凶である僕を・・・そしてなーんにもできない無力な自分の運命を、恨んで怨んで恨んで怨んで恨んで悔しがりながら、アリに食いつくされろ。」
神が指を振ると、俺の体はすっと落下し、穴を通過して森に落ちてゆく。
「いい声を聞かせてね~」
そういって白い空間へとつながっていた穴は閉じる。
「ぐそおおおおぉぉぉあああ!!!」
―――森へと墜落したものの、枝がクッションになって何とか生き延びるが、衝撃で体が動かない
暫くすると、紫色の大きなアリが集まってくる。
アリは大きなアゴで俺の体を食いちぎっていく。
激痛が死へと近づいていることを教える。
俺が何をした・・・・妻が、メイアが・・レックスがラミアが・・・・一体何をした!!!!
仲睦まじく暮らしていた俺たちを惨殺しておいて、暇つぶしだと・・・?
すでに四肢は捥がれ、腸が飛び出している。もう痛みもない。
許さない。絶対に絶対に絶対に絶対に許さない。
神よ。人の不幸をあざ笑う神よ。
いつの日か必ず・・・必ずお前を。
「ごろじで・・・やる・・・・!!!」
――――『オンリースキル《復讐の一滴》を獲得しました。』
ブチュ!と首を噛み千切られ、ロイ・オルレアンの意識は消失した。