004 水まんじゅう?いやスライムだ
…
……
………
はァ?????
だ、ダンジョン?
ってアレだよね?RPGとかファンタジーとか異世界転生とかで出てくるヤツ。地下迷路とか魔物とかドロップ品とか…
でも、それってゲームやお話の世界の話で…
政府の仕事?
???
頭の中が「?」でいっぱいになってフリーズ状態。他の2人も今度は同じ反応だったらしい。
「うーん。毎年面白いくらい同じ反応ですねえ。」
山下さんが苦笑する。
「では、先ずは信じてもらうために実際に見に行きますか。皆さんリングはもうきっちりはめましたね。」
そう言うと、ドアを開けて廊下に出た。
「あ、何も持たずに手ぶらで良いですからね。」
そう言われて俺たちは慌ててばたばたと廊下に出る。
山下さんに連れられて、さっきとは違うエレベーターに乗り込んだ。B1Fのボタンを押している。このエレベーターは業務用、といった感じでとてもデカい。
左右に立った同僚?をチラ見すると、男子の方はかなり背が高く横幅もある。やっぱ何かの運動してた感じ。胸の名札に『桃原』と書いてある。
女の子の方は身長150cmくらいか?上から見下ろす感じになって名札が良く見えない。あ、でも胸は結構…あ、いや…いかん。
そんなことをしている間に地下1階に着いた。
さっきまでの古いオフィスといった感じ度がらっと変わって綺麗な白い床と壁。なんか研究所みたいだ。
山下さんはその中を進んで1つの部屋のドアを開けて中に入る。俺たち3人も後に続いた。
「こんにちは。」
「おう、どうした?」
部屋の中には、作業着を着たおじさんが1人座っていた。おじさんの前には調整卓みたいな機械とモニターが多数。
コントロールルームかな?
「新人に中を案内したいんで、登録をお願い出来ますか?」
「はいよ。今年は3人か、ここ数年じゃ珍しく多いな。」
おじさんは席を立つとロッカーからいくつか機器を取り出し、PCと接続し始めた。
「ようし、いいぞ。」
「じゃあ、やはり女性からかな。相良さん。」
「は、はい。」
女の子は相良さんと言うのね。おっけー。
「喜瀬さん。」
「はい。」
呼ばれておじさんの元へ。えーと、これは多分網膜認証と静脈認証と声紋認証だな。国の重要機密だけあってさすがに厳重だな。やっぱ本当なのか?
その後、桃原も終えて全員の登録完了。
「それじゃあ、ありがとうございました。」
山下さんがお礼を言って退出しようとする。
「山下、このままアレまで見せるのか。」
「ええ、そのつもりですよ。」
「いきなりだと新人君たち腰抜かすんじゃねえのか?」
「遅かれ早かれ会うんですから。」
「そりゃそうだが。もしぶっ倒れても助けてやれねえぞ。昨日から腰の調子がちょっとな。」
「ありゃ、お大事にしてください。ま、助けが必要になったら大野君呼びますよ。」
…て、なんか物騒な会話してないか?
さっき言ってたダンジョンてのが本当なら…
やっぱ魔物、だよねえ。うーん。
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他の2人も同じことを想像したんだろうな。足取りの重くなった3人を全然気にしない様子で山下さんはどんどん廊下を進んで行く。
最初の扉は腕のリングをかざすだけで通ることが出来た。へえ、これってICカード代わりなのか。
中に入ると山下さんがこちらを向いて解説した。
「えーと。ここの左側には更衣室、休憩室なんかがあります。そのうちに実践に入ったら、ここで、着替えや食事をすることになります。右手は物品庫ですね。」
その後俺たち3人の顔をまじまじと見た。
「相良さんと桃原さんは視力は良い方ですか?」
「はい。」
「はい。」
2人が返事をする。
「喜瀬さんは眼鏡を外して歩き回ること出来ますか?」
「いや、少し難しいと思います。」
ごまかしても仕方ないので正直に答える。
「なるほど、中に入るのにゴーグルというかスカウターを装着してもらうんですが、視力に合わせた専用品は用意するのにしばらくかかるんですよね。」
山下さんは物品庫に入ると、両手にいろいろ持って戻ってきた。
「はい、では先ずこれから。」
渡されたのは、耳に入れるタイプのインカム。その後2人にはスカウター(ディスプレイ付きの眼鏡)を渡していた。
俺には、というとスマホみたいな片手で持てるディスプレイ端末。渡されながら、尋ねられた。
「喜瀬さん、コンタクトは持ってる?」
「いや、眼鏡だけなんです。」
「確か…酷い乱視とかじゃなかったよね?大変だろうけど今日の仕事の後にでもコンタクトレンズを作りに行ってくれるかな?」
「はい、構いませんが…」
「さっき言った通り、専用のスカウターが実習に間に合いそうに無いもんでね。」
「分かりました。」
コンタクトかあ。別にいいけど、またアイツ等に何か言われそうだなあ。
隣では2人がスカウターを装着して、山下さんに操作方法を教わっている。スイッチを入れて何かが映し出されたらしく、おお、とか言ってる。
いいなあ。
コンタクト、買いに行こう。
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「さて、準備できましたか。おっと、私自身がまだでしたね。ちょっと待っていてください。」
そう言ってもう一度物品庫に入って行き、すぐに戻ってきた。
あ、スカウターとインカムを付けている。色が違うのは専用だから、かな。そして…
剣を背負ってる!
「剣だ…」
桃原君が声を漏らす。相良さんは。
「ミスリルソード?」
「ははは、そんなに良い物ではありません。さあ、行きますよ。」
次の扉はさっき登録した静脈、網膜、声紋、すべての認証が必要だった。ここからが重要機密の場所ってことか。
中を進んで行くと、途中に床から天井にかけてぐるっと赤い帯で色分けされたところがあった。
なんだろうと思いつつ、すたすた先を行く山下さんに続いて歩いていく。
「あ…」
「おっ!」
「え?」
帯を過ぎたところで立ち止まった。
「ああ、適正検査をパスしただけあって大丈夫でしたね。」
なんだなんだ?
でも、山下さんはそれ以上説明してくれなかった。
そして、もう1か所認証の必要なゲートをくぐると…
「あれ?面接の時の」
相良さんが声を上げた。
そうだ、この壁や床の模様。空気の感じ。就活フェアで入った部屋、その後面接で入った部屋とそっくりだった。
石造りのような床と壁。天井もそうなのかもしれない。だが、石のように見える天井は全体が淡く発光していて、照明のない(と思われる)トンネル?の中を薄暗く照らしている。
そして、少し涼しいのは地下だから、なのか?
「そう、ここがダンジョンの入り口になります。普段の勤務ではそれぞれ制服に着替えてもらうのですが、今日は案内なのでこのままで。床が滑るかもしれないので気を付けてついて来てくださいね。」
山下さんを先頭に、残りはおっかなびっくり進む。俺も他の2人も周りをきょろきょろ見ながらだが、ずっと同じ感じの洞窟が続く…と思ったら突き当たった。
突き当りからT字に道が分かれている。
「さて、左右どちらに進もうか。」
振り返る山下さん。
右を見て、左を…うわっ!
なんだか寒気がする。なんだこれ?
もう一度左右を見るが、やっぱり左はなんか行きたくない。
「喜瀬君はどっちに行きたいかな?」
「み、右へ。」
「相良さんは?」
「わ、私も右がいいと思います。」
「桃原君は?」
「???どっちでもいいですけど…」
「ふーん、なるほどね。」
なるほどね、って何がなんだ?
「じゃあ、左に行ってみようか。」
そういうと、またすたすた歩きだす。ええっ!多数決じゃないのかよ。うー、この嫌な感じ。行きたくないけどなあ。
それでも仕方ないので付いて行く。
しばらく歩いたところで『ポーン』と手に持ったディスプレイが鳴った。
「うわあっ!」
びっくりしてディスプレイを落としそうになり、慌てて両手でキャッチした。
ふう。壊れてないよな。
ディスプレイを見ると上の方に赤い点滅がある。おや?
なんだろうと思って見ていると、横から山下さんに覗き込まれた。
「はい、出てきましたね。相良さんと桃原君のスカウターにも赤い点滅が表示されてますか?」
「はい。」
「はい。」
「それが、近くに魔物が出たという表示です。」
ふうん、マモノねえ。
…
……え?魔物??
「じゃあ、実際にどんな魔物か見に行きましょう。」
ざわつく俺たちを前に山下さんは平然としている。
「大丈夫ですよ。ここのフロアは研修用なんで命に関わるような魔物は出てきません。」
そ、そうは言われても…
それでもどんどんあるいて行く山下さんにおっかなびっくり付いて行く。
そして、しばらく進むとソレは突然現れた。
「きゃっ!」
「うおっ!?」
「ひぇぇ」
俺だけ情けない叫び。
「スライムか?」
「スライム、ですよね。」
「スライムだ。」
あまりに異質な物を目の前にして、何か喋っていないと正気が保てない気がする。
「CGなのか?」
「AR?」
「美味しそう…」
美味しそう?思わず俺と桃原に見つめられて、相良さんは真っ赤になって目を伏せてしまう。
「なんか…水まんじゅうっぽくて…」
いや、確かに大きさ(バレーボールくらいある)は別として、透明でぷるぷる揺れているところは水まんじゅうに似ているかもしれないけど。
目の前のコレはどうみてもこの世のものでは無いだろ。俺なんかほら、全身鳥肌になっているのが自分でも分かるし。
うんうん。
今までの常識では考えられないモノがあると逃げ出したくなるよね。俺は歩いてきた方向を振り返った。
「あんまり離れないでくださいね。他にも出現するかもしれませんから。」
う…
逃げようとした俺の行動を見透かしたような。でも、仕方ないじゃん。頭で分かっててもなんだろう?身体が本能的に拒否している。
「このスライムは一番レベルが低くて、体当たりしてくるだけでほとんど無害なんですが。まあ、仕方ないですね。」
そういうと、山下さんは俺に向かって右手を伸ばすと小さく何かつぶやいた。続けて他の2人にも同じようにする。
んん?
透明の何かで俺たちが覆われた気がする。
見ると相良さんも不思議そうに上を見上げている。桃原は分からない、といった表情で山下さんを見ている。
「結界を張りました。では、このスライムが本物だということを確認してもらいましょうか。」
今度はスライムに向かって手をかざし何かをつぶやく。次の瞬間、スライムが痺れたように激しく震えた後、動かなくなった。
「気絶させたので大丈夫ですよ。では、一人ずつ触ってみてください。」
ええええええっ!?
動物園の触れ合いコーナーじゃないんだから絶対嫌だ。モフモフの某賃貸会社のキャラクターみたいのならまだしも…いや、あれもリアルに居たら怖い。
そんなことを考えながら後ろで固まっている俺。だが、残りの2人は平気で動かなくなったスライムを触っている。
「わあ、思った通りプルプルしてる。でもちょっと暖かいー。」
「ほ、本物だ?掴める。」
なんで平気なんだ?相手は(多分)異世界の生き物だぞ。そりゃあ大丈夫って言ってはくれてるけど。
「ほら、喜瀬君も。」
「い、いや…俺は、いいです。」
「うーん、どうせ後で嫌って言うほど触れることになるんですけどね。まあ、今日は時間も無いですし。」
ほっ。よかった。
安心する俺を、桃原が何このヘタレ?みたいな表情で見ている。仕方ないじゃんか。苦手なものは苦手なんだ。
うん、コイツとは絶対に上手くやれない気がする。
もう1人の相良さんとは…うーん、どうなんだろう。ちょっと天然ぽいしなあ。
「じゃあ研修室に戻りますか。」
え?このスライムはどうするの?そう思ってたら、山下さんは剣を抜くとスライムを一刀両断。
べちゃ。
よく小説とかマンガの中だと、切られたスライムは光を放って消えるとかスーっと床に吸い込まれて消えるとかじゃない。
実際はトマトを床に落としたというかアイスを落としたというか、そんな感じで床に飛び散った。
山下さんはその飛び散った中に躊躇なく手を入れて何かを取り出した。
うげっ!さっきみたいに触るのも無理なのに。それも素手で?と思ったらちゃんと手袋はしていた。
いや、それでも無理ったら無理。
取り出したものを山下さんが見せてくれた。
石みたいなパチンコ玉みたいな。
「これが、魔石。魔物の核みたいな物だね。いろいろなエネルギー原になるから必ず回収して。あと、残りは半日くらいで吸収されるから、そのままで。あ、でも踏むと滑るから気を付けてね。」
うー、俺多分この先ゼリーとかグミの類食えないわ。しかもまた気分悪くなってきた。戻ったら速攻トイレ行こう。