005 強制守秘義務?の謎テクノロジー
なんとか元のフロアに帰ってきて俺はトイレに駆け込んで、研修室に戻ってみるとまだ1時間も経っていなかった。凄い体験したから半日くらいは経過してたかと思ったのに。
まだ、昼にはなっていなかったので、山下さんからの講義になった。
ダンジョン自体の説明は午後ということで、先ず組織と待遇の説明があった。
ダンジョンの存在は国家機密(当然だよね)に当たるので、内閣府の管轄。よって俺達は内閣府の職員、つまり公務員となること。
ダンジョン探索は特別任務となるので、海外派遣される自衛官のように特別任務手当が出るとのこと。この手当、聞いてビックリ。基本給より多いんじゃないか?いや、ということはそれだけ危険があるのか?
不安になる俺たちを見て、山下さんは危険は少ないこと、手当は適性によるものが大きいことなどを説明してくれた。
それから、住宅手当ではなく部屋そのものが用意されること。それも都内でここの近くに。
おおお、なんか凄い好待遇じゃないか。俺は単純に喜んでいたが、桃原は不審に思ったらしい。
「住むところも管理する、ということはそれだけ機密漏洩に気を付けている、って事ですか?」
「お、鋭いね。最初に交わした『機密情報保持の誓約書』はしっかりと守ってもらうからね。」
そうなのか。でも、ついうっかり、なんてことは今までなかったのかな。もしかしたら24時間監視されているとか?それは嫌だな。
山下さんに聞いてみると、24時間監視されることは無いそうだ。社宅?も各部屋を監視したり、ということは無いらしい。
但し、海外旅行をする場合には事前に申請が必要なんだそうだ。
まあ、それくらいならいいかなあ。
「実際に今まで機密が漏れた事は無いし、漏れるようにはしていないしね。」
意味ありげに笑った山下さん。
「おっと、そろそろ昼か。では、一旦ランチ休憩にして午後は13時からまたこの部屋で行います。えーと、会社内に食堂があるんだけど、せっかくだから今日は外に食べに行ってください。3人一緒にお願いします。では、お疲れさまでした。」
「「「お疲れさまでした。」」」
ん?なんでわざわざ『3人で』なんだろう?親睦を深める為かなあ。ちょっと今日はモノ食える状態じゃ無いんだけどなあ。桃原だっけ、コイツも苦手だし。
でも、言われたからにはしょうがない。俺たちは会社の外に出ると食べ物屋を探した。
そうだねえ、女子も居るし。と、近くのハンバーガーチェーンに入った。
なんとか席を確保して…
「あれ?喜瀬さん飲み物だけですか?」
相良さんが飲み物を買ってきて席に戻ってきた俺のトレーを見て尋ねてくる。
「まさか、あれくらいで食欲なくしたとか?」
馬鹿にしたような桃原の口調に思わずキッと睨んでしまった。
「違うよ。昨日入社祝いでさんざん飲まされて。」
「二日酔いですか。大変ですねー。」
心配そうに見てくれる相良さんに対し、本当か?という表情の桃原。やっぱコイツは気に食わない。
「そ、そうなんだよ。いくらなんでもス……あれっ?ス……」
『スライム』と言おうとして言葉が詰まり言い直そうとしたが、やっぱり出てこない。そんな俺を相良さんは心配そうに、桃原は馬鹿にしたように見てくる。
その後も何度も言おうとしてもやはり『スライム』と言えなくなっている。なんだこれ?
「どうしたんですか?さっきから「す」「す」ってばかり。」
「いや、言えないんだよ。さっき見ただろ?ダ…うっ。ダ…」
「何やってんだ?しゃっくりか?二日酔いが残っているのか?」
「違うよ!さっきどこで何を見たか言ってみろよ。」
どうもコイツはムカつく、のでつい喧嘩腰になってしまった。
ん?今のはすらっと問題なく言えたな。
「さっきって、そりゃ地下の……あれ?ゥ…ゥダ……」
「え?桃原さんまで?さっきは大きな………ええっ!?」
ようやく2人も分かったらしい。しばらく3人で『スライム』とか『ダンジョン』とか『魔物』とか言おうとしたんだが、どうしてもつっかえて言えない。
しばらくムキになって言おうとして、はっと気づいて見ると、周りから無茶苦茶ヘンな目で見られていた。やばい。
「シッ!」
慌てて口に指を当てる。何事だとこっちを向いた二人に、目配せで周りの様子を見ろ、と合図を送る。
2人も状況を理解したらしい。
俺たちは顔を寄せてヒソヒソ話に切り替えた。
周りから見ればそれも十分怪しいんだが、その時はそんなことを気にしている場合では無かった。
「なんだこれ?」
「関係する言葉が言えなくなってる。」
「こんなことなかったのに、私…」
相良さんは喉に手を当てて、あー、とかうー、とかやってみている。その時、腕に嵌めているリングに気付いた。
「なあ、これが関係しているんじゃねえ?」
「え?このリングがか?」
桃原は自分の左腕に嵌まっているリングをまじまじと見た後、右手でそれを外そうとした。引っ張ったりねじったりしていたが駄目みたいだ。
「取れない…」
俺と相良さんも自分のリングを確認してみる。確かに伸びないし、第一継ぎ目が無い。
「本当だ、外れない。」
「一生このままなのかしら?」
「それはないだろう。でも素材はなんだろう?カブれたりしないかな?」
え?そっちの心配なの?
ガタイに似合わず細かいことで。
「多分このリングが脳に働きかけて、関連するキーワードを言えないようにしているんだろうな。」
とりあえず時間が無くなってしまうので、ハンバーガーを食いながら3人で話す。俺はコーラだけだが。
「まあ、あの状態を見せられたら納得するしかないか。」
「えー。でもそれだと普段困ります。」
ポテトを食いながら相良さんが不満げな声を出す。ポテト美味そうだな。そういえば少し食欲が復活してきた気がする。何か買って来ようか。
「でも、普段はあまりあんなキーワード使わないだろう。」
「ええっ?使いますよ。オンラインゲームのダンジョンの話とか出来なくなるじゃないですか。……あ」
「「おおっ。」」
それから俺たちはまた3人でいろいろキーワードを叫んでみた。周りからは更にヘンな奴ら、という目で見られていたが。
分かったのは、仕事内容に関連する場合は言えなくなるけど、ゲームや一般論等関係ない場合は問題なく話せること。
うーん。これって今の日本てか世界でも確立されていない技術だよねえ。一体どこから…
まあ、分かっているけど。
「なんか俺たち、凄いところに就職しちまったんじゃねえ?」
うん、確かにそう思う。
もうすぐ昼休みも終わりだ。俺はスマホを取り出して確認する。大学同期だった奴からの『出社1日目はどんなよ?』のメッセージに『いろいろあってダウンしそう』と返してアプリを閉じた。
でもまだ半日。午後もあるんだよなあ。
------
午後からは、山下さんによるダンジョンについての講義だった。…が、その前に確かめなければ。お昼休みのこと。
毎年同じやりとりを繰り返しているらしく、山下さんは笑いながら原因がリングであることをあっさり認めた。心配する俺達に、退職する時はちゃんと外れるからと、安心させた。
ん?でも退職した後は守秘義務は??
俺は疑問に思った。聞けば山下さんは答えてくれそうだったけど、なんとなく怖い回答になりそうだったので止めておいた。他の2人も同じだったらしい。それでなくても、もう結構驚きでお腹いっぱいだもんなあ。
そして、ダンジョンの講義が始まった。
講義で話した内容は大体こうだ。当然ながらメモを取ったり、は許されなかったので若干怪しいとこともあるが、二日酔いも治って来たのでほぼ覚えていたと思う。
・世界には複数のダンジョンがある
・現在確認されているのは、日本以外では『パリ』『カイロ』『ボンベイ』『モントリオール』
・これらは全てその国の政府によって厳重に管理されている
・東京のダンジョンは遥か昔から存在し、現存する中で一番古い
・10年前まで京都にもダンジョンがあったが消失してしまった
・新たにダンジョンが生まれることがある
・モントリオールのダンジョンは10年前に突如出来た
・未だにダンジョンの最下層に辿り着いたことはない
・ダンジョンの探索が俺たちの仕事である
・ダンジョンには魔物が出る
・魔物はダンジョンの外には出られない
・ダンジョンにはお約束通り宝や宝箱がある
「まあ、基本としてはこんなところだな。」
山下さんはふうっと息をつくと、ペットボトルの水を飲んだ。
「質問…は山ほどあるだろうな。順番にいいぞ。」
「えーと。世界に5つある計算になりますが、この他には存在しないんですか?」
「見つかっていないものは分からない。だが、新たに見つかれば直ぐ分かる。」
「それは何故なんでしょうか?」
「新しいダンジョンの扉が開くと、他のダンジョンが共鳴する。」
「未だに全部攻略されたダンジョンはないんですか?」
「無い。現在最も進んでいるのはパリで33階層、次がここ東京で27階層だ。」
「自衛隊や機動隊を動員して攻略しないのですか?」
「それは出来ない。ダンジョンにはある特定の者しか入れないし、外から持ち込んだ武器はダンジョン内では通用しない。」
「あ!…」
「ん?どうした?喜瀬君」
「あの、就活フェアの会場の面接室…」
「ああ、そう。あれはさっき入ったダンジョンの中だよ。」
「「「ええっ?」」」
「ダンジョンに入る素質のある人だと、あの部屋に入る。そうでなければ会場内のままで、適当にパンフレットを渡されて終わり。最もその前にブース自体に気付くか気付かないかで振り分けてるけどね。」
なるほど。あの会場で選別されていた訳ね。
「さ、他にはもういいかな。後は明日からまた山ほど知ることがあるが…おっ?」
(トントン)
研修室の扉が叩かれた後、朝案内してくれたお姉さんが入って来た。
「失礼します。新入社員達の社員証と保険証を持ってきました。」
3人に社員証と健康保険証が渡される。どちらも『ジャポニカ調査開発株式会社』と書いてある。ちゃんとここも秘匿されたものを使うのね。
社員証を眺めたり、カバンに仕舞ったりしていると
「あー、来週一杯は研修になると思うので、毎朝9時までにこの部屋に来るように。入口はリングをかざせば開くからね。その後各部署に配属、その時に名刺は渡すから。」
って言われたけど、名刺も『ジャポニカ調査開発株式会社』なら別に配属先は関係無いんじゃ?と思ったが、大人しくしていた。
「それじゃあ、今日はここまでにしておこうか。喜瀬君は保険証も来たことだし、帰りにコンタクトを買いに行って…」
「山下さん、駄目ですよ。」
それまで黙っていたお姉さんが口をはさんだ。
「このまま解散したらこの子達路頭に迷うでしょ。」
「あ、そうか。忘れてた。」
なんだろう?社会人だし東京住まいだし、路頭には迷わないんだけど…
「あー、じゃあ私も支度してくるから、君たちは1階で待っててくれるかな。それじゃあ、今日はお疲れさまでした。」
「「「お疲れさまでした」」」
そして、俺たちは1階で山下さんを待つことになった。
「なんだろうね?」
「新人歓迎会とか?」
「うー、俺二日酔いが良くなってきたばかりだから遠慮したいなあ。」
そうは言っても新人の身。大人しく待っているしかないか。